ギネス認定された“世界一長い大根”を奈良漬に。「大和屋守口漬総本家」の守口漬

ギネス認定された“世界一長い大根”を奈良漬に。「大和屋守口漬総本家」の守口漬

“漬物の宝石” と呼ぶにふさわしい、琥珀色をした「大和屋守口漬総本家」の守口漬。長さ1m以上にもなる守口大根を3年かけて漬け込み熟成させた愛知県の定番土産で、漬け込む際に味醂や水あめ、ザラメを使うため甘い味わいが特徴だ。「万人受けするものではなく、嫌いな人もいるけどコアなファンがいる味を目指したい」。代表取締役社長がそう語る、守口漬の歴史を紐解く。


木曽川河畔で育つ細長い大根を漬物に


名古屋名産の守口漬(大根)は江戸時代中頃の旅日記、東海木曽両道中「懐宝図鑑」(須原屋茂平蔵、一七六五年)にも記載されている「美濃干し大根」が本源とされている。

大和屋守口漬総本家で、奈良漬とともに守口漬という名称で作られるようになったのが、木曽川河畔の柔らかい土壌でしか育たない細長い大根「守口大根」を奈良漬にしたもの。粕で二度以上漬けたものを総称して「奈良漬」と呼ばれるが、奈良県の伝統的な漬物である奈良漬に使われている粕は主に酒粕のみ。同社の奈良漬や守口漬には酒粕のほか味醂粕が使われているのが特徴だ。


守口大根は木曽川の上流となる岐阜県で栽培されていたが、生産が拡大されるようになり中流となる愛知県の扶桑町でも栽培されるようになった。土壌が柔らかいことから、長さ1m以上にもなる、大根のなかでも稀有な存在の守口大根。2013年に扶桑町で栽培された191.7cmの守口大根がギネスに認定されたことで、その名が一躍有名となった


昭和20年代に愛知土産として全国に広がる



大和屋守口漬総本家が守口漬を事業のメインにし始めたのは昭和20年頃。1946年に天皇御一行が全国を巡る機会があった。その行程で名古屋にその御一行が訪れた際に地元の名産品のひとつとして守口漬を献上したことがきっかけで守口漬は大和屋守口漬総本家の主力産業として育ち、さらには1948年に開催された愛知国体の土産として守口漬が重宝されたことから、愛知県の土産物としても定着していく。


味醂(みりん)や酒の製造が盛んな地域だからこそ



愛知県は三河地方や知多半島を中心に、江戸時代から味醂や日本酒の一大産地としても知られる。大和屋守口漬総本家の守口漬や奈良漬には、主に愛知県内の味醂や日本酒を造っている会社から仕入れる味醂粕や酒粕が使われている。


そもそも漬物作りというのは、まず素材に塩分を含ませることで水分を排出させる。それにより2~3年もの間、腐敗を防ぐことができるのだ。しかしそのままでは塩辛いため、同社では、味醂粕や酒粕を加えて塩分を抜き、粕の味わいをのせていく。塩分が抜けることで大根の固い繊維が柔らかくなるうえ、酒の風味が鼻をくすぐる。さらには味醂粕でコクと甘さが加えられるのだ。また、大和屋守口漬総本家の守口漬には味醂も使われている。料理で味醂を加えると味が華やかになり深みが増すのと同様に、漬物も最後に味醂で仕上げることにより何倍も深い味わいとなるのだ。


3年かけて、じっくり漬け込み熟成



「漬物は昔から家庭でも作られてきたものだから、やはり買ってくる漬物は違う、さすがだなと思ってもらえるようなものでないといけない。その点は自信をもってやっている」と話すのは、大和屋守口漬総本家代表取締役会長の鈴木昌義さん。


同社の製法は、塩漬けを二回行い、その後、三度にわたって粕に漬け込み、塩抜きする。二度目に粕へ漬ける際は酒粕、味醂、水あめが入った床での漬け込み。三度目となる仕上げ漬けは、酒粕、味醂粕、味醂、ザラメを入れる。こうして、漬物とはいえ、ずいぶん甘さのある味わいとなるのが特徴だ。



漬け込む際の素材の配合は決まっているが、季節や温度、湿度などを見極めて職人がその都度調整していく。また、酒粕や味醂粕においては、醸造元によってそれぞれ個性があり、風味や香りも異なるため、職人が漬けるものに合わせて数種類をブレンドする。職人の腕の見せどころだ。


