自然と調和する建築美 水に浮かぶようにたたずむ「佐川美術館」/滋賀県守山市

日本でもっとも大きな湖、琵琶湖。そのほとりにあるのが“水に浮かぶ美術館”と称される「佐川美術館」だ。敷地には大胆に水を配し、そこに浮かぶように建てられた3棟のモダン建築が、唯一無二の神秘的な空間をつくり上げている。日本を代表する3人の巨匠の作品を一度に鑑賞できる類まれな美術館は、訪れる人々と美術、そして自然との新たな出会いを創造している。

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琵琶湖畔の豊かな自然に囲まれた美術館

佐川美術館があるのは、遠く西方に比叡山をのぞむ自然豊かな地、滋賀県南西部に位置する守山市。敷地の大部分を占める水庭に浮かぶようにたたずむ2棟の本館と、水面の下に展示室を有する別館で構成されている。モノトーンを基調とした建物は、直線的な大屋根にそれを支える柱が規則正しく並び、厳かな神殿を思わせる。琵琶湖畔に広がる美しい自然環境と調和する建築は高く評価され、グッドデザイン賞をはじめ数々の賞を受賞している。

佐川急便創業者の収集品をもとに開館

佐川美術館がオープンしたのは、1998年。飛脚のマークで知られる佐川急便が、創業40周年事業の一環として、芸術・文化の振興と発展への貢献を目指したのが始まりだ。佐川急便の創業者はもともと美術に造詣が深く、自らの収集品で美術館を開くのが悲願だったという。創業者亡き後、現館長の栗和田榮一さんがその遺志を継ぎ、世界に通じる最高峰の美術品を収蔵した美術館を開館した。

「水に浮かぶ美術館」 

エントランスから本館の入り口へは、水庭に沿った回廊を歩く。足元をたゆたう水を眺めながら、すぐそこにある琵琶湖に思いを馳せれば、まるで湖面を歩いているような感覚を味わうことができるだろう。琵琶湖からの風がそのまま水庭の水面を撫で、水のゆらめきが影となって壁や天井に映る様子を眺めていると、ここが“水に浮かぶ美術館”と称されることにもうなずける。水庭の中にある「蝦夷鹿」は、札幌で開催された冬季オリンピックを記念して、1971年に彫刻家の佐藤忠良(ちょうりゅう)により制作された作品だ。

国内最高峰の美術品が集結した贅沢なコレクション

佐川美術館のもっとも大きな特徴は、画家の平山郁夫、彫刻家の佐藤忠良、陶芸家の十五代樂吉左衞門(らくきちざえもん)という日本美術界を代表する3人の作家の作品を数多く収蔵し、常設展示している点だ。

当初は創業者の収集品をメインに美術館を開こうとしたものの、一個人の好みで集められたものだけでは、秘宝館のようになってしまう。そこで新たな展示品を収集するにあたり、目指したのが絵画、彫刻、工芸の三分野において「日本を代表する芸術家を擁する美術館」だった。1998年の開館当時、日本画壇で最高峰といわれていたのが平山郁夫、彫刻界では佐藤忠良。さらに工芸では、佐川急便創業の地である京都で400年余り同じ製法で樂焼(らくやき)を焼き続ける十五代樂吉左衛門の陶芸作品を展示する「樂吉左衞門館」を2007年に開館。こうして、現代芸術を代表する3人の作家に焦点を当てた、現在の佐川美術館が誕生した。

平和を祈り続けた日本画家 平山郁夫

平山郁夫は、広島県出身の日本画家。戦後日本画の最高峰といわれ、東京藝術大学の学長や日本美術院理事長などを歴任した。15歳の時に被爆した体験から平和への思いが強く、仏教に救いの道を求めて、「平和の祈り」「仏教伝来」をテーマにシルクロードを旅しながら創作活動を続けた。

ラクダを率いて砂漠を渡るキャラバン隊は平山にとって平和の象徴で、キャラバン隊をモチーフに朝夕夜の風景を描いた「桜蘭の朝」「桜蘭の夕」「桜蘭の月」は作家の代表作だ。色彩豊かな作品が多く、特に「平山ブルー」と称される神秘的な青色は、ラピスラズリやアズライトといった宝石が原料の岩絵具によって表現されている。

