香り高く味の濃い“選ばれる”野菜「エビベジ/海老原ファーム」/栃木県下野市

「かんぴょう」の生産日本一の栃木県下野(しもつけ)市にある海老原ファーム。“エビベジ”という名前で、全国の有名レストランなどの料理人から直接注文が絶えず、業界でも注目の存在だ。自分の料理にぜひ使いたいとプロが惚れ込む野菜とは、一体どんなものなのだろう。

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即位の礼の晩餐会にも採用された、プロが絶賛する野菜

県の中南部に位置する下野市。北は宇都宮市に面し、県内の市では一番面積が小さいながら、首都圏への直通電車が停まる駅が3駅あるなど、都内への交通の便も悪くはない。高低差のあまりない、平坦な土地が広がり、冬に雪が降ることも少ない。年間を通じて温暖な気候で、市の半分以上には田畑が広がる。生産量日本一の「かんぴょう」をはじめ、ほうれん草、きゅうり、トマトなど農作物の栽培が盛んな地域だ。

そんな下野市にある海老原ファーム。ここもまた代々この土地で野菜作りを続けてきた、地元農家の1軒である。

スーパーには並ばない。海老原ファームの野菜“エビベジ” 

海老原ファームは、一見すると普通の農家のように見える。ずらりと並ぶハウスには規模の大きさを感じるが、最新鋭の設備があるわけでも、たくさんの農機具があるわけでもない。ところが、ここには県内だけでなく、首都圏の有名レストランやホテルの料理人、百貨店のバイヤーなど数多くの目利きが訪れ、野菜を直接買い付ける契約を結んでいく。舌のこえたプロたちは野菜の味の濃さ、香りの良さ、食感などに惚れ込み「ぜひ自分の料理に使いたい」とこの地を訪れるのだ。2019年にホテルニューオータニで行われた、天皇陛下の皇位継承を国内外に示すための「即位の礼」に伴う晩餐会では、メイン料理の付け合せに海老原ファームの野菜が採用されたほど、味への評価が高い。

海老原ファームで作った野菜は、市場への出荷はせず、レストランやホテル、結婚式場などへ直接販売するのが主。年間で110種類以上の野菜を栽培し、それぞれの取引先から要望される野菜の種類や量などに合わせて生産、販売を行っている。

生産者が直接販売するので、売値を決めるのも海老原ファーム。通常作った人が売値を決めるのが当たり前のように思うが、農業の世界では違う。生産者が自分で野菜に希望の値を付けて販売し続けることは、実はハードルの高いことなのだ。

農家が自分で作った野菜の値段を「自分で決める」ということ

スーパーなどに並ぶ野菜は、基本的に全国各地にある「中央卸売市場」を経由している。野菜の生産者なら収穫した野菜を中央卸売市場で買い取ってもらい、その市場の担当者(卸売業者)とスーパーや小売店などが、せりや交渉によって金額を決めていく。スーパーや小売店は、その買い取り価格にさらに自分たちの経費や利益をのせた価格で店頭に並べる。私たち一般消費者が購入する価格は、最初に農家が市場へ販売した金額よりも上がっているのが普通だ。

そう聞くと、野菜を売る際に市場を利用することはデメリットのように感じる人もいるかもしれない。しかしながら農作物は自然のもの。気候の変動によって、生産量は増減する。しかも日持ちがするものではないので、大量に収穫できても一定の期間で売れなければ廃棄しなければならない。市場へ出荷する場合なら、量に関わらず全てを買い取ってくれる「全量買い取り」という制度があるので、無駄が生まれるリスクを排除できる。

また市場を通さず販売をしようとすれば、そこにも手間とコストがかかる。地域の直売所で売るにしても売れ残りのリスクがあり、通信販売なら送料の負担が必要なケースも。直接契約してくれる飲食店がすぐに見つかるとも限らないし、1店舗での必要数はそれほど多くはないだろう。さらには販売や販路拡大に伴う事務作業や交渉事、ときにはクレーム対応まですべて自分たちで行わなくてはいけない。ノウハウだって必要だ。しかし市場で全部買い取ってもらえれば、供給量が多い時期に多少価格が下がることはあっても最低限の利益は確保され、生産に集中できる。

