大分県豊後大野市千歳町。自然豊かなこの場所にある農産加工会社で生産されているのが、ピリっとした味わいで料理の味をひきしめる「ゆずこしょう」だ。生産を担う大分千歳村農産加工の友永剛三さんは「調味料の主役になろう」を掲げ、地元農業の活性化に奔走。その言葉の背景には、この土地の農業と食文化への深い思いが宿っていた。
九州の山間部で生まれた、家庭の味

鍋、焼き鳥、うどん。料理の脇にほんの少し添えられるだけで、ゆずこしょうは味の印象をがらりと変えてしまう。かつては九州だけでよく知られた調味料だったゆずこしょうが、いつしか日本全国の食卓へと浸透した。
材料は驚くほどシンプルだ。ゆずの皮、唐辛子、そして塩——たったそれだけである。だが、3つの素材が重なり合うことで生まれる味わいは、決して単純ではない。
それぞれの家庭の味があったゆずこしょう

もともとゆずこしょうは、九州の山間部の農家で作られてきた保存食だった。大分県が発祥という説もある。ゆずの収穫期になると皮を削り、唐辛子と塩をすり合わせて壺に詰める。ゆずの量も、唐辛子の辛さも、塩の加減も、家ごとにみな違う。だからこそ味も、もちろん異なるものだった。九州の一部地域では唐辛子を「こしょう」と呼ぶ習慣があり、そこから「ゆずこしょう」という名が生まれたともいわれている。
柑橘の町で生まれた会社

豊後大野市は、かぼすをはじめ、さつまいも、里芋、ミツバなどの産地としても知られ、ピーマンの生産量は全国トップクラスを誇るなど農業の盛んな土地だ。そんな地で、現在の千歳町がまだ「千歳村」と呼ばれていた1998年4月、「大分千歳村農産加工」は産声を上げた。
創業当初の事業は、かぼす加工品の製造・販売のみ。もともとかぼすの一大産地であったこの地域で、周辺の生産者が持ち込む収穫物を加工しようという発想から会社設立に至ったという。友永さんいわく、かぼすは「脇役的な形で素材を引き出すのに優れた柑橘」。一方、現在の主力商品となったゆずこしょうの原料であるゆずは、「ゆず自体が主張する、華やかな香りを持つ柑橘」だという。対照的な個性を持つ2つの柑橘が、この会社の歩みを形作ってきた。
かぼす果汁100%一本で走り出した同社だったが、単体商品での経営はやがて困難に陥り、他企業の支援を仰ぐかたちで再建を図ることになった。その際、相談相手となったのが丸一青果株式会社だ。当時は友永さんの父が代表を務めており、大分の公設市場で青果の仲卸を担っていた。 既存人員の活用と役員派遣によって再び動き出した同社がゆずこしょうの製造・販売を始めたのは2006年のこと。丸一青果から派遣されていた役員から、「ゆずこしょうを作ってみたらいいんじゃないか」と、事業多角化のための提案されたのがきっかけだったという。事業承継からおよそ4年、このアドバイスが同社にとって大きなターニングポイントとなった。
3つの素材だけで作る、本物のゆずこしょう

大分千歳村農産加工のゆずこしょうは、大分県産を中心とした青ゆずと青唐辛子、長崎県産の塩、この3つの素材だけで作られている。青ゆずに関しては、製造拡大に伴う原材料の不足により、大分県だけでなく九州各県から調達しているという。昔ながらの貯蔵方法で香料・着色料など使用しない、正真正銘の自然の産物に近い調味料である。
ゆずこしょうづくりの現場が抱える問題

ゆずは黄色く熟したものではなく、何故あえて青ゆずを使うのかといえば、キリッとシャープな味わいが唐辛子の辛みに映えるという理由からだという。また、唐辛子は当初「鷹の爪」を使っていたが、1本の木からおよそ1.5kgしか収穫できないことから、2倍の収穫量が見込める「ホットパースEX」という品種に切り替えた。塩は長崎県産の「並塩」を使う。並塩は塩辛さに潜む若干のトゲが強いが、唐辛子の風味と相性が良いのだとか。これら3つの素材が、友永さんのゆずこしょうを成り立たせている。
しかし、素材を揃えることは、年々難しくなっている。大分県はゆずの生産量で全国シェア上位の生産量をほこるものの、ゆずこしょうの需要が高まるにつれて原材料不足は深刻化している。友永さんは大分産のゆずにこだわりながら、熊本・宮崎・鹿児島の産地からも原料を集めている。さらに将来の材料確保を見越し、ゆずの苗木を農家へ無償提供して育ててもらうことで、県内の産地拡大にも取り組んでいる。唐辛子もまた、苗の提供などで生産者を支援しながら、年間60〜80トンを確保しているという。
唐辛子は1月に苗づくりを始め、5月に定植、7〜11月に収穫と増産への対応が比較的柔軟にできる作物だ。しかし、ゆずは植えてから収穫できるまでに8〜10年を要する。2005年頃の辛みブームを追い風に全国へ広まったゆずこしょうだが、認知度が上がれば上がるほど、原材料の確保という課題は重くのしかかってくる。
手間ひまが生む、なめらかさとコク

