南アルプスと甲斐駒ヶ岳(かいこまがたけ)を水源とする尾白川(おじらがわ)が流れ、四季折々の自然に囲まれる北杜市白州町。工房「アトリエヨクト」をこの地で構えるきっかけとなったのは、デザイナー二人の転機となるスウェーデンでの生活だった。
生活の中で生まれる“プロダクト”
山梨県北杜市白州に構えるアトリエヨクトは、デザインから製作までを手掛ける古川潤(ふるかわじゅん)さんと、WEBやパッケージなどのグラフィックデザインを担当する佐藤柚香(さとうゆか)さんの夫婦二人から成る。インテリア雑貨や家具など製作は多岐に渡り、「ベースは木ですが、それぞれの目的に適した素材を柔軟に用い、室内外の境目なく使えるものを作ることができればと考えています」と古川さんは話す。アイデアは“自分たちが欲しいと思ったもの”が始まりとなり、試作を繰り返しながらデザインを研ぎ澄ませ、「製品=プロダクト」へと完成させる。例えばミニサイズのカッティングボードは登山やキャンプで簡易的なテーブルとなり、ポケットやリュックに入れて持ち運ぶことができ、日常生活においてもフルーツなどを切ってそのままトレイとして食卓で使える。アウトドアが好きな古川さんが「欲しい」と思ったことで生まれたプロダクトの1つだ。「生活の中で気付き、面白いなと思ったものをまず作ってみる。いけそうだと思った場合にそれをブラッシュアップさせて形にしています」。
ブランドを立ち上げてからは9年目、北杜市に移住してからは11年となる二人。北杜市を活動の拠点として決めた理由は、東京からの程よい距離感と留学で向かったスウェーデンでの田舎暮らしが馴染み、「気候や雰囲気が似ている」と感じたからであったという。
スウェーデンで得たもの
同じ美術大学の建築学科で学んでいた二人。卒業後、古川さんは伝統工法建築の工務店で大工を経て独立し、東京都墨田区の町工場を借りてオーダー家具の製作を始めたが、独学ゆえに限界も感じていた。その頃パートナーである佐藤さんも設計事務所から独立して数年が経ち、行き詰まりを覚えていた。新たな学びが必要だと感じた二人はスウェーデンへの留学を決心。ヨーテボリにあるHDK大学にて古川さんは家具デザインを、佐藤さんはテキスタイルを学ぶため約4年間滞在することとなった。スウェーデンの教育や社会福祉制度が充実しているという点は、留学と生まれて間もない息子の子育てをする上でも心強かったという。
北欧家具は世界各国でも注目を集めており、スウェーデンは昨今日本で人気を博している大手家具ブランド企業発祥の地でもある。スウェーデンの家具には白樺やオーク材などの天然素材が使用され、デザイン性がありながらも実用性に優れているのが特徴的。「使い勝手の面で合理性があり、デザイナーと製作側の距離がとても近いことで、デザインが製品にスムーズに落とし込まれていることの心地良さ。以前から思い描いていた理想を目の当たりにして、日本に帰ったらこの関係性を大切にしようと改めて思いました」と古川さんは当時を振り返る。
日本の伝統的な民家から得た発想
スウェーデン家具の優れたデザインプロセスに加え、改めて実感した“日本の良さ”もブランドコンセプトに影響を及ぼした。異国の建築や生活様式の中で、古川さんは改めて“日本の伝統的な民家”を掘り下げて考え直すようになったという。例えば日本の昔からの民家にみられる「田の字造り」では、普段は字のごとく襖や障子で間仕切がされているが、仕切を取り払うことで1つの大きな空間へと変えられる構造となっている。このように日本の古くからの民家は可変性に優れた造りで、「日本人は自然を柔軟に受け入れつつとても合理的な暮らし方をしていたことに気付きました」と古川さんは語る。
「日本の昔の家具はほとんどが運べるんです。ちゃぶ台を置けば食事を取る居間となり、布団を敷けば寝室となる。そこに着想を得て、アトリエヨクトのプロダクトは持ち運びができるという可動性がコンセプトのひとつになっています」
折り畳み式のテーブルは「ちゃぶ台」のように持ち運びが容易で、アウトドアでも活躍する。生活空間を柔軟に活かす日本の伝統民家の様式からヒントを得たことで、アトリエヨクトのプロダクトとは“北欧の合理性”と“日本の生活スタイル”を融合したものになっている。
新たに現代で提案する“オカモチ”
「ブランドコンセプトを1番体現しています」と二人が紹介するプロダクトは「オカモチ」。古くは田植えなどの野外作業時に食事を運ぶ用途に始まり、後に出前で用いられるようになった伝統的な「岡持」を、生活道具を収納して運べるように現代風にリデザインしたものだ。ケータリングをはじめ旅館やホテルでの食事のサーブ、リモートワーク用のビジネスツール入れ、ヘアメイク道具や裁縫箱など、使う人によって用途は様々。スウェーデンに住んでいた頃に子どものミニカーが増えてしまい、片付けを学ばせるために作ったことがきっかけだったという。「世界各国でハンドルの付いた箱がいろいろある中で、“料理を運ぶため”に作っている日本の岡持がすごく印象に残っていました」と古川さんは開発当時を振り返る。
軽量化にこだわり、昔から軽い木材として箪笥(たんす)や収納箱で用いられてきた桐と、ハンドル部分はアルミ素材を使用。浅箱やトレーとしても使える蓋など、オプションを組み合わせることで好みにカスタマイズできる。また、このオカモチがアトリエヨクトの基本モジュールとなっており、他のプロダクトと連携して使用することができるようになっている。「小物を作る時にはこのオカモチに収まることを考慮してデザインします。組み合わせて使えると可能性が広がって楽しいんです」と話す古川さん。「思いもよらない組み合わせができるんです」と佐藤さんが加える。
