岩手県盛岡市と紫波町(しわちょう)を拠点に、果樹やコメを生産している有限会社「サンファーム」。代表の吉田聡さんは「人と違うことをやる」を信念に、希少な海外品種を含むさまざまなリンゴを育てている。その種類はなんと、140品種。まるでリンゴの博物館だ。
「土づくり」から岩手にこだわる「サンファーム」

岩手県は、青森県、長野県に続くりんごの一大産地だ。栽培の歴史は青森・長野よりも古く、1872年に盛岡市でりんごの栽培が始まったとされる。
「サンファーム」は、県内一のリンゴ生産量を誇る盛岡市と、その南隣の紫波町を拠点に、リンゴをはじめとする果樹、コメを育てる農業法人。この地で代々続く農家が母体となっており、現在は11代目の吉田聡さんが代表を務める。
「土作りから丸ごと岩手」をコンセプトに、岩手県内で出る堆肥や牡蠣殻を使った循環型農業を実践。リンゴとコメは、農薬の使用量を慣行農業の半分以下に抑えた「特別栽培」の認証を取得している。また、サクランボやブルーベリーの摘み取りができる観光農園も運営しており、地元はもちろん、首都圏や海外からも収穫体験に訪れるという。
元商社マンが手がける、140種のクッキングアップル

吉田さんは新潟県上越市の出身で、山形大学農学部を卒業後、養殖用水産漁具の専門商社に就職。1995年に結婚したことをきっかけに、妻・美香さんの故郷である盛岡市に移住し、義父が営むサンファームに入社した。未経験から農業の世界に飛び込み、栽培技術の習得に励む一方、観光果樹園や直販事業を立ち上げるなど経営改革にも取り組んできた。
なかでも注力しているのが、クッキングアップル(調理用リンゴ)だ。酸味の強い希少品種を中心に、約140品種を栽培。「扱う品種の数でいえば、おそらく日本一だと思います」と、吉田さんは胸を張る。
リンゴ農家としては後発。だからこそ、周りとは違うことを。

岩手県盛岡市は、「わい化栽培」を全国に先駆けて導入した地でもあり、その普及率は90%以上。「わい化栽培」とは、植物の成長を抑える性質を持つ「わい性台木」に接ぎ木し、樹高を低く仕立てて育てる栽培方法のことで、果樹がコンパクトな分、栽培管理や収穫などの作業がしやすく、樹のすみずみまで日光が届くため高品質な果実を育てやすいのがメリットだ。
このように、りんご栽培が盛んな土地ではあったが、吉田さんが農園の仕事を手伝いはじめた当時、同園ではりんごの栽培を行っていなかった。「うちは代々続く農家ですが、リンゴ栽培に参入したのは2009年から。周りと比べたらだいぶ後発なんです」と吉田さん。だからこそ「ほかではやっていないこと」を意識し取り組んでいると話す。
「岩手県内のJAが取り扱うリンゴは22品種。多くのリンゴ農家はこの22品種のどれかを栽培し、育てたリンゴは他の生産者のものとひとくくりにされて市場流通に乗っていきます。それだと独自性を発揮しにくいし、面白くないなあって。だったら全く違う土俵で戦おうと、翌年の2010年から、品種を増やし始めました」。
国内で栽培・流通されるリンゴの多くは、ふじやジョナゴールドなど甘みの強い生食用の品種だ。吉田さんは「あえてそれとは逆をいこう」と、酸味が強く調理に向いている品種に着目。加熱調理することで味わいが引き立つ調理用リンゴは、飲食店にこそ大きなニーズがあると考えた。そこで、メインのターゲットをシェフやパティシエに定め、彼らのニーズをつかむべく、全国各地のレストランや菓子店に足を運んだ。
「いろいろな料理人の方々に話を伺ううち、焼くなら水分が出にくいもの、ジャムにするなら煮溶けやすいものなど、作りたいメニューや用途によって求められるリンゴの特徴が違うことがわかってきて。それぞれのニーズに適した品種を探すところから始めました」
現在栽培している140品種は、イギリスの定番品種「ブラムリー」や「コックス・オレンジ・ピピン」、フランス原産の「カルビル・ブラン」など。海外品種が中心だが、長野県生まれの「ムーン・ルージュ」など国内の希少品種も扱う。また、園地の一部分を試験区として確保し、毎年、新たな品種を試験栽培しているという。
「海外品種の原産国の多くは、日本に比べて降水量が少なく、乾燥している気候。高温多湿の日本で育てるのは難しく、栽培を断念したものもあります」と吉田さん。果実の個性の違いを無理に技術で克服しようとするのではなく「日本の気候で育てても、その品種ならではの個性や良いニュアンスが残るものを選び、栽培しています」と話す。
さらに、栽培している海外品種を親に持つ、サンファームオリジナル品種の育種にも取り組んでいるという。

