NIHONMONO「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン

手もみ大和茶で心身ともに満たされる「上久保茶園」

手もみ大和茶で心身ともに満たされる「上久保茶園」

大和茶の歴史は古い。806年に弘法大師が唐より茶の種を持ち帰り、奈良県の宇陀に植えてお茶の製法を伝えたことが、その始まりとされる。その後寺院に広がり、茶道文化が花開き、茶の栽培は一層盛んになった。そして大和茶は今や全国に名を馳せるブランドになり、東京の5つ星ホテルや旅客機のファーストクラスでも提供されるなど、その知名度は全国区となっている。

1200年以上前から良質なお茶を栽培してきた奈良県東部の大和高原。市内から車で30分ほど、標高400メートルほどの山中にある奈良市月ヶ瀬村桃香野(ももがの)に「上久保(うえくぼ)茶園」はある。小高い山から一気に傾斜状に広大な茶畑が広がり、青空とのコントラストが何ともすがしがしい。

ここ月ヶ瀬のお茶の魅力は、甘みがつよく、色のきれいなお茶が出来ること。茶葉自体の緑の美しさもさることながら、水色自体の淡い緑がまた美しい。そして味わいは玉露に近い旨味があること。これらを可能にするのはミネラル豊富な良質の土壌・水源と急峻な地形によるものだ。寒暖差が激しいことで自然のうまみや甘みが茶葉に残るという。春と秋の晴れた温度が低い日の早朝には雲海が一面に広がり、それはもう絶景。幻想的な雲海が茶葉にとっての天然の“被せ”となり、玉露に近い味わいがうまれるのだ。

上久保茶園3代目社長の上久保淳一さんは、2017年に全国手もみ茶品評会で最高位にあたる農林水産大臣賞を受賞。この賞の受賞者に贈られる「茶聖」の称号を関西で初めて手にした手もみ茶の匠である。手もみ茶とは、製茶機械が導入されるまでは当たり前に行われてきた製法で、いわばお茶づくりの原点ともいえるもの。製茶機械はこの手もみ製茶の技法をもとに開発されていて、蒸す、揉む、乾燥させるといった工程を機械が行っている。手もみ茶はすべての工程が手仕事で、完成した時の姿は針のように細長く、つややかで美しい。機械で作ったお茶はお湯に浮かべると割れた茶葉の姿になってしまうのに比べ、手もみ茶はお茶の葉の原型に戻ることが特徴。その芸術性の高さからも国内外で広く評価を受けているお茶である。

上久保さんは元々実家の茶業を継ぐ気はなかったのだが、幼いころから植物に関心が強く、植物にかかわる仕事がしたいと大学などで学び、いよいよ将来進むべき道を決めるという頃に、家業のお茶の魅力に気が付いた。そして、お茶を専門的に学ぼうと決意し、静岡の茶業研究所で勉強する道を選んだ。そこで出会った恩師から、一生やるなら何でもよいから一番になれる技術を身に付けて帰りなさいと言われ、手もみ茶を学ぶことを決めた。学びを進めるうちにその魅力の虜になり、めきめきと技術は上達していった。2年の学びを終える頃にはすっかり手もみ茶の世界にのめり込んでいた。

上久保さんが作る「手もみ茶」は、天候はもとより、技術や勘、その日の自身の体調、茶葉の発育状態など、あらゆるものがそろうことが重要である。そして、良いものをつくろうと肩に力が入らず、無欲であること。そうでないと良質の手もみ茶には仕上がらないのだそうだ。

手もみ茶の工程は、9段階に分かれている。まず厳選して摘んだ茶葉を蒸して、蒸しあがった茶葉を焙炉(ほいろ)の上で上から落とすように茶葉を扱い水分を抜いていく。その後、茎に撚りをかけるように揉み、だんだん全身の力を入れて茶団を練っていく。次に、茶葉を一枚一枚分けるようにほぐし、紡錘形になるよう撚りをかける。この「もみきり」の作業が最も難しいという。さらに茶葉の葉が針金状になるように揉んでいく。最後に形を整え、乾燥させる。
これらの工程は6~8時間にも及ぶが、上久保さんの手にかかると流れるように美しい。芸術的ともいえる技によって、針のように真っすぐで艶のあるお茶ができあがるのだ。
手もみ茶は手間がかかる分、上久保さんのところでも年間400gしか作れない。
お茶も生き物、そしてもむ側も生き物、機械にも読み取れない茶葉の心を人だからこそ読み取れ、飲む人に良いものを届けたい、という一心で魂を込めるからこそ生まれる逸品なのだ。ゆえに大量には作れないが、その味わい、広がる香りと旨味は手仕事にしか出せない、まさに別格である。

「ここにお茶パークを作り、手もみ体験や試飲をしていただきたいと思っています。あくまでもこの場所で。ここに来ていただいて見て感じて味を知って、大和茶を好きになってもらえたらうれしい。」とお茶パークの完成を目指す上久保さんは微笑む。月ヶ瀬の景色と空気を感じながら、大和茶でまったりした時間を過ごしてみるのが楽しみだ。

ACCESS

上久保茶園
奈良県奈良市月ヶ瀬桃香野4468