家庭の「おうちの味」を受け継いでいくまな板を作りたい——。
長崎県南島原市にある「森永材木店」は、そんな想いから良質なまな板などを作っている材木店です。
台所仕事に適した特性を持つイチョウ木を用い、
木を知り尽くした材木店が手間と時間をかけて丁寧に作るまな板は、プロからも高く評価されています。
毎日の料理に欠かせないまな板。プラスチック製やゴム製、木製など様々な素材のものがあるが、特にイチョウの木は古くからまな板に最も適した木材とされ、プロの料理人たちから愛用されている。御神木としても馴染み深い九州産のイチョウの木でまな板を作る「森永材木店」を訪れた。
イチョウのまな板の特徴
プロの料理人や料理好きが愛用する、木製のまな板。抗菌作用が高いヒノキ、水切れが良いホオ、弾力性のあるヤナギ、耐久性のあるヒバなどがまな板の素材として古くから使われているが、中でもイチョウの木が最も多く選ばれるのは、全ての特性のバランスが良いためと言われる。イチョウの木のまな板の特徴は大きく分けて以下の3点だ。
刃こぼれしない
適度に柔らかく弾力があるため、包丁の刃を傷めない。また、復元力が強く傷が残りにくいため、まな板が長持ちするという利点も。イチョウのまな板を使うと特に小気味よい音がするのは、刃当たりが良いという特性があるから。包丁を引いたときに小さな木屑が出ないのも料理人から選ばれる理由の1つだ。
乾きが早く、抗菌力に優れる
適度な油分を含んでいるため水はけが良く、また乾きが早いので衛生的。さらにフラボノイドが含まれているため、まな板に臭いが付きにくい。イチョウに含まれるシキミ酸には防虫効果があり、カビを生えにくくする効果もある。
反り・歪みが少ない
冬と夏で年輪の幅、木目に大きな差が出ないイチョウの木は、切り出した後も状態や質が均一に保たれる。そのため反りや歪みが出にくく、温度変化による割れも非常に少ない。
イチョウのまな板を作る製材店「森永材木店」
長崎県島原半島の南東に位置する有家町。約1300年の歴史を誇る九州総守護神社「四面宮」の1つ「有家温泉神社」そばの「森永材木店」では、九州産のイチョウの木を使用したまな板作りが行われている。
無垢のイチョウの板がずらりと並ぶ工房で迎えてくれたのは、代表の森永惠子さんと副代表の森永茂夫さん。惠子さんの夫であり2代目の隼人さんが急逝した際、市役所職員としての業務を勤め上げた隼人さんの弟・茂夫さんが家業のサポートに入り、材木店としての歴史、知識、経験を活かした「イチョウの木のまな板づくり」をメイン事業に切り替えた。
75年前の創業時は、伝統的な工法を用いた建築業を事業の主としていたが、時代の流れと共に需要が減少。今後の材木店のあり方を模索した結果、平成7年から良質なイチョウの木を使用したまな板づくりを建築業と並行してスタートさせることに。「イチョウは、スギやヒノキのように大規模な植林をおこなっていない木材。良質なものが手に入るのは、例えば神社の境内の御神木が災害で倒れてしまった時などの限られたタイミングだけです。材木の目利きだった夫は、九州全域の市場からイチョウの木の情報を集めては買い付けていました」と惠子さん。現在、まな板づくりに用いているイチョウの木は全て、隼人さんが生前買い集めたストック。「主人が愛情を持って大切に保管していたイチョウの木が、どこかの家の台所で活躍していると思うと本当に嬉しいです」と惠子さんは微笑む。
森永材木店のイチョウのまな板の特徴
~効率よりも美しさを極めたい~
森永材木店のまな板に使用するのは、11月から3月に伐採した「寒切り」のイチョウの木。腐りにくく耐久性があり、イチョウ独特の臭いがしないのが特徴だ。仕入れた原木はまず厚めにスライスし、1年半ほど乾燥させた後にさらにスライス。同じ工程で段階的に薄くしていき、最終的に8年ほどかけて材木として仕上げる。「時間をかけ、丁寧に仕上げているので、うちのまな板は特に割れ、反り、ヒビが出ません。完全に乾燥しているので非常に軽く、また表面が滑らかで美しいのも自慢です。日々台所で使われるものなので、信頼していただける物作りにこだわっています」と茂夫さん。
商品ラインアップ
森永材木店では、大小様々なイチョウのまな板を用意。それぞれのサイズに「亭主」「女房」「長女」「長男」「孫」などのユニークな名前が付いている。全て厚さ2.5cmに切り出されており、軽いながらもしっかりとした存在感があり使いやすい。プロの料理人に愛用者が多い「亭主」から、フルーツやパンなどを食卓で切る際に重宝する「長男」などの小ぶりサイズまで、シーンやライフスタイルで選べるラインアップが魅力だ。サイズのオーダーやオリジナルの焼き印を入れることも可能。イチョウの木の端材で「マイ箸作り体験」を行うワークショップを開催することも。樹齢100年のイチョウの一枚板を使用したテーブル、木目が美しい器やスツールなど、木の風合いを活かした商品も開発している。
手入れ方法
無垢の木の汚れの落とし方、乾燥させる方法、長く使うコツなど、購入後のイチョウのまな板の管理に不安を覚える人は少なくないはず。そこで上手な手入れ方法を惠子さんに聞いた。「使用前は全体を水で濡らしましょう。水の膜ができ、食材の色移り、匂い移りを減らすことができます。使った後は塩を振り掛けて木目に沿ってタワシでこすり、水気をしっかりと拭き取って陰干ししてください。塩で汚れが取れない場合は、お酢を使用すると良いですよ。干す際は、木目にそって縦方向に立て掛けて」。
食材がうまく切れなくなったら、まな板の中心がすり減ったサイン。その場合「削り直し」を行えば、カビや黒ずみまで取り除かれて新品同様に。森永材木店ではまな板を長く愛用してほしいとの思いから、無料で「削り直し」を行なっている。「削り直しを行いながら、長年使用してくださっているお客様が多数いらっしゃいます。お母様が使っていたからと、若い方がうちのまな板を探しにくることも。私たちのまな板が、各家庭の『おうちの味』に寄り添えていることを実感します」と惠子さんはうれしそうに話す。
森永材木店の思い
「この辺りでは昔、嫁入り道具の一つとして母親が娘にイチョウの木のまな板を持たせたものです」と惠子さん。日々台所に立ち、家族の健康を願いながら食事を作る人にとって、いつの時代においてもまな板はまるで右腕、あるいは相棒のような存在と言えるはず。「これからもまな板を通じて、台所から聞こえる音、家庭の味の記憶の中に少しでも寄り添えたら素敵だなと思います」。御神木としても馴染み深い長寿の木・イチョウを使用し、時間と手間を掛けて仕上げる森永材木店のまな板。惠子さん、茂夫さんの手によって生み出された1枚が、今日も誰かの暖かな記憶の一部となっているだろう。
まな板に凹みが生じてきたら、それは長年使った証。私たちのまな板を長年大事に使ってくださった方には、無償で手直しもしています。使ってよかったと思えるものを作るため、じっくりと木と向き合いながら仕事に取り組む日々です。木の温もりを感じる「トントントン」と響くまな板の音に癒やされてください。