~雪国新潟で生まれる木工〜
天然林が豊富で冬は雪深い新潟県中南部、長岡市の小国町。四季を通じて景観は美しいが、春先まで雪に埋もれ、せっせと除雪をしなければ生活ができないこの土地に、木工作家・富井貴志さんのアトリエがある。
富井さんは幼少期を同じ新潟県の小千谷市で過ごし、高専在学時にアメリカ・オレゴン州の高校に留学した経験を持つ。その自然豊かな大地で、木とともにある暮らしに触れた。日本国内の大学に進学し、大学院で表面物理の研究に勤しんだのち、一転、木の魅力に誘われるように木工の世界に転身。
木工職人を養成する岐阜県の工房で木工の基本技術を学び、2008年に京都で独立した。そして2015年に、この雪深い町に根を下ろした。故郷の新潟に帰ってきた理由はシンプルだ。「雪があるところで作品をつくりたいから。」
〜作品のルーツを紐解く~
富井さんの作品は主に皿や重箱など、日常で使う食器が中心だ。親しみやすく優しい木の表情、気品のある繊細な佇まいにファンも多い。器をつくる理由もまた、シンプルだ。
富井さんは昔から食べることが好きだった。学生時代の一人暮らしをきっかけに料理にはまり、そこから玄人向けの料理道具を集め出した。そのうち料理を盛る器にもこだわりだし、作家ものの焼物の収集もはじめた。北欧らしい滑らかな表面の器も好きだし、土もののずっしりとしたものも好きだと話す。木の作品も昔から好きだったとはにかむ富井さんは真の器好きなのだろう。
ものづくりを志して、その趣味が自然と器づくりにつながったという富井さん。作品づくりのベースとなるコンセプトは、「使い続けることで美しくなるもの」そして「自分が使いたいものをつくること」だ。「僕は、器を使う人がそれを使い続けることで、『素材』『作家』『使う人』の3つの要素がそれぞれ近づいてく、そしてそれがぎゅっと凝縮されてひとつになっていく、そこに理想の関係があって、それが『美』だと思うんです。」と話す。手を動かすときに意識するのは、日々使うことで変化する「美しい経年変化」だという。
~使うごとに味になる。日常に溶け込む木の器~
作品の中で特に人気があるのは平皿だ。使いやすく、食材を盛りやすい。今は栗の木をよく使用し、木地と漆塗りの調和が美しい器をつくっている。実際に生活の中で使用することを考えると、平凡な木の方が使い込んだときに味が出てきて趣を感じさせる。そんな栗の木の中庸な感じが気に入っているのだそうだ。確かに栗の木は森の虫たちにも人気らしい。虫食い部分がよくあるそうで、それも一つの味として作品に生かすのだそうだ。
一方、表面に漆がほどこされた器には変化しづらいという特徴がある。また色をつけて楽しめ、食卓のアクセントにもなる。「木というのは、それ自体がすごく美しいんです。もちろん色漆の器で色遊びを楽しんでもらうのもいい。どんどん使って、表面にいっぱい傷がついてこそ、さらに美しさを発揮する。そういう木の器の魅力を伝えていきたい。」
~効率よりも美しさを極めたい~
富井さんの工房は一見家具を作る工房のような佇まいだ。木工の基礎を学んだ時の名残だと富井さんは微笑む。そしてどんな作品も丁寧に手作業でつくられる。機械を使って一度にたくさんの商品をつくるのではなく、身体を動かしながらコツコツと作品づくりに没頭し、それによって生まれるものを大切にしている。それが富井さんのやり方だ。「効率のいいやり方を採用すれば早く綺麗に仕上がるかもしれないけれど、せっかくこういう仕事をしているのに、効率や綺麗さを求めるのか、と思うんです。時間がかかっても、つくる楽しさとか幸福を求められるのであれば、僕はそっちの方をとる。」
~理論が導く美しさが生む個性~
富井さんの作品づくりには、独特の世界観がある。大学院時代は物質の表面を研究する物理系の人間だった。当時顕微鏡で覗いたミクロの世界の美しさは、言葉にできないものがあった。アトリエで彫刻刀を使い、重箱の細かな模様を一日中彫り進めながら、そんなミクロの世界、原子の配列、多様性、さまざまな思想的な世界に思いを馳せることもある。おそらくその世界に没入していく過程において、作家性と呼ばれる、人を惹きつける「個性」が作品に宿るのではないだろうか。
愛着をもって使い込んだときにより美しくなるものづくりを目指す富井さん。木の触り心地、暮らしに寄り添う慎しさ、繊細でやさしげな佇まい。豊かな自然環境と独特の思索の世界から生まれる作品の素晴らしさを、ぜひ一度手に取って感じてもらいたい。