世界一長い木造歩道橋「蓬莱橋」
江戸時代、東海道屈指の難所といわれ「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」と詠われた大井川。静岡県・長野県・山梨県の県境に位置する標高3,000m以上の南アルプスに源流を持ち、静岡県の中央を流れ最終的には駿河湾にそそぐ一級河川である。昔から大雨が降ると水かさが増し、川止めとなることもしばしば。
川幅の広さや勾配などの地形による問題から当時の技術では橋が掛けられなかったことに加え、徳川家康が隠居していた駿府城の西の守りとして機能しており、橋を架けることはもちろん渡し船も禁止されていた。そのため、大井川を渡るには川越人足(おおいがわのかわごしにんそく)に肩車をしてもらうか、輦台(れんだい)という神輿のような乗り物に乗せてもらうなどして川を渡るしかなかった。また、川の両側の島田と金谷には川会所(かわかいしょ)と呼ばれる「川越し」の料金所が設けられ、それぞれ大井川を渡河する拠点の宿場町として発展。最盛期には約1000人にものぼる川越人足が存在し、川会所や宿場町にも莫大な利権を生み出したという。
パワースポットとして親しまれる観光地「蓬莱橋」
そんな大井川も明治に入ると架橋がゆるされ、各所に橋が架けられるようになると、1872(明治12)年に蓬莱橋が架けられただ。架橋以来、何度となく氾濫の被害に見舞われてきた蓬莱橋だが、1997年、ギネスブックに「世界最長の木造歩道橋」として認定されると映画やドラマなどの撮影にも利用され、多くの観光客が訪れる観光スポットとして、また、橋の全長897.4メートル「厄なし(やくなし)」の語呂から縁起もよいパワースポットとしても人気を集めている。
もともとは島田宿と牧之原台地を結ぶ農道だったというが、いまでは、近隣にカフェや土産店が並び、いわゆる観光地のようになっている。島田宿側から見ると、向こう岸に見える山の緑に向かって、まっすぐ幅2.4メートルの橋が伸びているだけで、ゴール地点はまったく見えない。多くの観光客が通行料100円(大人)を払ってこの橋を渡っていく。ガイドブックに載るような観光地を訪ねることは珍しい中田になぜここに来たかったのか理由を訊くと、「なんとなく景色がいいんじゃないかと思って」と。歩き始めてみると、これがなかなか楽しい。手すりが低く、視界を遮るものはなにもない。確かに見事な景色だ。歩行者と自転車しか渡ることができないこの橋は、ほぼ平坦で、視界も低い。水がすぐ目の下を流れ、その音も聞こえてくる。まるで大井川の真ん中に立っているかのような感覚だ。日差しは強いが、川をわたってくる風が心地よい。特に目的もなく橋を往復するだけ。ゆっくり歩いても往復30分くらいの川の上の散歩は、新鮮な体験だった。観光地を侮るなかれ。もっというならば、数ある観光地のなかから「ここは行くべき」というポイントを選ぶ中田の慧眼に感服した。