新進気鋭の杜氏が辿り着いたのは原点に立ち戻った酒づくり「森酒造場」/長崎県平戸市

全国から注目を集める酒蔵が、長崎県にある。2018年には廃業寸前だった蔵を蘇らせるとともに古典的な酒造りに舵を切り、次々と話題作を生み出し続けているのは、若き杜氏。その手腕と探究心はどのようにして生まれるのか。

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業界内でも一目置かれる新進気鋭の杜氏

南北に細長く伸びる平戸島と、その周辺に点在する大小約40の島々から構成された海のまち、長崎県平戸市。大航海時代には「フィランド」と呼ばれ、海外と日本を往来する人々の貿易拠点として発展してきた。風情あふれる町屋が並ぶ城下町の風景は今なお残り、かつての賑わいを感じさせてくれる。

そんな町の一角にあるのが、老舗の酒蔵「森酒造場」だ。明治28年、「小松屋」の屋号で森幸吉の手により創業され、昭和30年代に法人化し今に至る。現在は4代目の森幸雄さんが当主を務めている。

実はこの酒蔵、5年ほど前までは年間生産量が50石(1石=約180L)に満たない、廃業寸前とも言える酒蔵だった。一般的に、酒蔵を切り盛りするためには最低400石が必要だと言われていることを鑑みると、かなり厳しい状況だったことが伺える。そんな状況を打破したのは、若き杜氏の5代目・森雄太郎さんだ。

蔵を継ぐのか継がないのかーーということは、蔵元に生まれた人なら一度は考えると思うんですね。自分はここで生まれて育ってきた気持ちが強かったから、生きているあいだに蔵がなくなるのを見たくなかった。だから最初は『酒造りがしたい』というよりも『残したい』という思いが強かったのかなと思います」と雄太郎さんは振り返る。

蔵を継ぐ決心をした雄太郎さんは、広島の大学で発酵工学を専攻。学部時代から大学院まで、連携先の独立行政法人酒類総合研究所に所属しながら最先端の酒造りを学んだという、酒業界ではちょっと変わった経歴の持ち主だ。しかしその探究心と手腕は業界内ですでに一目置かれる存在で、「若き天才杜氏」と呼ばれ注目を集めている。

大学院を修了後、宮城県の酒蔵で3年間に及ぶ修行を終え、雄太郎さんが平戸に帰郷したのは27歳の時。長年の杜氏の不在で、思うような酒造りをできていなかった当時の状況に危機感を抱いた雄太郎さんは、まずは蔵の設備や衛生面を刷新することに力を入れた。

「いいお酒は、酒造りの技術はもちろんですが、それ以上に蔵の環境が生み出すものだと自分は思っているんですね。つまり、日々の姿勢がお酒に出る。そういうことを修行先で学びました。ところが平戸に帰ってきたら、道具は錆びつき、壁も天井もカビだらけ。まともにお酒が造れる状況じゃなかった。最初の年はまず、酒造りができるように環境を整えたという感じです」

微生物の力を必要とする酒造りにおいて、衛生的な環境を保つことはとても重要だ。雄太郎さんは、使える道具や機械はすべて磨き上げ、蔵の梁や柱は残して自ら壁を塗り替えたり、コンクリートを打ち直したりと、蔵全体の改修を行った。そうして生まれ変わった酒蔵は、清潔感あふれる製造エリアと、創業時から残る蔵を改築した直売店、さらに蔵内にはクラシックな雰囲気が漂うイベントスペースも併設されている。

自然に任せた酒造りを極める

雄太郎さんが蔵に戻ってきた当時は酒造りを指揮する杜氏がいなかったため、「液化仕込み」という簡易的な醸造技術で造った日本酒を島内で販売する程度の規模だったが、製造方法を改めて見直し、純米酒を造るための環境も一から整えた。

昨年からは、江戸時代に確立された日本古来の酒造り「生酛(きもと)造り」を導入。一般的な酒造りでは、醪(もろみ)のベースとなる酒母の仕込みに醸造用乳酸を加えるが、生酛造りでは乳酸菌が自然につくる乳酸を使う。完成まで40~45日と通常の酒造りの倍以上の時間がかかる上、長期間にわたる温度や湿度変化への対応など繊細な管理工程が欠かせないため、酒造りの効率化が求められてきた近代以降は廃れつつあった手法だ。

一方自然の力で酵母を増やす生酛造りでは、乳酸菌と生存競争をしながら育つことから強くて元気な酵母が育ち、後の発酵がスムーズに行われる。発酵過程で発生する様々な微生物は味わいにも影響し、濃醇で味わい深い酒として、近年日本酒ツウの間では人気が高まりつつある。「ゆっくりと時間をかけて熟成が進むので、芯がしっかりとした酒に仕上がって長期熟成にも向いています。うちの酒は開栓後も味が安定していますし、そこは自信を持っています」と胸を張る。