仕上がるまでに要する期間は3年。また、製造工程においても機械にまかせっぱなしではなく、職人が経験をもとに手作業で行う部分も多く、手間暇かけて育てられた逸品なのだ。



「甘さ」に価値をおいて


大和屋守口漬総本家の守口漬を食べたときに真っ先に感じるのは“甘さ”。味醂や味醂粕に甘みがあるのはもちろんのこと、粕に水あめをブレンドしたり、仕上げにザラメを使ったりすることで甘く仕上がる。アルコールがきつくなく、子どもでも食べやすい味わいだ。



「漬物というと一般的には辛い、しょっぱいというイメージがありますが、我々は『甘い』というところに価値を見出して商品づくりを行っている」と鈴木さんは話す。


大手メーカーになるとスーパーなどで並べてもらうことを考え、平均点を意識せざるを得ない。いわゆる、100点ではないけど50点でもない、その間のちょうどいいところを目指すメーカーが大半。ところが大和屋守口漬総本家は平均点を目指さない。「甘くて嫌い」って言われるのと同じくらい、「甘くておいしいよね」と言われるような、好き嫌いが明確に分かれるくらい尖っても購入しつづけてくれるコアなファンが定着する味を目指しているのだという。


守口大根以外にもバリエーション豊か



もうひとつ大和屋守口漬総本家の特徴といえるのは、漬ける素材のバリエーションが豊富だという点。守口漬の守口大根を筆頭に、奈良漬で定番の瓜、キュウリ、ショウガなどのほか、タケノコや菊芋など、実にさまざまな野菜を商品化している。また、関連ブランドの「鈴波」では、味醂粕で魚を漬け込んだ商品が大変な人気を集めている。保守的なメーカーが多い漬物業界のなかでは、異端な存在かもしれない。


漬物の製法を生かした「チーズ味醂粕漬」



守口漬の製法を生かし、クリームチーズを味醂粕に漬け込んだ「チーズ味醂粕」なる商品もある。一口食べると、チーズの香りはそのままに、味醂の濃厚な甘みを感じる、まさに新感覚の味わい。これは酒の肴にもぴったりで、一度食べたら必ずやリピートしたくなるほど。



今までにないものを商品化する際には、社内でも反対の声が多い。チーズ味醂粕漬を商品化するにあたっても、最初は反対の声があり、開発を重ね、完成するまでに5年ほどかかったという。また、守口漬を細かく切ってそのまま食べやすいようアレンジした商品「きざみ守口漬」も今では人気商品のひとつだが、企画当初は「細長さがウリなのに」と反対する声があったという。改革には、思いを貫き通すパワーも必要なのだ


伝統を継ぎつつ、これからの時代に選ばれる挑戦を



このようにさまざまな挑戦を行ってきた同社だが、食の多様性が当たり前となり、あらゆるジャンルの食事が食卓に並ぶようになったことで、若者世代の漬物離れが顕著になり、漬物メーカーとして長年抱えてきた課題にも真摯に向き合わなければならなくなった。

そこで、近年同社が急務と考えているのが「若年者をターゲットとした販売を見据えた品質と価格の両立」。

もちろん、若者需要を視野に入れた商品開発においてはこれまでいろいろ議論されてきたし、先述した「きざみ守口漬」のような手軽に食べられる商品も開発してきた。

しかし、それは自社製品に興味を持ってもらうためのフックのひとつでしかない。鈴木さんは常々、若い世代が手に取りやすい製品を開発するだけではなく、それをふさわしい場所に置かなければ意味がないと考えていた。

とはいえ、同社が主戦場とする土産物屋や百貨店ほど客単価が期待できる売り場には若年層の来訪は期待できない。だからこそ、若年層にも売れるような価格帯で、いかに品質を落とさず、若者が手に取りたくなるような製品を開発し展開できるかが重要だと考えている。

伝統を守り続け、その手腕で新たな商品を次々と生み出してきた大和屋守口漬総本家の前に立ちはだかった若者の漬物離れという課題。伝統だけを貫き通せば消費者のニーズとズレてしまうおそれもあるし、利便性ばかりを追求すればチープになってしまう可能性もある。相反する要素だけに、両方をクリアするのは非常に高いハードルだが、これまで前衛的な商品開発をしてきた同社には、その課題を解決できるだけのノウハウとナレッジがしっかりと根付いている。


ACCESS

大和屋守口漬総本家
愛知県名古屋市中区栄3-7-23
TEL 052-251-0431
URL https://www.moriguchizuke.co.jp