「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん

「土がなりたい姿」を具現化する器づくり。愛知県で独学から陶芸の道を進む、井上茂さん

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愛知県中部の自宅で工房を構える井上茂さんは、精製された陶土を使用せず、砂などが混ざった原土を使い、土の優しさにあふれた器を作る陶芸家。陶芸家の先生に師事せず、独学で作陶をはじめ、土や釉薬、焼き方などすべて自身で探りながら器づくりをしている。そんな井上さんは自身の作陶に対し「土がなりたい姿を形にしているんだ」と話す。なかなかに奥深いその言葉の真意を探る。


普段使いの器が作りたくて、独学でスタート



愛知県で陶磁器といえば、常滑と瀬戸の地名が挙げられる。そのひとつ「常滑焼」は愛知県南部の知多半島を中心に作られている焼き物で、日本六古窯のひとつに数えられる。そんな地域でごく普通の会社勤めをしていた井上さんが作陶に目覚めたのは、当時、興味本位で陶芸体験教室へ参加した時のこと。その場で体験した作陶の楽しさにハマり、すぐさま独学で陶芸についての勉強をはじめた。とはいえ、周囲にも陶芸に知見のある知り合いがいるわけでもなく、自身で試行錯誤しながら「作りたい器を作るには、どうすればいいか」を考えざるを得なかった。


会社勤めをしつつ、常滑で焼成の手伝いからスタート



陶芸をやりはじめた当初、井上さんは会社勤めを辞める気は毛頭なかったという。「陶芸作品は作ったって売れるとは限らないということは理解していたし、付け焼き刃で通用するほど甘い世界ではないと思っていた」とアマチュア時代を振り返る。

そのため、仕事の傍ら、休みを利用して今は無き常滑の「共栄窯」の陶芸教室で年に二回ほど焼成の手伝いをするかわりに、趣味で作り貯めた作品をまとめて窯の中に入れてもらい、焼いてもらっていたという。共栄窯は明治・大正・昭和の三時代に、大小さまざまな土管を中心に製作していた窯元だ。

そんな中、出来上がった器の写真をSNSに投稿すると、フォロワーが徐々に増加。「アマチュアだけど、何か変わった器を作っている人がいる」という噂が広がっていった。


陶芸の楽しさに魅了され、作陶の道に


独学で作陶を研究する中で、平安時代から鎌倉時代中期に作られた「古常滑」の自然釉や灰釉に特に魅力を感じたという井上さん。どういった焼き方をすれば狙い通りにできるのか、古い文献を読み漁ったり、古い陶片を見て土の種類や焼き方、釉薬を推定したりと、調べては試す、を繰り返し、陶芸にのめり込んでいった。

相変わらず会社員をしながら休日や空いた時間で作陶していた井上さんのもとに、フォロワーが増加し続けていたSNSを通じて展示会のリクエストが舞い込む。そこで焼成で世話になっていた共栄窯にて、初めての作陶展を開催してみたところ、作品を求める人が波のように押し寄せたという。SNSでの投稿がこのタイミングで活きた形だ。

その後、反響を耳にした名古屋のギャラリーからも声が掛かり、個展を行ったところ、メディアで告知されたこともあってか来場者が殺到。結果として勤務先にも知られることとなり、それをきっかけに陶芸の道を歩む選択をした。


独学で突き詰めたからこそ身になる



これまで歩んできた道を振り返り、「教わらなかったことが、逆によかった」と話す井上さん。美術系学校などで学べば陶芸の基本技術はすぐに知ることはできるが、今ある“陶芸の常識”に囚われてしまう可能性もある。「興味があることは、とことん突き詰める性格」と自身が話すように焼きものに関しては何事も調べ、実証し、知識を積み重ねてきた。今では土を見れば自分が求める作品に適しているかどうか、釉薬の組み合わせでどんな色が出るのかまで予想できるようになってきたという。


