独自の農法と農業を通じた活動の功績により、日本人初のスローフード大賞を受賞した武富勝彦さんが代表を務める有限会社葦農。
農業と真摯に向き合い、食を通して本当の豊かさを追求し続けています。
有機無農薬による古代米の栽培
武富勝彦さんはかつて佐賀県の高校で生物教師を19年、農業高校造園科の教師を4年務めた。しかし、病気をきっかけに退職し、平成3年から農業の道に進んだ。はじめは拠点を千葉に作ろうと計画していた。そこから紆余曲折あり、もともと兼業農家だった江北町の実家に戻り、有機無農薬農業を始めた。丁度その頃、町役場から有機農業研究会を立ち上げる中心メンバーとして参加してほしいという依頼があり、周辺12軒の農家を集め研究会が発足した。
「最初は作ってもぜんぜん売れなくて大変でした」と笑う。その後、平成7年には自身で有機無農薬米を買い取って販売する会社を立ち上げると、徐々に販売数は伸び、全国へと販路を広げ大成功することになった。
農業について細かいことがわからない人であっても、武富さんが育てた作物がカラダにやさしいということは、口にした瞬間に理解できる。それほどそれぞれの食材が澄んだ味をしている。
「米は古代米ですか?」と中田が尋ねる。すると、武富さんは「古代米の赤米や黒米、緑米に、発芽玄米アワやヒエなどの雑穀、穀物をあわせています。それぞれが力のある穀物だから、噛めば噛むほど味わいが出てきますよ」と答えた。
古代米との出会いは平成10年ごろ。たまたま黒米を食べる機会があり、黒・緑・赤と色のついた古代米に関心を持ち、栽培方法を研究するようになった。普通のお米に混ぜて食べる提案をしたところ、消費者に認められ、注文が殺到するようになった。平成22年にはニューヨークでも販売を始めるようにもなった。
食文化・環境も守るスローフード
武富さんの田んぼでは、河原の葦を刈って米糠や水と混ぜ堆肥化し、農薬や除草剤、化学肥料を一切使わない農法を実践してきた。有明海の生態系を守る農法で古代米を育てるなど、環境を守り、土地に根ざした食文化を見直すスローフードという運動を行っている。その結果、スローフードの第一人者として、平成14年農林水産省の広報誌で、緑米を6反ほど収穫したことを取り上げられる。それがインターネットでも取り上げられ、注目を集めるようになった。
食を取り巻く多くのものをよりよくするスローフード協会はイタリアに本部があり、1980年代に設立された。現在では160以上の国にメンバーやプロジェクトが存在している。そのスローフード協会から日本人として初めて食のノーベル賞ともいわれるスローフード大賞を受賞する快挙を遂げた。
農業を通して伝えたいこと
「味噌作りも見ていきませんか?」
と武富さんに案内されたのは、これまで旅で見てきたような、本格的な味噌蔵ではない。わずか8畳ほどの室内に置かれた小さな樽。かつて日本の家々で作っていた「手前味噌」を思い起こさせる、手作りならではの素朴な味噌の匂いが鼻をくすぐる。
「ここでは味噌も塩も醤油も自分たちで作ります。やっぱり子どもたちには、安全、安心なものを食べさせてあげたいですからね」
長年教師を務めてきた武富さんだからこそ、言葉に重みがある。武富さんは不登校や引きこもりなどの問題を抱えた子どもたちを受け入れ、農業を通じて自立させる活動もおこなっている。それだけではなく、農学部の学生を対象にした農業実習も行っており、若者への農業の普及・支援などの取り組みを積極的に実施している。
美味しいものを追求するだけではない武富さんの考え方は、今後も様々な人々を幸せにすることだろう。武富さんのまわりに集まるたくさんの人たちの笑顔がなによりもそれを物語っているような気がした。
「食」は命の源であり、その「食」を支える農業は、なくてはならない大切な産業。有限会社葦農の食品や農作業の体験などを通じて、世間にもっと農業への関心を持っていただけると嬉しいです。