野菜と畑の「おいしさと面白さ」を伝え続ける農家「kiredo」栗田貴士さん/千葉県四街道市

料理好きの栗田さんが栽培する個性的でえぐみのない野菜はプロのシェフから評価を得る一方、「手軽に調理できる野菜だからこそ地域の家庭にも広げたい」と、カフェを開いたり畑のツアーや料理教室を行うなど、多彩な活動を展開している。そんな栗田さんを突き動かす原動力の源とは。

目次

キレドの農業のあり方 

県都、千葉市の北隣にある四街道市は都市部郊外の典型的なベッドタウンだが、終戦後の開拓地としての歴史があり、今も区画整理された畑地が残されているエリアでもある。その一角で農業を行っているのが「kiredo(キレド)」の栗田貴士さんだ。野菜と畑の「おいしい」と「面白い」を伝えたいと、2012年に地元の四街道で本格的に農業を開始した。温暖な千葉県でありつつも内陸部にあるため、冬は霜の降りる日もある。そんな「寒さが好きな野菜も夏が好きな野菜も、両方育てられる」環境で現在、約150種類の野菜・ハーブを栽培している。

野菜の一生を見る 

「サボイキャベツは加熱すると柔らかくなって甘みが出てくるので、ロールキャベツなんかにいいですね。人参は紫人参や沖縄原産の島人参など5種類を作ってます。ひとみ人参は生食がおいしいです。こっちの赤い島オクラも生で食べられるんですよ」。貴士さんに勧められるままに、収穫したての島オクラをそのまま齧(かじ)ると、クセのない甘やかな風味に驚かされるとともに、オクラ特有のトゲトゲとした口当たりがなく、オクラに持っていたイメージが覆された瞬間でもあった。


貴士さんは、例えばハーブのフェンネルであれば一般的に使われる葉、株、種だけでなく、根っこまで使えないかを考える。ズッキーニであれば、蔓(つる)や葉、花がどんな味なのかを実際に食べてみて料理に活かす。収穫時の一時だけ食材として着目するのではなく、「野菜の一生を見ること」で知られざる部位を探り、付き合いのあるシェフや消費者に知ってもらうのが面白いという。

さらに、貴士さんの好奇心は野菜の一生にとどまらず、原産地でその野菜がどう食べられているか、どう栽培されているかにまで及んでいる。

ミネラルで育てる野菜 

紫キャベツに似た姿の野菜、トレビスを原産地のイタリアで食べた貴士さんは、自分が育てたトレビスとは比べ物にならないほどのえぐみのない強い甘みに、思わず生産者の元へ話を聞きに訪ねたという。その結果、現地の畑で撒いている水に多くのミネラルが含まれていることが分かり、さっそく自身の畑にも貝由来のミネラルを与え始めた。すると、てきめんにイタリアで衝撃を受けた味に近づいたのだ。「植えた作物に対していかに原産地の環境に近づけるかということが、いかに作物が健康においしく育つかということとつながってくる。イタリアでの体験は、そこに気が付かされましたね」。

ミネラル豊富な土壌で育つ野菜のおいしさを自ら体感し、実証した貴士さん。一方で、「堆肥を多くすると収穫量は増えますが、その分アクが出てくる。やっぱり味が落ちてくるんですね」と、堆肥を過剰に与えるリスクにも言及。えぐみのない野菜を目指して、キレドでは「堆肥を少なくしてミネラルで育てる」ことを栽培方法における一番の基本に据えている。

キレドの畑に足を運ぶと、貴士さんから次々に「生で食べてみて」とさまざまな野菜を勧められ、口にするたびにそれぞれ個性的で生命力のある風味に驚かされる。この「畑の試食」は、作物にえぐみがないからこそ自信を持ってできることなのである。

料理がてっぺんにある 

そんな試食のお勧め上手な貴士さんだが、畑で野菜を解説する際、「調理法」が必ず話に盛り込まれてくる。なぜなら「考えのてっぺんに料理がある」からだ。

食材を見てから何の料理をしようかと考えるのではなく、まず貴士さんの食べたい料理があり、その料理に必要な作物を栽培する。それがここで育たないものであれば似たような作物を栽培し、実際に自分で調理をして納得のいくものかどうかを検証する。「その調理法と素材を知り合いのシェフのみなさんに還元して活用してもらう」。その積み重ねの結果、年間150種もの作物を栽培するに至っている。

そんな料理好きでもある貴士さんが2015年に設けたもう一つの拠点が「kiredo VEGETABLE Atelier(キレドベジタブルアトリエ)」。四街道の畑から約8キロほど南に向かった千葉市郊外の住宅街にある、カフェとギャラリー、直売所機能を備えた実店舗だ。ベジタブルアトリエでは妻の恵子さんがキレドの野菜を使ったランチプレートの提供を中心に店を切り盛りしている。

「地元の方に野菜についてもっと知ってもらうための場所として開いたお店です。全然知らなかった野菜を食べてもらう機会になって、キレドさんの野菜は普通のとはちょっと違うねって思ってもらえる場にすることが目標です」。

