発酵の技術を駆使した多彩な商品展開。「千代むすび酒造」の未来を拓く酒造り/鳥取県境港市

鳥取県随一の港を有する境港市(さかいみなとし)で、代々続く酒蔵を守り続ける「千代むすび酒造」。地域から愛される日本酒はもちろん、焼酎、甘酒、ジンなど豊富な品揃えを誇る。近年はスパークリング日本酒やウイスキーの開発など、自社商品の開拓にも余念がない。200年企業を目指す酒造会社の新しい挑戦の裏側を紐解いていく。

目次

境港での酒造りとその歴史

鳥取県の北西端に位置する境港市。ズワイガニやマグロなどの水揚げ量は日本トップクラスを誇り、山陰地方を代表する良港「境港」が有名だ。また「ゲゲゲの鬼太郎」で知られる水木しげるの出身地でもあり、港や駅前を通る「水木しげるロード」では、鬼太郎に登場するキャラクターの銅像達が出迎えてくれる。

そんな境港に蔵を構える千代むすび酒造の酒造りが始まったのは慶応元(1865)年。もともとは市内の田んぼに囲まれた場所で創業したが、日本海を行き来する北前船の発展に伴い、港の中心地に移転。さらに、境港駅から大山町北部の御来屋(みくりや)駅まで山陰鉄道が開通したことをきっかけに、流通の便を考え、現社長の岡空さんの祖父、林太郎さんが境港駅前に1912年に移転した。

当時は「やまと魂」「岡正宗」という銘柄だったが、その後に林太郎さんが見た舞踊からヒントを得て「千代むすび」へと変更。「千代に八千代に幸せを結ぶ」という意味が込められた銘柄を今もなお引き継いでいる。

堅実な商売で自社ブランドの味わいが早くから確立

千代むすびが守り続けてきた味わいは、骨太でしっかりとしたコクがある、濃醇旨口。丁寧に時間をかけて米を蒸し、中国山地の麓に湧き出る天然水で仕込むことで、米本来の旨味を活かしたまま、華やかな香りが立つのが特徴だ。

濃醇旨口の味わいは岡空さんが継ぐ頃には確立されていたというが、それには大きな歴史が関係している。昭和20(1945)年、境港に停まっていた船「玉榮丸」が爆発し、市街地の3分の1が焼失。千代むすび酒造の建物もほぼ全壊した。

そこから岡空さんの父が蔵を再建。戦後で資源が限られていた中、なんとか経営を続けていくため、堅実な商売にこだわった。自社で造った原酒を他の蔵に売る「桶売り」をせず、小さなタンクでコツコツ製造。また、一切の値引きをせず、周りに左右されることなく自分たちの酒造りを大切に守り続けてきた。その影響もあり、千代むすび酒造ならではの味わいが確立したのだ。

父の背中を見て育った岡空さんは「これからは鳥取で千代むすびの味を守るだけではなく、外にも発信していこう」と首都圏にも営業。その当時は端麗辛口の飲み口が主流だったが、その流行には乗らず、自分たちの味を変えずに貫いた。その結果、現在は千代むすびの味わいが高く評価され、人気を博しているという。

強力のがつんとした旨味を引き出す

使用している酒米は、鳥取県の酒造好適米の「強力(ごうりき)」、昔から酒造りに適しているとされる「山田錦」と「五百万石」がメインだ。なかでも鳥取県の固有米の強力は、日本酒にすると酸が出て、骨太な味わいになるため、千代むすび酒造が一押ししている品種だ。

強力の米は固いため、他の品種よりも長く浸漬し、蒸しに力を入れている。一般的に、蒸しの方法は直接米に蒸気をあてて蒸す「直接蒸気」と、蒸気を米にあてず、釜やこしきを通じて蒸す「間接蒸気」に分けられる。千代むすび酒造では、ボイラー機械を取り入れた間接蒸気を採用。全体に均一に蒸気があたり、ゆっくりと時間をかけて蒸すことで米の旨味がしっかりと残るため、味の強い酒になるのだ。

がつんとした旨味が特徴の強力だが、その育てにくさから昭和30年代に生産が途絶えてしまった過去がある。以降、鳥取大学と地元の蔵元が協力し、鳥取県の誇る酒米として強力を復活させた。現在も農家さんと協力し生産を続けているが、背が高く倒れやすいため新規の生産が安定しづらく、さらには農家の高齢化の影響もある。また、総量を増やす場合も、原種から増産しなければならないため時間がかかる。なるべく米の買い取り額を高く保ち、今後の生産が途絶えないよう支援していく予定だ。

