石巻を代表する酒蔵
宮城県石巻にある酒蔵、墨廼江(すみのえ)酒造。800石ほどの生産量だが、酒好きなら必ず知っている有名な酒蔵だ。主力銘柄は 「墨廼江 (すみのえ)」。米の力を最大限に引き出し、ふくらみのある上品なうまみが愛されている。
創業は今から180年ほど前の1845年。もともと酒米を納入していた造り酒屋からそのまま蔵を譲り受けたのが始まりだという。当初は本業を海産物問屋、穀物問屋としていて、酒造りは副業のような立ち位置。しかし、三代目のころ、1928年に大津波が三陸海岸を襲って、問屋業が壊滅的な被害を受けてしまった。そこから酒造りが本業になっていったのだという。そこから約85年。誠実な酒造りが愛され現在の墨廼江があるのだ。
数字よりも人の五感で造る
中田が蔵を訪れたときは、浸漬 (しんせき) という作業をしていた。浸漬とは、白米に吸水させるために、米を浸漬用の水につけること。米にどのぐらい水が入っているかによって、その後の作業、ひいては味に影響する。そのためかなり繊細な判断が要求される作業だ。昨年のお米のデータを見る。そして今年のデータを見る。しかし、墨廼江酒造の 「誠実な酒造り」 はそこでは止まらない。絶対に 「人の目」 で見ることをかかさないのだ。お話をしてくれた社長の澤口康紀さんはこう言う。
「うちは例えば、何キロで何分水に浸して何%の仕上がりという、数字だけでの造り方はしないんです。絶対に見て、食べて、触って、匂いを嗅ぐ。人間の五感で造るんです。データは毎年とります。でもその数字だけを追うということはしません。人の力、感覚が最終的には必要だと思っていますから」
長年のときをかけて蓄積された人の勘は、勘であって勘でない。力なのだ。それを受け継ぎ、次代へつないでいくことも重要なのだ。
さらに進化して喜んでもらいたい
試飲をさせていただいたときに中田がこう言った。
「こうして並べて飲むと違いがわかって、自分の好みもわかる。それがわかると料理屋さんでも頼みやすいですよね」
「そうなんです。日本酒にも幅があるんです。ワインほどの幅は出ないんですけど、お米の味でも幅が出るんです。それがわかってもらえるとうれしい」
同じ米でも幅が出る。そう考えると、やはりデータだけで作る工業製品ではないとつくづく思い知らされる。
変わらなかったこと、大きく変わったこと
創業の話をしているときに津波という言葉が出たが、2011年の東日本大震災では墨廼江酒造も津波で甚大な被害を受けた。海からの津波、そして、近くを流れる北上川から流入した津波。モーター類はほとんどダメになり搾りもできない状態だったという。
「震災で酒造りに変化は出てきますか? 例えば水質が変わってしまったとか」。中田がそう聞くと澤口さんは 「技術的なところで変わったところはありません」 と答えた。
それに続けて 「ただやはり気持ちの部分では大きく変わりました。全国からいろいろ支援していただき、勇気をもらった。私たちにできるのは、それに品質で恩返しをすること。強くそう思いました」 と話してくれた。進化して喜んでもらうことが目標だと。