自身の戦争体験から、戦争を題材にすることを避けていた平山が、内戦地のサラエボで会った子供たちの眼差しに心を打たれて描いた「平和の祈り−サラエボ戦跡−」は、戦争そのものが描かれた大変めずらしい作品だ。

「人間の美」を追求した 彫刻家 佐藤忠良

彫刻家、佐藤忠良の特徴は、日本人をつくり続けたこと。佐藤が彫刻を始めた戦後初期は彫刻のモデルといえば彫りの深い西洋人が主流だったが、その中であえて、日常生活で見る平凡な「人間の美」を追求したことで注目を浴びた。はじめは「佐藤の穢(きたな)づくり」などと揶揄されたが、1952年に制作した「群馬の人」という頭像が「日本人の手で初めて日本人の顔を表現した作品」として高く評価され、アジア人として初めてパリのロダン美術館で個展を行うなどの快挙を遂げて、日本を代表する彫刻家となった。

佐川美術館では代表的な「帽子シリーズ」をはじめ、子ども像や頭像作品など180あまりの作品を所蔵し、その時々のテーマに合わせた彫刻・素描作品を常時展示している。

写実主義と卓越したデッサン力でも知られる佐藤の作品からは、モデルたちの息遣いや、その内面まで感じ取れそうだ。

450年続く樂焼の陶芸家 十五代樂吉左衞門

別館「樂吉左衞門館」では、陶芸家、十五代樂吉左衞門の作品が展示されている。樂吉左衞門は、安土桃山時代に千利休の創意を受けて樂茶碗を創り出し、以来450年続く樂家の当主。ここに展示されているのは、1981年にその名を襲名した十五代樂吉左衞門の作品だ。  

驚くべきは、この展示空間そのものも樂氏自らの創案によること。師の教えを守り、技を踏襲して発展し、新たに創造するという「守破離(しゅはり)」の考えをコンセプトに、美術館としてはめずらしい水庭に埋設された地下展示室を備えている。  

2007年の開館以来、十五代樂吉左衞門にとって思い入れのある場所や事柄とコラボレーションした展覧会「吉左衞門X展」シリーズが開催されており、これまでにインドネシアのネイティブアートや、フランスの風土から影響を受けた作品の数々が展示されてきた。コラボレーションごとに新しく生み出される挑戦的な作品は、見る人に新鮮な驚きと感動を与え続けている。

水面と同じ高さに座す

もうひとつ、この樂吉左衞門館で見逃せないのが展示室に併設されている「茶室」だ。こちらも樂氏が設計の創案を手掛けており、地下1階の入り口から水露地、小間を通って徐々に地上へと向かい、最後の広間で水面に広がる景色と出会える構造になっている。

ここで十五代樂吉左衞門が大切にしたのは、目線。限りなく水面に近い高さにまで床を下げることで自然と同じ目線で座り、自然と対等に関わり、ひとつになる感覚を感じてほしいという思いが込められている。

自然との関わりを五感で感じる

通常、広間と外はガラスで仕切られているが、このガラス戸は大きく開け放つこともできる。日常の喧騒から離れ、非日常の空間へ。水面を抜ける風を肌に感じ、草木が揺れるさわさわという音に耳を傾ければ、普段は見過ごしていた自然と一体になる感覚を味わえるかもしれない。

魅力的な特別展も次々と開催中

佐川美術館では、バラエティーに富んだ企画展も開催されている。2022年には「バンクシー&ストリートアーティスト展」や「ピカソ –ひらめきの原点 –」などが行われ、人気を博した「デザインあ展 in SHIGA」では14万人もの来館があったそうだ。美術館全体で、年間を通じていろいろなジャンルを楽しんでもらえるような展示を心がけている。

感性が磨かれる体験を

国内最高峰といわれる3人の作家の世界をさまざまな角度から掘り下げ、時の流れ、四季のうつろいごとに異なる表情を見せる佐川美術館。自然と建物、そして作品が一体となって生まれる神秘的な空間は、まさに唯一無二といえるだろう。水面に浮かぶ非日常に身を委ね、感性が磨かれていくのを感じる。そんな体験をもたらしてくれる美術館だ。  

ACCESS

佐川美術館
滋賀県守山市水保町北川2891
TEL 077-585-7800
URL https://www.sagawa-artmuseum.or.jp
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