高級貝として知られるアワビ。その漁獲量日本一を誇る岩手県で、40年以上前から陸上養殖に取り組んでいるのが、元正榮(げんしょうえい)北日本水産だ。水やエサなどを独自に工夫して育てたアワビに「三陸翡翠(さんりくひすい)あわび」と名付け、ブランド化。「肉厚・やわらか・肝までおいしい」点が特徴で、料理人や消費者から好評を博している。
天然も乾燥品も。岩手はアワビの名産地

アワビは巻貝の一種で、世界では約70種、日本では主にエゾアワビ、クロアワビ、メガイアワビ、マダカアワビの4種が分布しているといわれる。4種のうちもっとも漁獲量が多いのが、北海道や東北地方(三陸)に生息するエゾアワビ。コリコリした食感が特徴で、特に生食向きだ。
エゾアワビの産地である岩手県は、天然アワビの漁獲量日本一を誇る。アワビは海水温が低いと成長が遅いのだが、岩手県の三陸地方には暖流である親潮が流れ込むためアワビの成長が促されること、アワビのエサである昆布やワカメなどの海藻が豊富なこと、漁期は11~12月の2か月に限定して資源を保護していること、などが背景にあるようだ。ちなみに県内の大船渡市三陸町吉浜では江戸時代から、獲ったアワビを干して「吉浜乾鮑(きっぴんかんぽう)」として中国に輸出していた。明治時代になると製法が改良されたこともあり、中国では世界一の品質として評価されていたという。
陸上養殖で、天然に負けない品質のアワビを育てる

このように昔からアワビの産地として名をはせていた大船渡市で、アワビの陸上養殖に取り組んでいるのが、1982年創業の元正榮北日本水産だ。もともと地元の漁師だった古川勝弘さんが、年々天然アワビの漁獲量が減っていることに危機感を抱き、陸上養殖に挑戦したのが始まりだという。養殖法は試行錯誤で、前年と同じようにやっても同じように成長しないなど苦労は多かったとか。さらに、ようやく養殖法を確立しても、ブランド化や天然ものとの差別化が難しく、思うように売れなかった。転機は、東北6県と新潟県の企業を支援する民間団体のサポートを受けたこと。「三陸翡翠あわび」と名付け、専用サイトを立ち上げて会員向け販売を実施したところ、「肉厚・やわらか・肝までおいしい」と評判に。2011年の東日本大震災からの復活を経て、現在事業は息子で代表取締役社長の季宏さんと、孫で取締役営業部長の翔太さんに引き継がれ、年間120〜130万個を生産する。ちなみにこの生産量は、陸上養殖のものとしては国内トップクラスだという。
やわらかく、肝までおいしい理由

アワビの養殖方法は、海上の生け簀などで育てる「海面養殖」と、陸上の施設で育てる「陸上養殖」の2通りがある。前者は設備費などのコストが安く技術面でも取り組みやすいため、日本では主流なのだが、台風などの天災や盗難のリスクがある。それに対し後者は、設備等のコストがかかるが、水質やエサなど生育環境を管理でき、一年中安定して生産することが可能だ。「特にエサの履歴がわかるという点は、消費者の方に安心していただけるはず」と翔太さんは陸上養殖のメリットを説明する。
同社の陸上養殖のポイントのひとつが、「地下浸透海水」で育てている点だ。これは海底の砂地層を通過してくる海水のことで、砂地層が「ろ過装置」の役割を果たすため海水は浄化される。同社ではこれをポンプでくみ上げ、さらにろ過して、養殖用の水槽に24時間365日かけ流しているので、水槽には常に新しい水が入ってきて清潔。アワビはエサを食べるときに砂や汚れなどを取り込み、それらは肝に蓄積されていくのだが、同社の水槽の水は砂などを含まずきれいなため、三陸翡翠あわびは「肝までおいしい」というわけだ。
また、アワビは流れのある海中で育つと運動量が多くなり、筋肉が発達して身が硬くなるのだが、水槽内では運動量が少ないので、身は硬くならないとのこと。三陸翡翠あわびが「天然ものよりもやわらかい」と評される理由はここにある。
海藻の色素で、殻が美しい翡翠色に

2つめのポイントはエサだ。同社では、昆布を中心とした海藻のほか、国産昆布の粉末や白身魚の粉末などでつくるペレット状の人工飼料も与えている。というのも、現在日本で出回っているアワビの多くが韓国産であることに対し、国産と名乗る以上、生産量優先ではなく品質の高さにこだわるべきと考えた元正榮北日本水産。エサの質がアワビの質に直結するのではと、抗生物質などを加えていない完全無添加のエサを徹底。これにより、肉厚で、雑味のないおいしいアワビが誕生した。ちなみに、名前の由来である美しい翡翠色の殻は、ふんだんに与えられている昆布の色素によるもの。さまざまな海藻を食べていて殻に緑色が出にくい天然ものと明らかに異なり、「これは美しく見栄えが良いと、個人のお客様からは喜ばれています」と翔太さんは胸を張る。
自社で交配・孵化させて一貫生産

アワビの稚貝から育てる養殖業者が多いなかで、自社で交配・孵化させて一貫生産している点も、同社ならではだろう。孵化して7ミリの稚貝になるまでは、海藻の付いた「波板」を入れた容器内で育て、その後は水槽飼育に切り替え、前述の人工飼料を与える。個体差はあるものの、だいたい1年で3〜4センチ、2年で5〜6センチ、3年で7〜8センチ、4年で9センチに成長する。ちなみに天然アワビは成貝食用サイズである7センチになるまで5年かかるが、同社では3年と、成長のスピードが速い。その大きな理由は、成長が速いアワビを選んで交配させているから。親に似て生まれてくるアワビも成長が速いため、成長ホルモンなどを与えていないにも関わらず、速く成長するという。さらに同社では、自社で孵化させた幼生200万個のうち半量を地元の漁師に販売。漁師はこれを海に放流し、成長したものを採ることになるため、資源保全につながっている。
同社の主力は7~8センチの3年物だが、別のサイズを求めるお客もいるため、希望のサイズを希望する個数だけ販売している。「アワビの生産者はキロ単位で出荷するのが一般的なので、お客様からは『使いやすい』と好評です」と翔太さん。9割は生の状態で飲食店やホテルなどに、残りは「スチーム冷凍品」に加工して主に個人客に出荷しているそうだ。
山林火災の被害に負けず、復活を目指して歩む

ここ数年の地球温暖化による海水温の上昇で、海水内の雑菌が増殖しやすくなっていることから、同社では今後、雑菌によるアワビの病気を防ぐために、殺菌装置の導入や、「閉鎖循環式陸上養殖」への切り替えを検討している。「閉鎖循環式陸上養殖」は、人工海水を水槽内で循環させて飼育する方法で、5年前から大手ゼネコンと業務提携して研究開発中とのこと。この方法では、雑菌を含む海水を使わずに済むうえ、「かけ流し」により水槽内の水を海へ排出することがなくなるので環境にもやさしいという。
そんな新しい試みが計画されていた矢先の今年3月、大船渡市の山林火災により、同社の設備の一部が焼失し、水槽内の約250万個のアワビが全滅した。損害額は約5億円。新しい設備をととのえて養殖を再開しても、わずかに残った幼貝を出荷可能のサイズにまで育てるには3年かかり、その間の収入はない。それでも季宏さんも翔太さんも、従業員のため、お客のため、地域のためにあきらめず、クラウドファンディングにも挑戦し、再建に向かって歩き出している。再び三陸翡翠あわびが市場に出回る日がくることを信じ、待ち続けたい。