櫂入れなし、加水なし、濾過なし

森酒造場では、日本酒造りには欠かせないとされている「櫂(かい)入れ」も行っていない。櫂入れとは長い櫂棒を使って醪(もろみ)のタンクをかき混ぜ、温度や発酵具合の偏りを調整する作業の一つ。一般的な酒造りでは日に2度ほど櫂入れをするが、ここでは酵母の働きに任せて自然に対流させている。

さらに加水もしていない。世界的に見ても、日本酒は醸造酒の中でもアルコール度数が比較的高いため、多くの酒蔵では加水を行いアルコールのパーセンテージを下げて味わいのバランスを調整するのが一般的だ。また、にごりを取ったり香味を整えるための濾過もしない。「自分にとっては絞った時の味わいがベストだと思っているので、そこから濾過したり加水したりするのは、自分が考える酒質設計の中にはありません」と雄太郎さん。

平戸のテロワールを全国、そして世界へ

そんな森酒造場のメインブランドは、「飛鸞(ひらん)」シリーズ。「飛鸞」とは、平戸の古い呼び名のこと。土地の風土にこだわり酒造りを続けてきた森酒造場だが、飲み手にも平戸のテロワール(土地の個性)が伝わるようにとの思いが込められている。フルーティーで軽やかな飲み口のものから、深みのある風味にキレ良く爽やかなもの、あっさりとクセがなく食中酒としても申し分のないものまで、その種類も実に様々だ。

原料となる水には、1キロほど離れた場所にある最教寺のふもとから湧き出る名水を創業当時から使用。米には、酒造りに適した酒米として知られる山田錦に加えて、長崎の食用米「にこまる」を使っている。食事を引き立て、旨味もありながらキレもある、ついつい飲んでしまうお酒になるよう、酸味と程よい苦みが特徴の味わいを目指している。

「長崎には県独自の酒米がないんですが、やっぱり長崎の蔵として特色を出したい。そこで試してみたのが、にこまるです。穏やかな香りの中ににこまるの旨味が効きつつ、食中酒としても気兼ねなく飲んで頂けるお酒に仕上がっています。“食べたらニコッと笑顔になるように”というにこまるの名の由来のように、飲むと自然と笑顔になって頂けるようなお酒を目指しています」と雄太郎さん。

原料も造り方も無理がなく、自然に寄り添い醸された「飛鸞」は、2021年にフランスで実施された鑑評会「KuraMaster(クラマスター)」で、最上位のプラチナ賞に次ぐ金賞を受賞。イギリスの鑑評会でも金賞を受賞するなど、その評価は海外でも高い。

より削ぎ落とし、自然なものへと近づける

今後は原料にもさらなるこだわりを求め、無農薬のお米も取り入れていきたいと話す雄太郎さん。もともと生酛造りに挑戦したのも、より自然な製法で、という一心からだった。

「自分自身肌が弱くて、米作りをするときに農薬で肌が荒れたことがあったんです。できることならば、人の体の中に入れるものだからこそ、そうした自然由来じゃないものは減らしていきたいと思ったのが、生酛をやり出したきっかけですね。合理性による省力化も画期的で、それがあるからこそ今の酒造りの繁栄がある。その中でも様々な選択肢があるとしたら、自分は人の都合に寄せていく酒造りじゃなくて、自然の流れに寄り添って造りたいと思っています」

味わいだけを追求するのではなく、日本酒を取り巻く社会や自然環境、人間と微生物の共存までを含めて、様々な背景に目を向けながら酒造りを追い求める雄太郎さん。5年前に50石だった生産高は、今年、250石まで伸びた。「最終的には1000石ほどを目指しています。それ以上だと、自分の目が行き届かず手が回らなくなる。まずはこの蔵に合った無理のない規模を目指して頑張ります」と、どこまでも自然体だ。

目まぐるしく変わる時代の中で失われつつあった“自然との共存”を、まさに体現するかのような森酒造場は、ある意味で最先端の酒蔵として目に映る。そしてそれは、これまで培われてきた酒造りの知恵を断ち切ることなく“継承”し、先人と今を生きる我々との間に見えない“絆”を生じさせてくれるという意味で、まさに、父・幸雄さんが掲げた「継(つな)ぎ絆(つな)がる酒造り」という言葉そのものだ。

ACCESS

有限会社森酒造場
長崎県平戸市新町31
URL https://mori-shuzou.jp/
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