真珠はこれまで“より完全な真円”であることに市場価値を求められてきた。自ら育てた真珠をジュエリーに加工し、「L’ de pearl」というオリジナルブランドで販売する山下奈美さんは、市場価値よりも、一粒ごとの個性を見極め、その魅力を引き出した唯一無二の価値を創造している。
全国有数の産地で三代に渡り真珠養殖業を営んできた山下真珠

1963年創業の山下真珠有限会社は、日本有数の真珠の産地である宇和島市で四代にわたり家族で真珠養殖を営んできた老舗養殖業者だ。四代目にあたる山下奈美さんには、もともと家業に従事しようという明確な意思はなく、大学を出て広島県で一般企業に就職する。しかし、ちょうどその頃に新型コロナウィルスが拡大し、出社どころか郷里に帰ることも儘ならぬ状況に。そんな中、会社の上司や取引先の方々に何気なく「家業があるってすごいことだよね」と言われたことがきっかけとなり、故郷に帰って家業を手伝おう、と思うようになる。ちょうど同じ頃、県外でサラリーマンとして働いていた弟の雄平さんも宇和島に帰ってきたこともあって、家族で力を合わせて真珠養殖に取り組むことになった。
あるとき奈美さんは、友人から「山下真珠の真珠はどこで買えるのか」と尋ねられたという。その何気ない一言をきっかけに、自社で育てた真珠をメーカーに持ち込み、アクセサリーに加工してもらった後、それらがどこでどのように販売されているのか把握していなかったことに気づいた。「自分たちで育てた真珠を、自分たちの手で届けたい」。そうした思いから、アクセサリーの加工から販売までを自ら手がけることを決意。そして2023年には、真珠養殖を手伝いながら、自社の真珠を使ったジュエリーブランド「L’ de pearl」(エルデパール)を立ち上げ、既存の価値観にとらわれない、真珠本来の魅力を生かしたアクセサリーをつくって販売している。
生産者だからこそわかる真珠本来の魅力を伝えたい

真珠はアコヤ貝がその胎内で時間をかけて育む天然の宝石であり、同じ色、形、輝きのものは一粒もない。しかし、真珠には昔から“真円であること”を至上とする評価基準があり、どんなに美しい照りや輝きがあったり、個性的でユニークな形をした真珠であっても、市場的には価値が認められることはない。真珠養殖に携わるうちに、ある意味“不遇”な扱いを受けてきた真珠たちを不憫に思うようになり、その魅力に気づいて欲しいという奈美さんの気持ちが「L’ de pearl」の立ち上げにつながっている。
エルデとは、ドイツ語の「erde」に由来しており、“地球、大地、特定の土地”という意味があるという。真珠養殖に適した条件に恵まれた宇和島の海だからこそ逞しく美しく育つ真珠には、アコヤ貝が持っている生命の力、そして大切に育てる人々の愛情が込められている、という思いで名付けられたブランド名だ。
祖父である初代はこの地における真珠養殖のパイオニア

山下家がここで真珠養殖を始めたのは今から65年ほど前のこと。奈美さんの曽祖父と祖父の代に遡る。真珠養殖は三重県伊勢志摩地方に始まり、次第に宇和島市をはじめ全国各地へ広がっていくこととなる。三重県の真珠養殖業者が宇和海に進出、最初は、母貝採取の仕事から始まり、その後、真珠養殖のノウハウを教わった奈美さんの祖父は、この地における真珠養殖の第一世代となった。
近年、宇和島市を含む宇和海域では、アコヤ貝の大量死や担い手の高齢化・後継者不足などの問題により、生産量はピーク時と比べると減少傾向にある。しかしさらなる高品質化やブランド戦略などといった、新たな事業展開も進んでいるという。
こうした環境の変化の中で、山下家の真珠養殖を現在支えているのが、雄平さんだ。
現在、山下家の中心となって養殖を行っている雄平さんは「同じ母貝、同じ核、同じ海、同じ育て方でも、作り手によって差が出てきます。昔は技術やノウハウは秘密にしていたけど、今はそんな風潮も少なくなっています。僕は真珠養殖4年目の新人。新入りならではの怖いもの知らずで貪欲に聞いて回っています」と笑いながら言う。そうやって自分たちで試行錯誤しながら一生懸命に育てているからこそ、一粒ごとに異なる真珠の美しさを敏感に感じ取ることができるのかもしれない。
自然の力でしかつくり出せない豊かな色味と美しい輝き

