大分県の南西部、熊本県との県境に位置する豊後大野市清川町。山あいの静かなこの地に、「幻の桃」とも呼ばれるブランド桃「クリーンピーチ」がある。生産するのは、株式会社夢ファーム大分。独自の接ぎ木技術から生まれる、糖度が高く身が締まった、リンゴのような食感をもつ桃の誕生には、何とも意外な物語が秘められていた。
老後の小遣い稼ぎのために

そもそも、大分県の気候は桃の栽培に向いているとはいえない。桃の主力産地といえば山梨県をはじめ、福島県、長野県、岡山県といった土地が思い浮かぶが、大分は気温が高く虫も多い。どちらをとっても、桃の栽培には不向きな環境だ。それでも今やブランド桃として確固たる地位を築いたクリーンピーチの栽培が、なぜここで始まったのか。
県の取組みが幻の桃に繋がる

きっかけは、今からおよそ30年前にさかのぼる。当時はまだ「清川村」と呼ばれていたこの地域で農業に携わっていた人々が、自身の高齢化を見据え、年金に加えたもうひとつの収入源を作ろうと模索していたのだ。折よく大分県内で展開されていた「自分たちの町や村が世界に誇れるものを、自分たちで一つ作ろう」という「一村一品運動」の流れのなか、当時の村長が「桃を清川村の特産にしよう」と決断したことで、栽培への道が開いた。
さらに、年を重ねても無理なく作業ができるよう取り入れたのが「矮化栽培」という農法だ。樹を低く、小さく育てるこの方法により、脚立を使わずとも桃を収穫することができる。ただし、その手間は並ではない。樹の一本一本に支柱やワイヤーを施す、日光が全体に当たるよう計算して剪定するなど、絶えず人の手でコントロールする必要がある。しかしひとたび樹が形になれば、その後の作業が劇的に楽になる。とはいえ樹の生育段階で極めて手がかかるこの方法で本格的に桃を栽培しているのは、全国でも清川だけだともいわれている。
そんな清川の地で清算されているのが、「クリーンピーチ」。「30年前、『清川の桃』という意味を込めて、『クリーンピーチ』という名前にしたそうです」と話すのは、株式会社夢ファーム大分の時松裕二さんだ。
「株式会社夢ファーム大分」 の誕生

出荷を始めた当初は市場で評価されず、販売にも苦戦したという。二束三文で売らなければならないような時期もあったが、清川駅付近に直売所を設けて直接販売に切り替えると、口コミで少しずつ評判が広がっていった。ところが、当初80軒ほどいた農家が、高齢化と後継者不足による離農が相次ぎ十数軒にまで激減。人気が高まるなかで供給が細っていくという、もどかしい状況が続いた。
その状況を変えようと、生協や道の駅が出資して約10年前に設立されたのが「株式会社夢ファーム大分」だ。元は生協職員だった時松さんは、脱サラして参画した。
独自手法が生み出すブランドの本質

夢ファーム大分の桃栽培が他と大きく異なるのは、「ユスラウメを台木にして桃を接ぐ」という点だ。一般的な桃の産地では、実がなるまでの時間を早くしたり、病気に強くしたりする目的で、「桃の枝を桃の根に接ぐ」のが主流だ。しかしここでは、病害虫に強い特徴をもつユスラウメを台木として使う。ユスラウメは桃と同じバラ科の植物ではあるものの、桃の近縁種ではないため木同士の相性が悪く、台木から接ぎ木の桃へ栄養が十分に届かない。
栄養が十分に届かないことは、木にとってストレスとなり、これによって木は大きく育たず、また、自身の生存に危機感を持った木がより良い実を残そうとするためか、糖度が高く締まりのよい果実をつけることに繋がるのだという。また、台木であるユスラウメが梅の一種だからか、「梅の香りがする」と感想を言う人もいるそうで、クリーンピーチならではのひそかな個性にもなっている。
決して桃向きではない気候のなかで