金沢で中野禧代美さんと出会う 

貴士さんは故郷の四街道から九州の大学を経て、北陸の金沢でソフトウェアエンジニア時代を約6年間過ごす。もともとおいしいものが好きで、学生時代にフレンチを味わえる高級ジャズライブハウス、ブルーノートで働きながら高級食材に触れていたこともあり、金沢在住中もレストラン巡りが日常だった。行きつけだったレストランのシェフから誘われて、その店の仕入れ先であった農家を訪問。それが数々のシェフたちに直接野菜を卸している中野禧代美(きよみ)さんだった。「中野さんの畑で食べた大根が梨のような味で衝撃的でした。同じ品種でも農家によってこんなに味が違うのかと。それに中野さんはすごく楽しくて魅力的な人だった。ここから僕の人生が変わりましたね」。

「中野さんとお話するきっかけが欲しかったから」と、家庭菜園を始めた貴士さん。分からないことがあれば中野さんの畑に行き、「いろんな野菜の育て方を丸一日かけて教えてくださった」と当時を振り返る。朝5時半に畑に行き、7時まで作業をしてから出社するという生活だったが、楽しくてまったく苦にならなかったという。そうして2年間、中野さんに師事しながら菜園を続けていくうちに農業を本業としたい気持ちが抑えられなくなり、千葉へ戻ることを決意した。

「エコファームアサノ」の門を叩く 

千葉にも中野さんのように、プロのシェフに向けて野菜を作る人がいた。「シェフズガーデンエコファームアサノ」の浅野悦男さん。20年以上前から少量多品種で西洋野菜を作り続けてきたカリスマ的存在の人である。エコファームアサノの門を叩いた貴士さんは、ここで1年半にわたり浅野さんに師事。だが、貴士さんが抱いていた疑問は徐々に大きくなっていった。

中野さんも浅野さんもプロのシェフにしか卸していないため、その野菜は一般の個人では手に入れることができなかった。「おいしい野菜って料理は簡単で済む。だからこそ一般家庭向けに相応しいんです。でも、どうして手の込んだ料理をするシェフにしか渡っていかないのかすごく疑問だったんですね。今思えば、師匠はシェフとの真剣勝負を楽しんでいるっていう側面もあったのかなと思いますが」。その疑問を浅野さんに直接ぶつけ続けた。

貴士さんがエコファームアサノに来て半年が経った頃、浅野さんは畑に線を引き、「こっから先は自由に使え」と宣言。「そこまで言うなら自分でやってみろ」と、貴士さんの想いに道を開いてくれたのだった。「ありがたいことに農業機械なども使わせていただきました」と今も感謝の念を抱く貴士さん。すぐにwebサイトを作り、エコファームアサノ内で野菜の個人宅配「キレド」を開業した。2011年のことだった。その後、千葉県で最大規模を誇るクラフトフェア「にわのわ アート&クラフトフェア チバ」への出店をきっかけに千葉の顧客が増え、新たな土地を探し始めた貴士さん。2012年の終わりに地元、四街道で独立を果たしたのだった。

「キレド」は、太陽がのどかに照っている様子を指す「麗(うら)らか」と、拠り所(よりどころ)や手がかりという意味を持つ「寄処(よすが)」という言葉の「寄(き)」「麗(れ)」「処(ど)」を組み合わせた造語である。「この屋号は唯一、浅野さんから褒められたんですよ」と、貴士さんは恥ずかしそうに笑った。

地域に野菜と畑の魅力を広げる

「僕は中野さんの畑で体験できましたけど、同じ品種の大根でも農家によって味に差があるなんていう風な発想をすることは、普通に暮らしてたらまずないですよね。これはすごくもったいないと思ってて。自分の好きな農家と付き合えることが、いい食生活につながるんじゃないかなっていうことを発信したいと考えているんです」。消費者にとってお気に入りの農家として選んでもらうために、キレドは「『おいしい』と『面白い』の二本柱」を大切にしている。ひとつがこれまで見てきた作物の「味」であり、そしてもう一つが「畑という場の魅力」である。

野菜の成長過程が展開されていく畑も視線を変えれば植物としての美しさに気が付くことができたり、公園のように遊んでみたり、ちょっとしたベンチとテーブルが置いてあれば立派な語らいの場にもなる。キレドではこうした畑の魅力を実際に体感してもらうべく、毎月畑ツアーを実施し、畑の脇にある古い家屋をリノベーションした「畑のレンタルスタジオ」で料理教室も行う。恵子さんのお手製ランチが味わえるベジタブルアトリエは、より日常的にキレドと関われる、畑のアンテナショップ的な役割を担っている。

「おいしさと面白さが伝わっていくことで、畑が住宅街に欠かせない場所になっていく。地域にとって価値あるものになれば、畑はなくならないと思うんですよね」と貴士さんは強調する。

これからも食と畑を明るく照らし続けたい 

「僕らだけでやってたら100世帯ぐらいの食を満たすことぐらいしかできない。個人個人がやっていたのでは、なかなか大きな流れにはなっていかない」と課題意識を持ちつつも、決して後ろ向きではない貴士さん。まずは加工品の製造により力を入れていきつつ、さらには農泊体験ができるよう、畑の隣にある空き家を宿初施設にする構想を練る。


「おいしい」と「面白い」の輪を少しずつ広げていくキレド。その名に込めた想いの通り、さまざまな人たちにとっての麗らかな拠り所となってゆくであろうこれからが、いっそう楽しみでならない。

ACCESS

kiredo(キレドベジタブルアトリエ)
千葉県千葉市若葉区小倉台5-13-4
TEL 043-232-3470
URL https://www.kiredo.com/
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