能登の自然を感じながらつくるガラス工芸品
能登島が浮かぶ七尾湾は、日本海に位置しながらも荒波の影響を受けることなく、まるで湖のようなさざなみがあるだけで、海鳥や魚たちもゆったりと過ごしているような印象だ。ガラス作家の有永浩太さんは、この自然豊かな能登島の七尾湾に面した工房で作品を作り続けている。すぐ近くには、石川県能登島ガラス美術館があるため、その縁でこの地に着たのかと思いきや、「親戚がこの家を使っていたのを譲り受けました」とのこと。
「もともとは大阪出身なんですが、倉敷の大学でガラス工芸を学び、福島や東京の新島のガラス工房で働いた後、4年前にこの能登島にやってきました」(有永さん)
空気は澄んでいて、音といえば風と波と鳥の鳴き声くらい。島内のなだらかな丘陵地には水田や畑が広がり、冬でも豪雪にならないため、四季折々、様々な農作物にも恵まれている。また、街灯が少ないため夜は星空が美しく、天然のプラネタリウムさながら、ため息が出るほど豊かな自然に囲まれている。
「能登半島は、“陸の孤島”と言われていたようですが、最近は交通網が発展していて、金沢からクルマで1時間ほどですし、能登空港から東京にもすぐ行けます。無理をすることなく、仕事に集中するには最高の環境なんです」(有永さん)リビングに飾られていたのは、触るのも怖いくらいに繊細なガラスの器。布地のように見えるガラスが重なりあい、周囲の光を柔らかく拡散、ガラスの透明感にやさしい色のベールを纏いなんとも言えないニュアンスを醸し出している。
芸術と実用性の両方を目指す
「gaze」と名付けられたシリーズは、その名の通り、ガーゼのような柔らかな生地をガラスの中に封じ込めているように見える。「ベネチアで伝統的に使われているレースガラスという技法なんですが、それを日本人の感性でアレンジしたいと思ったんです」(有永さん)自宅に併設されたガラス工房に行くと、ガラス窯が赤く燃えたぎっていた。普段はここにこもって作業をしているという。
「さきほどの作品も素敵でしたが、こういう素朴な器もいいですね」(中田)
中田英寿が目をとめたのは、何気ないグラスや水差し。色ガラスでつくられたそれらの作品は、たしかに素朴な雰囲気だが、繊細な造形と手作業ならではの味わいの両方を感じさせるものだった。リビングで見た作品群とはまた異なる趣がある。
「展示会に出すような作品をつくるのと、日常のための器をつくる作業の両方があるからバランスが取れているような気がします」(有永さん)作家として美を追求することと、職人として実用性を追い求めることを両立するのはけっして簡単なことではないだろう。しかし黙々とガラスを吹き、カタチを整える有永さんの仕事ぶりを見ていると、そのふたつが違和感なく存在しているように思えた。