6代目がこだわる米の旨味と酸のバランスにこだわった酒「阿部酒造」/新潟県柏崎市

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廃業の危機から立ち直った「阿部酒造」

新潟県中越地方、日本海に面した柏崎市に、200年以上の歴史を持つ小さな酒蔵がある。柏崎の軟水で醸した地元の定番酒「越乃男山(こしのおとこやま)」を造り続けてきた「阿部酒造」だ。文化1年(1804年)に創業したこの蔵は、代々の当主が杜氏となって経営と兼務する「内杜氏」のシステムで、現在は6代目当主の阿部裕太さんが製造責任者を務めている。

しかし5代目から家業を継ぐ以前、阿部酒造は廃業の危機に晒されていた。当時の酒の生産量はわずか40石程度。一升瓶で約4000本。けして多いとは言えない生産量だった。阿部さんはそのとき、東京でインターネットの飲食店経営サイトを運営する会社に勤めていた。「もうあと3年戻るのが遅かったら、うちの蔵はつぶれていたでしょうね」と語る阿部さんは、代々続いてきた阿部酒造をなんとか残したい、その気持ちで会社を辞めて家業に入った。

酒造りへの挑戦

「たくさんの人に飲んでもらうには、もっと酒を作らないといけない。」阿部さんは 醸造試験場で酒造りの基本を学んだ。それもたったの6週間という短い期間だったという。その後は父や地元の蔵元の先輩たちからの指南を受けながら、生産量を増やすべく少しずつ設備投資を図っていった。そして蔵に戻って8年目の現在は240~250石まで生産量が上がった。  

細部まで徹底する阿部さんの性格から、蔵で働くスタッフの数も増やし、研修生も多く受け入れることで、自身の求める酒造りの環境を整えた。新潟県は淡麗辛口の蔵が多く、先代が好んだのも辛口だった。しかし阿部さんはその真逆にチャレンジしたくなり、最初の頃はとにかく甘い酒を造っていたという。

「自分の美味しいと思うものを造らないと、全力で営業ができない」と気づいてからは、次第に、甘さはほどほどに、酸で輪郭をつくっていくような酒造りにシフト。自分の目指す酒造りに徹底的にこだわるようになった。

日本酒大国新潟ではなく、東京で勝負

新潟は全国でも屈指の日本酒大国。同じ柏崎市内にも4軒の酒蔵がひしめいている。地元のマーケットはこれまで通り、地元の他の蔵に任せて自分たちは外にうって出る。つまり首都圏での認知度を上げる勝負に出ることにした。

目指したのは飲食店で選んでもらえる酒だった。自身も日本酒をはじめてたしなんだのは飲食店での食事の席だったし、まず知ってもらうには絶好の場所だと考えた。
こうして1年目に作った酒をもって東京の酒販店に営業して回ったが、反応は芳しくなかった。阿部酒造のもともとのブランドである「越乃男山(こしのおとこやま)」が、よくある日本酒の銘柄名の組み合わせだからと断られたこともあったし、まったく相手にされないことすらあった。思い描いていたような順調な滑り出しとはいかなかった。 同時期に初めての酒造りに挑んでいた赤武酒造や加茂錦酒造の友人たちのいい知らせを聞くと、悔しい思いもあったという。

悔しい思いが続いた営業活動もようやく認められるときが来た。地元新潟の酒屋が、阿部さんの酒造りへの想いに共鳴してくれたのだ。「美味しいとか美味しくないとかはどうでもいい、とにかく応援するから」と、東京の知り合いの酒販店にも売り込んでくれて、新潟・東京での取引がはじまった。とにかく売ってそれを軍資金にさらに良い酒を造っていこうと励ましてくれた。それまでの苦労があったから余計に心に沁みた出会いだったと阿部さんは語る。

こうして現在、阿部酒造で最も生産数が多いのが、2015年からスタートした「あべ」シリーズ。「越乃男山」以外の銘柄で看板になる商品をと造り上げたシリーズだ。 米の味と酸のバランスを大切に、定番から季節の酒まで豊富なラインナップで展開している。  

「阿部酒造」のお酒とは

ひらがな2文字の潔いラベルも印象的。原料米は、酒造好適米である五百万石、越淡麗、たかね錦、一本〆、越神楽など全量新潟県産100%にこだわる。今は地元の柏崎産がそのうちの70%を占める。

火入れは低温。フレッシュさを意識しながら殺菌もしっかり。ただし香味は逃さない。また、すべての酒を手間と時間をかけてつくる。酒袋にもろみをいれてゆっくりとお酒を搾る昔ながらの装置「槽(ふね)」でしぼっているという点も特筆すべきだろう。通常1日で搾れるところ、4日間かけている。これによって酒質がやわらかに仕上がり、阿部さんの目指すものになる。

また「柏崎は海も山もあり、目と鼻の先には田んぼが広がっている。新潟らしい酒造りをしたい」という想いから、圃場(ほじょう)別のシリーズもはじめた。

海と山に囲まれた新潟らしい環境が特長の「上輪新田地区」、柏崎の内陸に位置する「野田地区」など、特定の圃場で収穫した米を使って仕込み、圃場による味の違いが楽しめる。

このシリーズの売上の一部は、契約農家の圃場整備や柏崎の景観を守るための整備に充てている。美しい田んぼが広がる新潟の典型的な田園風景を思い描きながら味わいたい酒だ。  

日本酒に触れ合う機会を増やしたい

チャレンジを続けるごとに、「愚直に美味しいものを目指し続けたい」という気持ちが強くなっていくと阿部さんは語る。「今は自分自身が酒造りをとにかく楽しむことを大前提に、失敗してもいいやという気持ちでアグレッシブに挑戦できている。」と阿部さん。特に注力しているのは、酸を軸にした酒造り。多酸性酵母を使用せず、県内で使われている一般的な酵母で酸を出す方法で、米の旨味と酸をしっかりと出すことを意識している。

「業界で評価されることよりも、もっと一般消費者の飲み手を増やしたい。日本酒に触れ合ってもらえる機会を作りたい。」と話す。そのために阿部さんは成長し続け、挑戦者であり続けるのだ。  

ACCESS

阿部酒造株式会社
新潟県柏崎市安田3560
URL https://www.abeshuzo.com
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