真珠は一般的に、真円でキズやエクボがなく、テリのいいものが価値が高いとされている。しかし、そのような珠は、年間で数万粒が浜揚げされるうちの1〜2%にも満たない。そこで「L’ de pearl」では、市場的な価値は認められなくとも唯一無二の個性を持つ真珠を積極的に使用し、アクセサリーに加工している。真円に近い真珠を使うこともあるが、基本的にはバロックやドロップ、羽根つきといった、ユニークな形をしたものがほとんどだ。また、真珠の品質を保つために必要な加工処理しか施していないため、微妙に色合いが異なる自然の豊かな色味を楽しめる。個性のある真珠はそれ自体がデザインであるため、小ぶりで華奢なパーツを使用し、真珠の美しさを引き立てることを心がけている。「簡単に美しく育ち上がる真珠ではないからこそ、世代を超えて永く受け継いでもらえるものにしたい」という奈美さんの想いだ。
そうした想いを直接届けるため、販売方法にも工夫を重ねている。普段はオンラインショップのみでの販売だが、ポップアップストアや催事などでも販売しており、色も形も大きさもさまざまな真珠の中から、気に入ったものを選んでアクセサリーに仕立て上げるセミオーダーは特に人気が高いという。

今まで価値が認められなかった真珠に日の目を当てたいという思いはあっても、老舗の真珠養殖業者であり、日々真珠に接しているプロフェッショナルとしてのプライドがある。形はいびつであってもアコヤ真珠の特徴である奥深い輝きと照り、色の美しさに対するこだわりは譲れないという。「世界にひとつしかない自分だけの真珠、また大切な人へのギフトとして、一粒ずつ選んでいただいている様を見ると嬉しくて。幸せを感じる瞬間です」という奈美さん。冠婚葬祭だけでなく、日常の装いに気軽に取り入れてもらえるよう、デザインや価格も日々試行錯誤している。
世界にひと粒しかない真珠を誰かの特別な輝きに

「真珠のアクセサリーは世の中にたくさんあります。だからこそ何を特徴にするか難しいけれど、自分たちが育てた真珠を使っていること、だからこそ真珠本来の魅力をたくさん知っていて、それを生かすことができるということが一番の強みかなと思っています」という奈美さん。その考えのもと、最初はSNSなどを通じてのオンライン販売からスタートし、催事での出展販売、レンタルスペースを活用したポップアップストアでの期間限定販売など、販路も少しずつ広げてきた。
こうした取り組みの中で、様々な輝きを放つ真珠から、自分が好きな深い青色の粒をセレクトし、名前の奈美と海の波をかけて名付けた「NAMIOTO COLLECTION」の展開も始めるなど、ブランドとしても広がりを見せている。
その変化は、養殖の現場にも影響を与えている。雄平さんは「真円で白く、巻きのいい真珠を育てなければと必死でした。でも、姉がアクセサリーをつくり始めてから、既存の価値基準にこだわらなくていいんだ、活かしてもらえるんだ思うと気が楽になって。同時にもっと良い真珠を育てたいという気持ちにもなったんです」と話す。時代とともに漁業の在り様も人の価値観も変化してきている。多様性の時代と言われる今、「L’ de pearl」のアクセサリーは年齢性別関係なく、多くの人たちに受け入れられ、愛される存在になるのかもしれない。