“ものづくり”で広がる新たな繋がり
最近は異業種とのコラボレーションが増えてきたという。そのひとつが、北杜市津金地区で、個性的なナチュラルワインを作る「BEAU PAYSAGE(ボーペイサージュ)」とのコラボレーションだ。自然農法のブドウ作りや野生酵母を用いた醸造など、手間ひまかけて作られるBEAU PAYSAGEのワインは限られた市場にしか流通しておらず、容易には手に入れることができない。品質のみならず、オーナー・岡本英史(おかもと えいし)氏の追求する、環境に配慮した「手を加えない」ワイン作りの哲学が共感をよび、国内外の愛好家たちからも高い評価を得ている。そういったBEAU PAYSAGEの取り組みの一環として、ワインの空き樽を1年に1樽分、カトラリーなどへとアップサイクルさせるプロジェクトを実施しており、既に4回目を迎えた。「1人で製作をしていると発想も偏ってしまうので、様々な人との繋がりは大事ですね」。
また岡本氏から繋がりはさらに発展し、東京都西麻布にあるフレンチレストラン、「L’Effervescence(レフェルヴェソンス)」の10周年記念時に新たなコラボレーションが実現。フランスの伝統的な技術に日本の四季折々の自然と文化を取り入れ、独自の美学で料理を生み出すL’Effervescenceは、ミシュラン三ツ星を獲得するなど、美食家たちの間でも話題のレストランだ。料理長を務める生江史伸(なまえしのぶ)氏からのオーダーは、「BEAU PAYSAGEのワイン樽を使った、箸とナイフを両方置くことができるナイフレストを」というものだった。実際にデザインと製作を手がけた古川さんは、「異業種の方の話を聞きながらものを作るのは興味深いしとても勉強になる」と語った上で、「アトリエヨクトで提案したいものと、コラボレーションによって誰かと一緒にものづくりをするという“二方向”でのプロダクト制作が今の原動力のひとつになっている」と、新鮮なアイディアやニーズに応えることで得られる、作品への好影響を嬉しそうに話してくれた。
デザインが好き
二人が北杜市へ移住した頃はブランドを立ち上げたばかりで知名度はなく、ゼロベースからのスタートとなり、販路はもとより製作における外注先や資材調達においても苦労は絶えなかった。一見木材の資源が豊富に思える山梨だが、県内の製材所では建築材に用いる杉や檜といった針葉樹を扱ってはいるものの、家具作りに適した広葉樹の材木はあまりみられないという。そのため日本各地の国産材や輸入材を使用しているが、ここ2、3年は工房のある北杜市の林業会社が今までチップや薪になっていた伐採木で、周辺の木工家に向けた原木市場を開いてくれるようになり、丸太を入手できるようにもなった。けれども水分を含んだ生木のままでは製作工程には移れないため、入手後市内の製材所で板にし、乾燥させるため長野県までトラックをレンタルして往復する必要がある。木材の調達から製材までのサイクルの効率化やコスト面での課題は多く、地元の同業者や木材を扱う業者との協力体制を整えていく必要を古川さんは感じているという。この動きは友人の木工家が中心となっていて、現在も課題に取り組みつつ更なる広がりをみせている。
また、製作工程においても一部の部品は外注に出しているものの、生産量に関しては課題を感じているとのこと。
「もう少し外注先を増やすことができれば、商品開発に時間を割くことができる。やっぱりデザインが好きなんです」。
アトリエヨクトが考える“ものづくり”
「あまりスタイルやビジョンを決めつけたくなくて。これから生み出していく商品群から意図を感じていただけたらと思います」
生活の中でふと思い浮かんだアイデアや、柔軟なものづくりを軸とする古川さんらしい考えだ。例えば、壁面にフック付きの鉄バーを設置し、そこに様々なサイズの箱や棚をフックに引っ掛けて組み合わせることで自由に収納スペースを作ることができる壁面収納家具は、4年前に佐藤さんが設計した自邸に実際に取り入れたもの。「実際に使ってみることでまた新たな発想が生まれています」と語る古川さんは、自宅の空間を家具で自在にアレンジするという新たなアイデアに“楽しさ”を感じているという。
使うことで活きるプロダクトを
「既にあるものを作っても自分が面白くないので、まだ見出されていないものの中で作る意味があると感じたものに限り形にしていこうと思っています」
自身の生活をベースにして自由自在な発想で新たなプロダクトを繰り広げていく古川さんからは、”ものづくり”の未来の可能性が垣間見えた。
組み合わせ可能なモジュールやカスタマイズといった可変性を持つアトリエヨクトのプロダクトについて、二人は“使う人の参加型家具”と称している。「使う人のアイデアや発想が自由に浮かんでくるようなものづくりがしたい」。商品開発に関して“形”ではなく、使い方の可能性を妨げないような“仕掛け”の要素を考えてデザインを行っているそうだ。お客さんの元に渡ったプロダクトが、二人の意図しないような使い方をされた時に、「ものを介して使い手とのコミュニケーションが取れた」と嬉しく感じるという。“もの”を所有することが目的ではなく、“使うことで生活がより豊かになる”デザインを目指すアトリエヨクト。思いもよらないヒントが潜んだプロダクトに今後も驚かされることだろう。