熱海にも世界的な美術館を
メインエントランスで訪問客を出迎える高さ4メートルの大きな扉がすでに美術品だ。手掛けたのは、中田もよく知る漆芸作家で「蒔絵(まきえ)」の人間国宝でもある室瀬和美氏。黒漆で下塗りした上に朱漆を施す「根来(ねごろ)という)技法が施された作品で、漆芸独特の色や艶を巨大なサイズで見ると、あらためてこの日本を代表する素材の持つ美しさ、可能性を感じることができる。
熱海市の高台にあるMOA(エムオーエー)美術館は、太平洋を一望する眺望で人気のスポットだ。熱海にも世界的な美術館を建設し、日本の優れた伝統文化を世界の人々に紹介したいと願った箱根美術館の創立者であり、MOA美術館の基礎を築いた岡田茂吉氏の願いを継承して、1982年に開館した。岡田氏の名前にちなんで「Mokichi Okada Association」の頭文字がその名につけられている。2017年に美術館はリニューアルされたのだが、手掛けたのは現代美術作家の杉本博司氏と建築家・榊田倫之氏が主宰する「新素材研究所」。「新素材研究所」は、その名に反して古代や中世、近世に用いられた素材や技法を現代の再解釈と再興に取り組む作品を手掛ける建築事務所で、新しくなったMOA美術館にも屋久杉、行者杉、黒漆喰、畳など日本の伝統的な素材や技法が用いながら、展示される作品の美を最大限に生かすための設計がほどこされている。
「MOA美術館」展示のこだわり
むろん最大の見所は、その豊富な展示作品だ。岡田茂吉か収集した日本・中国をはじめとする約3500点のコレクションは、尾形光琳「紅白梅図屏風」、手鑑「翰墨城(かんぼくじょう)」、野々村仁清「色絵藤花文茶壺」といった国宝の作品をはじめ、仏像や陶芸作品、古文書、古代中国・朝鮮などの陶磁器に絵画と幅広い。日本の貴重な文化財の保護を目的とする重要文化財や重要美術品に指定された作品も多く保管されている。さらには豊臣秀吉が正親町天皇に茶を献ずるために、京都御所内に組み立て式の黄金の茶室を持ち込んだという史実に基づき再現された「黄金の茶室」や、尾形光琳が晩年に過ごし「紅白梅図屏風」を描いたといわれる屋敷の復元など何時間滞在しても飽きることはないだろう。
作品を見せる展示へのこだわりも素晴らしい。展示物同士に作品が映り込んでしまわないよう広い展示スペースを黒の漆喰の壁であえて区切ったり、「室町時代の光の中で美術品を鑑賞する」というコンセプトのもと、他の美術館に比べると少しうす暗い照明で作品を照らしている。展示ケースには写り込みが少ない「低反射高透ガラス」を用いていて、光や自分の顔が写り込まないので、作品が目の前に存在しているかのような錯覚におちいってしまいそうだ。作品に没入するあまり、ガラスに頭をぶつけてしまう人も少なくないそう。熱海で温泉やグルメを楽しむのもいいが、MOA美術館で多くの美術品にふれ、感性を磨くのもいいかもしれない。