現在、夢ファーム大分では約8種の桃を栽培している。主力は白桃品種「なつおとめ」で、糖度が乗りやすい特徴がある。一般に桃の糖度は11度で十分、12度超えは特選基準とされるが、なつおとめは選果場で14度前後という極めて高い数値を見せることも珍しくない。リンゴのような食感のため、当初は「硬い」という声もあった。しかしその硬さは、朝採れのものをその日のうちに出荷するという新鮮さの証でもある。
収穫の目安は、袋をかけたまま上から透かして見る「色」だそうだ。淡い白ピンクに染まっていれば、それが完熟のサイン。販売場所が近いからこそ、完熟ぎりぎりまで木に残して収穫できるのだと時松さんは語る。
とはいえ、梅雨の長雨など気象の影響で思うように糖度が上がらず、悔しい思いをする年もある。そもそも、温暖な冬、夏場の昼夜の寒暖差の不足、雨量の多さや台風リスクなど、九州の気候はそもそも桃の生産に向いていない。清川町は、九州の中でも標高の高い高冷地に位置し、桃栽培における九州の弱点をクリアしているとはいえ、土づくり、剪定、木の個性を見極めながらの摘果量調整など、栽培における苦労は尽きない。毎年改善を続けていても、正解がないのが農業の難しさだ。
もうひとつの課題もある。相性の悪い木を接いでストレスを与えるという矮化栽培の影響で、およそ10年経つと木が枯れてしまう傾向がある。効率は悪く、コストもかかるのは明らかだが、それでも「せっかく作るなら、食べた人に美味しいと言ってもらいたい」という時松さんの思いは揺るがない。今後も植え替えを繰り返しながら、この桃を守り続けていくつもりだという。
需要に供給が追い付かない、うれしい悲鳴

クリーンピーチが抱える最大の課題は、生産量が需要にまったく追いつかないことだ。味の良さから人気が高いのはもちろんのこと、栽培農家が減少したことによる生産量の不足に加え、完熟したクリーンピーチはデリケートで発送に向かないため、近隣の道の駅でしか販売していないことも、希少価値を高めている。毎年販売の季節を迎えると、道の駅には「幻の桃」を求めて長蛇の列ができる。同じ道の駅で販売している桃ソースのソフトクリームは、売れる日には1日1,000本以上が出ていく人気ぶりだ。
人口約2,000人の清川町において、クリーンピーチは人を呼び込み、地域経済を支える存在となっている。夢ファーム大分の設立後、栽培面積を積極的に広げているものの、それでも生産が追いつかない。背景にあるのは深刻な人手不足だ。収穫期には正社員だけでは到底足りないが、そのためだけに通年雇用するのは難しい。パートを雇おうにも、地域に人がいない。そこで生協と連携し「援農ボランティア」を募っている。登録した人が都合のつく日に来てくれる代わりに、収穫物の一部を報酬として提供するというかたちだ。
「桃で食べていける」と示したい

会社設立から10年。仕事が大好きだと語る時松さんにも、もちろん苦労の時期があった。なかなか黒字に届かず、資金繰りに追われて銀行に頭を下げたことは一度や二度ではない。だが、そのころの苦労が少しずつ報われ、今は先が見えてきたと安堵の表情を見せる。
次の目標を尋ねると、時松さんは「従業員の給料を上げたい」と答えた。「去年くらいから昇給に手を付けられるようになりました。従業員が結婚して、子どもを大学に送れるくらいの給料を払っていきたい」。
そのためには生産規模の拡大が不可欠だが、そこでまた壁として立ちはだかるのが人手不足だ。
目立った観光施設も名所も少ない清川町で、新たな農家を増やすことは容易ではない。だからこそ、時松さんは願っている。「桃で食べていけるぞ」という姿を見せることで、Iターンや農業に憧れを持つ人が来てくれないか、と。栽培面積を広げ、クリーンピーチを増産し、その評判を聞きつけた人が就農し、この地に新しい暮らしが根づいていく、そんな未来を描いている。
人が桃を作り、桃が人を呼ぶ。クリーンピーチが生み出すその循環が、清川町の未来をひとつひとつ、着実に形づくっていく。



