沖縄の豊かな自然の恵みを受けて、甘くジューシーなパイナップルを栽培する山川吉美(やまかわよしみ)さん。芯まで食べられる高糖度のスナックパインを育む、山川さんの愛情が詰まったパイン畑を訪ねた。
やんばるの赤土がパイナップルを育む
「やんばる」と呼ばれる沖縄本島北部。その東海岸沿いに位置する宜野座村の山あいに、山川吉美さんのパイナップル畑はある。やんばるの土質は「国頭マージ」という酸性の赤土で、日照と水はけの良い高台の土地も多いため、酸性土壌を好むパイナップルの栽培が盛んに行われている。
作った本人も驚く甘さ
現在、沖縄で流通しているパイナップルは、海外産のものも含めて約10品種。主に流通しているのは、路地パインとして昔から栽培されている「スムースカイエン」や、春先に流通する乳白色の「ピーチパイン」で、山川さんもこれまでに「サンドルチェ」や「ジュリオスター」などの品種を手がけてきたが、現在、主に栽培しているのは「ボゴールパイン」。通称スナックパインと呼ばれる、果肉を手でちぎって食べられる品種だ。
「大きさは700〜850gくらいと小ぶりだが、その分、果肉が詰まっていてジューシー。自分で作っていても驚くくらい、糖度が高くて酸味が少ない」と、山川さん。収穫の最盛期には糖度が20度を超えるほど甘さが際立ち、タンパク質分解酵素に起因する喉のピリピリ感もないボゴールは、子どもからお年寄りまで万人に愛されるパイナップルだ。
甘さの秘密
パイナップルの栽培は苗を植えてから約2年間、草刈りや日除け、肥料管理などを通年行う手間暇のかかるもの。中でも最も神経を使うのは収穫のタイミングだ。パイナップルは追熟しないので、収穫のタイミングで糖度が大きく変わると言う。
「甘さを最大限に引き出すために熟度をギリギリまで高めるから、収穫の見極めは自分にしかできない。あまり赤くならないうちに、芽の開き具合を見て決める。甘くし過ぎても味のバランスが悪くなるから」と、山川さん。できるだけ手を加えず、土と太陽が育てたパインをひたすら見守り、最適な時期に収穫する。甘さの秘密は至極シンプルだが、愛情をかけて育てたパインを「できるだけ美味しく食べてほしい」という想いと、それを裏打ちする経験則がある。
「元来この場所に在った赤土だけでこの糖度が生まれるのはすごい。人が作った甘さは飽きるけれど、自然の甘味は飽きないからね」と、山川さんが笑った。
パイン農家の課題をチームで解決
今年、山川さんの畑では約6000個のパイナップルを収穫した。植え付けから収穫まで、農作業に従事しているのは山川さん一人だけだ。「これまではハウス栽培のベビーリーフも作っていたけれど、年齢的に負担が大きくなってきたので、これからはパイン一本に絞っていきたい。パイナップルは連作障害がないので安定した品質で毎年収穫できるし、苗も自分で作るから出費も抑えられる。作れば作っただけ売れるから、やり甲斐があるしね」と、パイナップル栽培の夢を語る山川さん。こう語れるようになったのには、ある出会いがあった。
ネット販売とのパートナーシップ
「昔は一生懸命作っても、農協さんが売値の半分を持っていった。自分で販売努力ができる人はいいけれど、僕のような年齢からじゃ、栽培から販売まで全部はできない。僕は具志堅くんとの出会いがあったおかげで広まった」と、山川さんが親しみを込めて話す具志堅仁さんは、果実を中心とした沖縄の物産をネット販売する「長浜商店」の運営者だ。
15年前、具志堅さんとタッグを組んで始めたスナックパインのネット販売は、販売量が初年度から4倍以上に増え続け、販売ルートの拡散と安定化に成功。消費者に直接届けることができるネット販売には、パインが最も甘くなる「適切なタイミング」に、農家にとって「適切な価格」で販売できるという大きなメリットがあった。
具志堅さんは、「国内に流通しているパイナップルはほぼ海外産で、国内産は5%以下。海外産は安くて量もあるので勝負にならないから、沖縄のパイナップルの付加価値を上げていきたい」と言う。そのための試行錯誤として、規格外のB品のパイナップルも無駄にせず、スイーツとして新たな商品を開発。また、これからはパイン農園での体験も含めた販売を検討しているそうだ。
「沖縄の人であっても、畑でどうやってパインができているのかを知らない人は多い。僕も20年、この仕事をしているけれど、最初はただ仕入れているだけでした。それが、植え付けや収穫を手伝うようになってから、天候次第でうまくいかないことなど農家さんの苦労を知った。そういうこともしっかり伝えながら販売すれば、価値が上がるはず」と、具志堅さん。
具志堅さんとのパートナーシップは、山川さんのスナックパインの販売拡大と共に、ブランド力の向上にも大きく貢献している。
パイナップルチーズケーキとパイナップルパイ
具志堅さんのお店「長浜商店」では、完熟パインならではの濃厚な甘さを活かしたスイーツを製造、販売している。パイナップルチーズケーキは、デンマーク産のクリームチーズを贅沢に使用し、パインならではの果実味のある爽やかな甘さとチーズのコクが絶妙なハーモニーを生み出す逸品。
パイナップルパイは、スナックパインを1.5玉も使用した自然な甘さと、パイの香ばしさが魅力。いずれも、素材の良さを最大限に味わえるように試行錯誤しながらレシピを編み出した。
これからも美味しいパイナップルを沖縄から
長年、沖縄でパイナップルを育ててきた山川さんだが、最近の気候の変化には驚かされていると言う。「ボゴールは例年、6月から7月前半に甘味が乗ってくる。今年は5月から長雨が続いたかと思えば、梅雨が明けた途端に突然の高温が続いて、収穫が半月くらい早まったよ」と、山川さん。
沖縄のパイン農家は台風が天敵で、芽が折れたり、収穫前の果実が傷んだりする被害も多い。こうした予測不能な自然災害についても、ネットで発信することで消費者の理解を得ながら、「予約販売」という方法で需要と供給のバランスを取ることができるそうだ。
これからは「収穫量よりも、より高品質なパインや新しい加工品を安定供給することを目指したい」と言う山川さん。来年から、ココナッツのような香りがする白い果肉の新品種「ホワイトココ」の収穫も始まる予定だ。沖縄の自然と向き合い、自然と共に歩み続ける山川さんの農園からは、これからも甘くてジューシーなパイナップルが育っていくことだろう。