最高の一杯を追求し、日常に寄り添うコーヒーを。門脇洋之さん・裕二さん/島根県安来市・松江市

世界最大級のバリスタ競技会「ワールド・バリスタ・チャンピオンシップ」で準優勝した「CAFE ROSSO(カフェロッソ)」店主・門脇洋之さん(写真右)。島根から世界に挑み、自家焙煎による独自の一杯を追求してきたバリスタだ。「CAFFE VITA(カフェヴィータ)」を営む弟の裕二さん(写真左)も国内コンテストで多数入賞、優勝までも経験し、セミナー講師や審査員としても活躍している。ふたりの拠点は生まれ育った島根県。世界で活躍できる実力を持ちながら、なぜこの地でコーヒーを淹れ続けているのだろうか。

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将来を描いたのは、コーヒーのある日常から

兄弟の実家の1階は喫茶店で、父・美己(よしみ)さんが毎日コーヒーを淹れていた。学校の行き帰りには必ず店を通る。それが当たり前の光景だった。

「中学2年のとき、お店のコーヒーが自家焙煎に変わって、おいしくなったんです。父と一緒にいろいろなお店を回って飲み比べるうちに、“父にしか出せない味がある”ことが面白くて」と振り返る洋之さん。

その父の姿から、コーヒーを生業にする未来は自然と描かれていった。ただ、進路を具体的に考えるようになると、「父のコーヒーは超えられない」という思いも芽生えていく。店を継ぐのではなく、自分にしかできない表現で、自分の店を持ちたいと考えるようになった。その思いから、高校卒業後はスイーツづくりを学ぶため大阪の洋菓子店に就職。パティシエとして6年働き、カフェとしての表現を広げるための土台を築いていった。

自分だけの味を追い求めて本場イタリアへ

1990年代半ば、日本に外資系コーヒーチェーンが進出し始めた。当時はまだ珍しかったエスプレッソマシンや多彩なメニュー、明るく開放的な店舗は都市部を中心に広がり、コーヒーの楽しみ方に新しい価値観をもたらしていった。それまで日本では、挽いた豆にお湯を注いで抽出するドリップコーヒーが主流。高圧で抽出するエスプレッソは、まだほとんど知られていなかった。「コーヒーの可能性が一気に広がった気がして、“これは流行る”と確信しました」。そのルーツがイタリアにあると知った洋之さんは、本場の味を体験するため現地に足を運んだ。自身のスタイルとして目指すものを見つけたのだ。

自分だけの軸を作り、育てる

イタリアのコーヒーは、エスプレッソが主流。洋之さんは、イタリア北部から南部までたくさんのバール(カフェ)を巡り歩いた。味わいだけでなく、店のつくりや客のくつろぎ方まで観察しながら、自分のコーヒーのイメージを少しずつ膨らませていった。帰国後はエスプレッソマシンの操作を習得しながら、父親の店で自家焙煎の技術を学ぶ。そして1999年、自身の店「CAFE ROSSO」を父と同じ安来市(やすぎし)でオープンする。その姿を見ていた弟の裕二さんも、自然とコーヒーの道を志した。兄と同じように洋菓子店で働き、イタリアで自分のスタイルを模索。その後、「CAFFE VITA」を松江市でオープンする。

バリスタ・チャンピオンシップへの挑戦

開店から数年後、転機が訪れる。「コンテストがあるので参加しませんか」と取引先から声をかけられた大会は、日本スペシャルティコーヒー協会が主催する「ジャパン・バリスタ・チャンピオンシップ」。高品質なコーヒー文化の普及を目的に開催されている国内最大級のバリスタ競技会だ。スペシャルティコーヒーとは、一定の評価基準を満たした高品質なコーヒーのことで、その味わいを最大限に引き出すにはバリスタの抽出技術が欠かせない。大会では味のクオリティや技術力、ホスピタリティなどを総合的に競う。腕試しのつもりで出場した2003年大会。なんと洋之さんは優勝、裕二さんは準優勝を飾った。自らのスキルが客観的に評価された瞬間だった。

世界大会準優勝。その裏にあった自家焙煎という選択

2005年、洋之さんは「ワールド・バリスタ・チャンピオンシップ」に出場する。前述の国内大会優勝者だけが参加できる世界大会で、日本代表としての挑戦だった。審査では、味だけでなく、サービススキル、プレゼンテーションも評価される。当時、欧米のエスプレッソ文化にアジア人が挑むのは簡単ではなかった。

