“撥ね木”と“花酵母” 2つのこだわりから生まれる唯一無二の酒 「吉田屋」/長崎県南島原市

全国でも極めて希少な日本酒の製法「撥ね木(はねぎ)搾り」を用いて日本酒をつくる蔵が、長崎にある。重労働を伴う上に量産が難しく、今では日本でも数えるほどしか残っていない。その撥ね木搾りに加えて、自然界に咲く花々から分離した「花酵母」を使用した酒造りで、独自のブランド力を高めるべく試行錯誤を重ね続ける酒蔵を訪ねた。  

目次

日本でも滅多に見られない酒造り

長崎県南島原市。醤油や味噌などの醸造蔵が今なお残る有家町にある酒蔵「吉田屋」では、昔ながらの酒造りを貫いている。8メートルほどの長さの巨木に重石をつるし、てこの原理(もろみ)に圧力をかけることで酒を搾り出す「撥ね木搾り」。大変な労力がかかることに加え、近代化の波で多くの蔵が機械搾りを導入する中、日本でも5軒ほどを残すにとどまる、今では滅多に目にすることができない製法だ。機械による搾りとは違い、とてもまろやかな、そしてふくよかな味わいを醸し出すのがその魅力で「撥ね木搾り」によって造られた酒は今となっては貴重な存在となっている。

吉田屋の創業は大正6年(1917)。もともと撥ね木搾りで酒を造ってきた老舗の酒蔵だったが、時代の流れとともに1970年代頃には機械搾りへと移行。現蔵元吉田嘉明さんが東京の大学で醸造を学んだのち、長崎へと帰郷した1984年には、蔵では製造量を減らしつつも、細々とではあるが地元で親しまれる普通酒を造って販売するのみとなっていた。  

機械化を経て、再び蘇った撥ね木搾り

100年近くにおよぶ酒蔵の後継者として志を高く持ち、改めて酒造りと向き合うこととなった若き嘉明さんは、吟醸酒純米酒など、お米の精米歩合や原料などの条件を満たすいわゆる「高級酒」に再び着手。しかし製造ラインを最小限に抑えてきた当時の設備で造るのは困難で、試行錯誤を繰り返す日々だったという。

そこで嘉明さんが目を着けたのが、蔵にそのまま残されていた撥ね木だった。「道具も丸々残されていましたから、思い切って。全てきれいに洗って、まずは普通酒づくりから試してみました」 とはいえ、遠ざかっていた撥ね木搾りできちんと酒を造れる人材がいない。蔵に残されていた記録や、蔵人たちのわずかな記憶を手がかりに研究を重ね、ようやく撥ね木搾りを復活させたのは1997年。嘉明さんが長崎に帰ってきて13年が経っていた。

重労働かつすべてが手作業

撥ね木搾りでは、(ふね)と呼ばれる木枠の中に醪を入れた酒袋を何重にも積み、その上に枕木を高く重ねていく。一番上に撥ね木を乗せ重石をつるしたら、無理な圧力をかけずに自然の重みでゆっくりと搾り出す。量産はできないが機械のように完全に“搾りきらない”ことで、最後に残る雑味が抜けてすっきりとした優しい味わいに仕上がる。  

一方、その工程は並大抵ではない労力を必要とする。槽は大きく深いため、酒袋を積み入れる蔵人の上半身は逆さまになるほど。両手に抱えた袋の重みで頭から落下しないように、もう一人の蔵人が脚をしっかりと支えながら、二人がかりで積むこともある。醪が多すぎたり、酒袋の重なりが悪いとうまく圧力がかからず袋が破れてしまうこともあるため、すべて長年の経験と感覚を頼りに手作業で行われる。  

苦労を惜しまず手間ひまかけて

枕木を乗せるのも、8メートルという撥ね木を動かす阿弥陀車の操作も、人力。微妙な位置を調整しながら撥ね木を乗せたら、最後は60個もの重石をひとつひとつ担いで吊るしていく。現在は重石の代わりにポリタンクに水を入れたもので代用しているがその重さはひとつ16キロ~18キロ。その重さは約1トンに上る。

その後の充填・ラベル貼り・出荷作業も一貫して手作業だ。こうした工程のひとつひとつを慎重かつ丁寧に、そして苦労を惜しまず手間ひまかけて生み出すからこそ、奥深い味わい以上の酒に仕上がるのだろう。  

もうひとつのこだわり“花酵母”