新しい挑戦をいとわない

こだわりの日本酒を造り続けてきた千代むすび酒造だが、2000年以降はいも焼酎や果実リキュール、ジンなどの製造も開始。日本酒造りに専念する蔵も多い中、様々な商品づくりに取り組むのには大きくふたつの理由がある。

ひとつは、雇用の安定化。日本酒造りは主に秋から春先にかけて行われ、それ以外の期間には仕事がなくなってしまうため、年間を通じての雇用が難しい。しかし、千代むすび酒造では、すべての杜氏や蔵人が社員。日本酒造りをしていない時期も、他の種類の酒造りができるため、安定した雇用形態が生み出せるのだ。

もうひとつは、発酵を極めたいという岡空さんの熱意だ。岡空さんはもともと広島大学で発酵を専門に学んでいた。妻の京子さんの実家が醤油蔵だったこともあり、「発酵に関するものは何でも挑戦していきたい」と醤油や甘酒、漬物づくりなど、様々な商品開発に精力的に挑戦してきた。

海外にも積極的に進出

自分たちの自慢の酒を広めるため、岡空さんは国内だけではなく、海外への販路拡大にも積極的に取り組んでいる。1995年から輸出を開始。はじめはアメリカで輸出入に特化している商社に依頼し、現地の問屋とのつながりを作っていた。

だが、近年は千代むすび酒造の噂を聞きつけ、各都市の問屋さんから問い合わせが来たり、そのつながりから他国の問屋さんを紹介してもらったり、取引先の幅も広がっているという。千代むすび酒造との取引だけで、日本酒から洋酒、焼酎まで、アルコールに関する商品が揃うので、現地からの評価も高い。

さらに2009年には、境港からの定期コンテナ就航にともない、自社100%出資の現地法人「JIZAKE CY KOREA」を韓国に設立。当初は千代むすび酒造の日本酒のみを取り扱っていたが、2013年からは日本国内のさまざまな酒蔵の日本酒を紹介。日本酒の正しい管理方法や料理とのペアリングを伝えるなど、単なる販売店としてではなく、日本酒の文化と健康づくりを広める活動を続けている。

今では海外への販売割合は40%ほど。残り60%は全国・地元でそれぞれ同量というのだから、販路拡大の努力とそこから多くのファンを獲得してきたことが伺える。

スパークリング日本酒とジャパニーズウイスキーで更なる開拓を

多くのファンを獲得してきた日本酒や焼酎のほかに、近年注目を浴びているのがスパークリング日本酒とウイスキーだ。

シャンパーニュと同じく瓶内二次発酵の製法で作られる、炭酸ガス入りのスパークリング日本酒「SORAH(ソラ)」。通常の日本酒造りの過程でもろみを荒く絞り、火入れをする前に瓶詰め。瓶の中で二次発酵を行い、ガスを発生させる。最後に澱を抜いてコルクを締めれば、スパークリング日本酒の完成だ。

2023年にはフランスのソムリエなどが審査するコンクール「Kura Master」で最高峰のプラチナ賞を受賞するなど、海外での評価も高い。

「海外はもちろん、日本でももっと飲んでもらいたいですね。また、シャンパーニュのようなキレのある酸味とガスが出せるよう品質を向上させていきたい」と杜氏の坪井さんは語る。

また、様々な商品を手掛ける中で「ウイスキーもやってみたい」と、2021年から生産をスタート。焼酎造りに使用している蒸留機を活用するほか、2023年には銅製の蒸留装置も導入した。日本酒の酵母も使用し、マイルドな味わいを目指している。ミズナラや桜など日本の樹種を生かした樽で熟成させ、2025年春以降に販売予定だ。

千代むすびを200年企業に

すでに目覚ましい活躍を遂げている千代むすび酒造。岡空さんが今後目指すのは、千代むすび酒造を200年企業にすることだ。

そのためにも、まずは創業当初から造り続けている日本酒と、これから長い時間をかけて育てていくウイスキー、2本の柱を確立させ、引き継いでいかなければと意気込んでいる。次の世代を担うのは、長女の婿の聡さんと、三女の婿の拓己さん。聡さんには日本酒、そして拓己さんにはウイスキーを中心に、より千代むすび酒造を飛躍させてほしいと期待が募る。

ブレずに守ってきた強力の力強い味わいと、岡空さんのチャレンジ精神が引き継がれ、千代むすび酒造の酒がさらに広まっていく日は近いだろう。

ACCESS

千代むすび酒造株式会社
鳥取県境港市大正町131
TEL 0859-42-3191
URL https://www.chiyomusubi.co.jp
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