しかし、洋之さんは、自家焙煎した豆を使った独自のプレゼンテーションで準優勝に輝いた。「当時は市販の豆を使う人がほとんど。でも、私は自分で焙煎した豆を使い、オリジナルの味で挑みました」。焙煎で味の基礎をつくり、抽出でそのフレーバーを最大限に引き出したのだ。他と違う味を生み出すための選択で、その経験は、今のコーヒーづくりにも確実に生きている。

コーヒーの味を決める、焙煎へのこだわり

コーヒーは同じ豆でも、焙煎によって味が大きく変わる。火力や時間のわずかな違いが、酸味や甘み、コクを左右する。「以前、一流バリスタが淹れたコーヒーを飲んだとき、味わいの奥行きにびっくり。『この味を目指そう』と思いましたが、抽出だけでは足りず、焙煎で味を作る必要がありました。そこから本格的に焙煎に取り組むことに」と原点を語る。味の責任を、最後まで自分で持ちたいのだ。

届けたい味をデザインすること

コロナ禍以降、自宅でコーヒーを楽しむ人が増えた。ふたりが営む店でも、コーヒー豆やドリップバッグなども販売している。豆を挽いて淹れるなど、本格的な楽しみ方も広がっている。「おいしく楽しんでもらえるよう、焙煎で味をしっかり整えたものをお届けしています。お店ではバリスタが風味を最大限引き出しますが、ご自宅で同じように再現するのは難しい。そのため、誰が淹れてもおいしくなるよう火を入れるタイミングや表皮の割合を研究しています」と裕二さん。今、目指しているのは、赤茶色の豊かなクレマ(泡)と、ミルクにも負けないコクだという。

洋之さんもまた、「イタリアのナポリで飲んだコーヒーの感動を届けたい」と理想の味づくりにブレはない。

コーヒーを通じて幸せを提供する。焙煎はそのためのひとつの手段なのだ。

どんなシーンにも寄り添うコーヒーを作り続ける

そして近年は、産地にこだわったスペシャルティコーヒーへの関心も高まっている。特定の地域で生産された豆を使うシングルオリジンコーヒーは個性が際立つ。一方、複数の産地の豆を組み合わせるブレンドは、調合により多彩な表情を見せるのが魅力。

店舗では、アラビカ種とロブスタ種という2種類のコーヒー豆を扱っている。華やかな香りとフルーティーな酸味を持つアラビカ種に対し、ロブスタ種は苦味が強く、深いコクが特徴。それぞれの産地や個性を見極めながら、最適な味わいをつくり出している。

コーヒー豆の高騰が進む今、「日常はお求めやすいブレンドでいろんな味を楽しみ、特別な日はシングルオリジンコーヒーで贅沢な気分を味わうのもいいですね」と幅広い楽しみ方も提案している。

ふたりが提供するコーヒーは、”すごさ”を押しつける味ではなく、「おいしい」と自然に言葉が出る一杯だ。

茶の湯文化が根付く町で、コーヒー一筋に

松江市周辺は、江戸時代に藩主・松平不昧公(ふまいこう)が茶道を広めたことでも知られている。茶の湯文化が根付くこの町では、日常の一服が大切にされてきた。コーヒーもまた、日々の暮らしの中で自然に楽しむもの。彼らが追い求めるのは、驚きよりも“また飲みたくなる”味だ。

今後の展望を聞くと、「自分だけのコーヒーを追求して、全国へ届けたいですね。『こんなおいしいコーヒーがあるんだ』と、思ってもらえる味を目指しています」と語る洋之さん。「いろんな角度からコーヒーを楽しむ提案をしていきたいですね。カフェだけでなく、コーヒーマシンのデモンストレーションやセミナーも実施しているんです」と裕二さんも続ける。

洋之さんは“味”を磨き、裕二さんは“文化”を広げる。日常に寄り添う姿勢は通底しながらも、それぞれのこだわりで、コーヒーのある生活をよき方向へ導いている。島根から生まれる一杯が、これからも多くの人の日常を豊かにしていく。

ACCESS

CAFE ROSSO/CAFFE VITA
CAFE ROSSO:島根県安来市門生町4-3/CAFFE VITA:島根県松江市学園2-5-3
TEL CAFE ROSSO:0854-22-1177/CAFFE VITA:0852-20-0301
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