日本酒の味わいを大きく左右する原料のひとつが、酵母。種類によって生まれる香りや味の成分が違うため、どの酵母を選択するかは酒造りにおいて重要な要素となる。代表的な酵母といえば、「きょうかい酵母」や、「都道府県酵母」などがある。

吉田屋が使用しているのは、このどちらでもない自然界に存在する天然の清酒酵母花酵母」と呼ばれる種類のもの。そもそも酵母は自然界のあらゆる場所に存在しているが、その中でも花や果物などには特に多く生育している。ここに着目した東京農業大学の「花酵母研究会」は、世界で初めて花から酵母を分離させることに成功。現在では十数種類の花酵母が実用化されている。当大学は嘉明さんの出身校とあり、開発当時から花酵母を使用する機会に恵まれたという。

「花酵母」と聞くと、香りが強くて華やかなイメージが思い浮かぶが、嘉明さんは「香り高いというよりも、味わいの幅広さが花酵母の魅力ですね。この酵母はどんな味わいを出してくれるだろう?と、酵母に合わせて造り方を変えるなど、日々研究です」と話す。

花の種類によって発酵の特性は様々

香り華やかで、辛口でありつつも口に含んだ瞬間にしっとりとした甘味が広がるのは、ナデシコ酵母を使用した「はねぎ搾り 純米吟醸酒」。

果実酒のように甘くフルーティーな香りが人気の「純米大吟醸 清泉石上流(せいせんせきじょうをながれる)」は、アベリア酵母を使用。上品かつなめらかな味わいを持ちつつ、飲んだ後には爽やかなキレを感じられる自信作となっている。  

次世代の蔵元が手掛けるのは新しい花酵母

息子の嘉一郎さん(5代目)が修行後、蔵に戻って初めて開発した純米吟醸酒「BANG」も注目株だ。アルコール度数16度とあるが、その強さを感じさせない軽やかな味わいですっきりとした甘さが特徴。吉田屋では初めてオシロイバナ酵母を使用するなど新たな扉を開くとともに、「BANG」の名は吉田屋の老舗銘柄「萬勝(バンショウ)」を由来とするなど、古き良きものを受け継ぐ次世代の志が光る新ブランドとなっている。

「酒蔵業界にバン!と音を立てて名前を知れ渡らせたいという思いを込めています。温度変化によって表情がガラッと変わるので、ぜひ色々な温度帯で楽しんでほしい」と嘉一郎さん。  

勢いを増す日本酒以外の商品も

そのほか、甘味・酸味・心地よい苦味と、ふくらみのある旨味のバランスが整うツルバラ酵母使用の「はねぎ搾り 純米酒」や、若干の酸味の中に、フレッシュな果実を思わせる夏らしい爽やかな味わいが特徴の特別純米酒「ひまわり酵母のお酒」など、吉田屋ではすべての銘柄に花酵母を使用している。「花酵母はまだまだ新しいものも出てきていますし、私たちも知らないことがたくさん。それだけに楽しみですね」

日本酒以外にも、日本酒をベースにした梅酒歌酒」や、米麹を瓶の中で自然発酵させた「百年甘酒」なども人気を増している。甘酒は、「にっぽんの宝物」の世界大会で最優秀賞を受賞(2018)した。

長崎の日本酒を全国に広めたい

先代が一度は機械化に舵を切りながらも、昔ながらの伝統製法である撥ね木搾りを現代に復活させ、花酵母という独自路線を開拓した4代目・嘉明さん。それを礎に、新たな酒造りの知識や技術をさらに取り入れようと試み続ける5代目の嘉一郎さん。「酒は寒造り」と言われるほど、寒い季節、寒い地域で造るのが品質的にも合っているとされてきたのが、これまでの日本酒。それを歯牙にもかけず、長崎の地で意気揚々と酒造りに向き合う吉田さん親子の姿には、むしろ清々しさが漂う。

「『日本酒って長崎でも造っているの!?』と驚かれることも、いまだに少なくありません。そうした従来の価値観を少しでも変えられるように、変化を恐れず、長崎の酒を胸を張って全国へと送り出せる酒蔵へと成長していけたらと思います」と、朗らかな笑顔で蔵の今後を力強く語る。現在生産量わずか90石ほどの小さな蔵ではあるが、自分たちがこだわった酒造りを貫き通すその信念に、長崎の日本酒の明るい未来が見えた。  

ACCESS

はねぎ搾りの酒蔵 吉田屋
長崎県南島原市有家町山川785
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