「唐辛子には水分が多いので、当社では水分を除去して使っています。それが、雑味の低減とコクにつながるんです」と友永さんは話す。
7月頃から実が大きくなるゆずは、9月下旬から約1カ月かけて収穫と下準備が行われる。収穫直後に皮をむき、すぐに塩漬けにして1年間貯蔵する。唐辛子も同様に塩蔵し、種などがなくなるまで丁寧にミキサーにかけてから他の材料とブレンドしていく。その手間ひまこそが、大分千歳村農産加工のゆずこしょうが持つ、なめらかな食感を生み出している。
素材の配合にもこだわりがある。青ゆずの皮は少なく、青唐辛子を多めに使い、添加物を使わない分、微生物をコントロールするために塩分濃度を高く設定している。他社では青ゆずと唐辛子の分量を1対1にしているところも多いが、友永さんは唐辛子の比率を意図的に多くしている。辛みがダイレクトに伝わる、シャープな味わいを生み出すためだ。「水分を抜いているので商品自体が少し固めにはなるものの、どうしても凝縮した味を出したくて、この製造工程をとっています」。
友永さんのこだわりは、製造の一工程一工程に染み込んでいる。
農業が「やりたい」産業になるために

原材料不足や製造工程の課題に加えて、友永さんにはもうひとつ、気がかりなことがある。それが人手だ。千歳町の人口は約2,600人。作り手には高齢者も多く、刺激性の強い唐辛子を扱う現場は身体的な負担が大きい。工場として使っている建物は元々学校の跡地で、その前は精密時計工場だったという経緯から、食品づくりに最適化されていない。加えて、充てん作業は半手動、キャップ締めは手作業と、パート従業員の手なしには商品が完成しない現状がある。将来的な自動化の必要を、友永さんは切に感じている。
さらに近年は、気候変動と輸入肥料・資材の高騰も重くのしかかる。商品の価格改定だけではコスト増を吸収しきれず、生産者へ無理な要求をしなければならない場面もある。そのたびに、心苦しい思いをするという。
若者をとりこむ施策

農業が持続していくためには、農家が事業を継続できる環境を整えることが不可欠だ。大切なのは価格の「高い・安い」ではなく、生産から消費までの循環が適切に機能する仕組みを作ること。農家が1年の営みを通じて生活を安定させ、ある程度の潤いを感じられる状況でなければ、農業は次の世代へつながっていかない。
「農業が魅力的で、”やりたい”と思える産業になる必要があると思っています。後継者が入りたがる産業にならないと。そのためには国の支援も必要とはいえ、自分には何ができるのかと考えています」。
その問いに向き合いながら、友永さんが取り組んでいることのひとつが新商品の開発と他社とのコラボレーションだ。これまでの堅い商品イメージを脱却し、若い世代を意識したラベルやコンセプトづくりを進めたいという思いもある。その一歩として、かぼす果汁を使った吸って食べるパウチ型ゼリーもすでに販売している。
小さな瓶に詰まった、この土地の風景

決して人口の多くない千歳町で作られたゆずこしょうは、今では全国へと広がっている。小さな瓶の中には、この土地の風景が詰まっている。ゆずの木、唐辛子の畑、農家の手、そしてそれを調味料へと仕上げる工場。
「いい素材があるから、いい商品ができるんです」。
友永さんのまっすぐな言葉は、シンプルな素材だけで作られるゆずこしょうの本質を、そのまま映し出しているようだ。
山あいの小さな町で生まれたゆずこしょうは、今日もどこかの食卓で料理を引き立てている。その香りは、この土地の農業とともに、これからも続いていく。