これらのリンゴは、主に三つ星レストランや有名ホテルをはじめとするレストラン、パティスリーに納品されている。一軒ずつ店を回る地道な営業活動から始まり、実際にメニューに使ったシェフの口コミで評判が広がっていったという。また、規格外のリンゴは皮むきやカット、すりおろしといった業務用の一次加工品として卸しており、サンファームにとっては廃棄ロスの削減になり、顧客である飲食店にとっても作業コストの抑制につながる。これに加え、現在は食べチョクなどの産直通販サイトを通じて、一般消費者向けの販売も手がける。
「JAなどに出荷すると、流通の仕組み上、うちでやっている希少品種は評価されにくい。でも直接販売なら多品種を扱う強みを活かして細かなニーズに応えることができる」と吉田さん。シェフやパティシエからの信頼は厚く、現在、サンファームの売り上げの9割は直接取引だ。
また国の「ふるさと創生グローバル事業」に参加したことをきっかけに、海外における日本産リンゴの需要も実感したという。その後、フルーツ専門の流通会社と連携し、タイのショッピングセンターでの対面販売やテレビショッピング出演を経験するなどグローバルな市場での日本産リンゴの可能性も肌で感じた。
「特に人気なのは『紅の夢』などの赤肉品種。海外の赤肉品種は生で食べると渋みがありますが、日本のものは食べやすいと喜ばれます」
都心でりんご狩りを体験?「ほぼ日」とのコラボレーション
サンファームの多品種栽培の取り組みは、コピーライター・糸井重里氏が代表を務める「ほぼ日」とのコラボレーションにもつながった。
「ほぼ日」が、2021年から毎年開催している「りんご狩りかもしれない展」は、渋谷PARCOを会場に、擬似リンゴ狩り体験ができるイベント。サンファームはこのイベントに、毎年さまざまな品種のリンゴを提供している。
会場では、甘いものや酸っぱいもの、大きさや色もさまざまな品種を展示。来場者はその中から好きなリンゴを選んで購入し、その場で食べることができる。
「スーパーなどではほとんど見かけることがない品種もたくさん展示しています。お子さんは結構、酸味のあるリンゴも平気な顔で食べたりしますね。保護者の方が『それは酸っぱいよ』と止めても『これが好き』と言ってくれたり。甘い=美味しい、という先入観や価値基準に捉われず、リンゴのいろんな魅力を知ってもらえたら嬉しいなと思います」と吉田さんは笑顔を見せる。
気候変動への対応と、新たな挑戦

名だたるレストランやパティスリーをはじめ、全国各地のシェフ・パティシエの信頼を集めるサンファーム。順調に見える農園経営だが、課題もある。中でも、気候変動への対応は切実だ。
「リンゴもサクランボもここ数年、猛暑による果実の軟化、着色不良などの高温障害に悩まされています。また、春先の気温上昇も問題です。花芽の生育が例年より早く進み、開花と寒の戻りによる降霜のタイミングが重なるようになってきた。特にサクランボの花芽は霜に弱く、霜で花が枯れると実がつきません。そのため防霜ファンを設置したり、特に冷え込みそうな日は、火を焚いて畑全体を温める「燃焼法」を実施しています」
こうした努力で春の霜害を防げても、夏に猛暑が続けば高温障害を引き起こす可能性が高い。このまま温暖化が進めば、将来的にサクランボやリンゴの収量は落ちていくだろう。吉田さんはそれを見越し、モモやネクタリンなど暑さに強い果物の栽培も始めているという。
「農業は儲かる」を証明し、次世代に繋げたい

「農業は、トライアンドエラーの積み重ね。しかも1年に1回しか試すことができない」と話す吉田さん。サラリーマンから就農しておよそ30年。一つひとつ積み重ねてきた挑戦の先に、どんな景色を描いているのか尋ねてみた。
「自分の子どもたちに農園を継いでもらわなくても構いません。ただ、やりたいと思う社員や次の世代がしっかり受け継げるように、経営の形を整えたい。農業がきちんと儲かるビジネスだと証明できれば、若い人だって自然と入ってきてくれるはずだから」
そんな吉田さんが「今一番やりたいこと」は、この農園の中にカフェを作ることだそう。
「サクランボやブルーベリーの摘み取り体験にいらしたお客様が、体験後も農園に留まって、カフェでくつろいだり、散策してゆっくり過ごせるようにしたいと考えています」
50代半ばを迎えたいま「あと10年ぐらいで、次世代へのバトンを整えたい」と吉田さん。気候が変わっても、担い手が変わっても、この土地でリンゴを育て続けられるように。吉田さんの挑戦は、まだまだ続く。