普段使いしてほしいから、機能性にもこだわる



井上さんの器は、時に砂が混じっていることもあり、土のごつごつとした質感が特徴的だ。しかし、手に取ってみると、見た目からは想像できない軽さに驚く。「軽いことは、日常的に使ってもらうためのこだわりのひとつ。砂の粒より薄くろくろで挽くことはできませんが、穴が開かないギリギリのところまで薄くして、子どもでも手に持ちやすいサイズ、軽さに仕上げています。ごはん茶碗が重いと疲れちゃうでしょう。その分、作るときに失敗することも多いんですけどね」と井上さんは笑う。さらに器の重心が低くなるように成形することで、使う際の安定感も確保。特別な時に気遣いながら使うのではなく、毎日の食事の際に自然と手が伸びる、そんな光景を浮かべながら作陶している。


原土のおもしろさ、味わい深さ


市販されている陶土は誰でも扱いやすいという長所があるが、井上さんは陶土を使ったことがなく、原土だけを使っている。山から採掘したままの状態の原土は不純物が多く、うまく成形できなかったり、焼成中に割れてしまったりと、何かと手がかかる“問題児”。だが、不純物があるがゆえに一つひとつの器に個性が生まれ、味わい深い魅力を生み出すという。 「原土は無理ができません。変わった形のものを作ると割れてしまうし、コシがないのでろくろで挽きにくいんです。逆に言えば、ろくろで保持できる形こそが、土がなりたい姿なんじゃないか、使う人にとっても自然で使いやすい器の形なんじゃないかと考えています」と井上さん。普段使いされる器づくりを目指す井上さんにとって、原土の短所は成型時のガイドラインにもなっているようだ。


「思ったもの、以上のものができあがる」灰釉のロマン



井上さんは、釉薬にも偶然が生み出すおもしろさを見出している。「市販の陶土や釉薬を使えば、マンガン釉なら黒色、コバルト釉なら青色と、どこの窯場で焼いても同じ色になるんです。それがおもしろくなくて。草木の灰を溶媒とした灰釉を使うと、灰の中に含まれる微量の金属が反応を起こし、何百個焼いたうち、ひとつかふたつだけ思ってもみなかった器ができることがあって、それにロマンを感じます。狙ったものができるのが楽しいという人もいますが、僕は狙った以上のものができたときが快感ですね」。窯を開けた時にどんなものができているんだろうというワクワク感が、もっといいものを作ろうとする原動力になっているのだそう。


表情が1点ずつ違うから、迷う楽しみが生まれる


井上さんの器は、全国で20店舗以上のショップやギャラリーで取り扱われている。作陶の合間にギャラリーへ顔を出した際、お客さんが器選びに迷う姿を見るのがうれしいという。「僕の器は一点一点違うので迷われるんですね。大量生産の商品だったら、上から取って終わりでしょ。表情が違う器は、それぞれに良さがあって、使い手との相性がある。僕がつくる前にイメージしていた器ではないかもしれないけど、その器をものすごく気に入ってくれるお客さんがいることもある。迷いながら選ぶって楽しい時間。そういう時間を提供できるっていうのがうれしい」と井上さん。

ちなみに、井上さんは自身の作った器に銘を彫らない。その理由は「器は僕のものではなく、買ってくれたお客さんのものだから」なんだとか。

陶器に限らず、良い手仕事をしたものは末永く使えるし、使っていくうちに色の変化も見られ、大切に扱えば唯一無二の存在になる。一つひとつの器を単なる「モノ」ではなく、「使う人のパートナー」のように扱う井上さんが作るからこそ、そこに、人間らしさや温もりがにじみ出ているのかもしれない。


日本が好きだからこそ、日本文化の良さを広めたい



日本人の食生活はずいぶんと欧米化しているが、それでも飯椀や和食器は現在でも食卓の主役として活躍している。海外でも注目度を高め、それに伴い海外での受注展示会も予定されているが、それも日本の良さを少しでも広めたいと思ってのことだ。それと同時に「これはもう二度と作れないだろう」と思える“至高の器”を作り、世界中の人たちに見てもらうことを目指している。井上さんは、日本の土を使って日本で伝わってきた陶芸を突き詰めることにこだわるが、その理由は日本人が自身の国の文化を日常的に誇り、日本人でよかったと思える瞬間を生み出したいからなんだとか。日本文化の良さを世界中に広めるための、井上さんの挑戦は続く。


ACCESS

井上茂さん
愛知県
URL https://www.instagram.com/shigeru_potter/