生産に集中して、少ない品目を効率良くたくさん作るというのも1つの方法だ。市場に出荷するかしないかは、どちらが良い悪いと断言できるものではないが、市場を通さず販売するのは簡単なことではないらしい。

驚きと感動を覚える、“エビベジ”の野菜とは

海老原ファームは、代表の海老原秀正さんと妻の智子さん、息子の寛明さん夫妻や娘の千秋さん夫妻と家族が力を合わせて運営している。畑を見学させてもらうと、その場でサッと洗った野菜を食べさせてくれた。しっかりとした歯ごたえのあるニンジンは、噛みしめると濃い甘みが口に広がる。カブもジューシーで、野菜というよりむしろフルーツのよう。「カブって、こんなに甘いのか」と感動さえ覚える。

そういう味の特別な品種を育てているのかと思ったが、そうではないらしい。「野菜の品種はめずらしいものではなくて、どこでも売っているもの。違うのは作り方だけですよ」と海老原さんは笑う。

味の濃い野菜を作る秘訣は「水分量」 

代々農家だった海老原家。40~50年前までは、周囲の農家と同様にかんぴょうやほうれん草を作っていた。海老原さんの代には、きゅうりをメインで生計を立てるようになったが、生産量は少量。そのほかの野菜も頼まれて売れる分を作るだけだった。

当時から見た目や価格を重視した大量生産には疑問を感じ、野菜本来の味や香りを大事にしたいと考えていた海老原さん。何度も研究を重ねる中で発見したのが、水分量のコントロールだった。

早く育てて早く出荷したいと思うのは農家の常。より早く育て、旬の時期よりも早く出荷ができれば、商品価値を上げることもできるからだ。しかし早く育てると野菜本来の味が出てこない可能性に気がついた海老原さんは、あえて時間をかけて育てる方法に舵を切った。さらに試行錯誤する中で多くの野菜において「水加減」が味や香りに影響を与えることに気がついた。

たどり着いたのは、ハウスを利用して日射量は確保しながら、与える水の量を限りなく少なくして育てること。そうすると野菜の生育スピードは鈍化。土は乾いて見え、枯れないギリギリのラインまで水を与えないようにすると、野菜自身が土の中で水分を探し回り自分の中に蓄えようとするという。ハウスで栽培するのは、雨だけでなく夜露で意図しない水分を野菜に与えるのを防ぐため。そこまで徹底した水分コントロールをした結果、野菜は瑞々しく、味も香りも濃いものへ成長を遂げるという。

味を追求しながら少しずつ生産を続ける中、その味を認めてくれたのは料理人たちだった。最初はカブとニンジンを「おいしい」と言ってもらえたのがはじまり。おいしいと喜んでもらえたことで、海老原さん自身も「もっとおいしく出来ないか?」と考えるようになり、より研究に精を出した。

「味が濃い」「甘い」「ジューシー」などの評判は、料理人から料理人へと伝わった。宣伝は一切していない。取引が続いていくと「こんな野菜が欲しい」という要望も出てくる。料理人たちの要望に応えるため、もともとの柱であったキュウリを中心に少しずつ栽培する品種を増やしていき、気がつけば年間110種類を超える品種を扱うほどに。野菜以外にも15〜20種類のハーブも栽培。

人の手で、野菜に向き合い「少量多品目」で栽培 

海老原ファームの栽培方法は、限られた品種を効率的にたくさん栽培するのではなく、多くの種類を少しずつ作る「少量多品目栽培」。1つのハウスで約14種類の野菜を同時に育て、収穫が終わればまた別の野菜の種を植える。どのシーズンでも常に30〜40種類の野菜が収穫できるようにし、「エビベジの野菜でサラダボウルが作れること」を目指している。

ここまでたくさんの品種を栽培できるようになるまでは、簡単な道のりではなかった。「ここまで来るのは失敗だらけですよ」と苦笑いする海老原さん。ニンジンひとつとっても、100も150も種類がある。その中から種を選んで実際に育ててみる。ある品種で成功した育て方でも、違う品種になれば同じ作り方でも「おいしく」できるとは限らない。満足できる仕上がりになり、現在も生産を続けている野菜は、過去に栽培を試みた品種の3割にも満たないという。

種類が多ければ多いほど、育て方の把握も大変だ。それでも機械や化学肥料だけに頼った効率的な栽培方法は行わない。栽培や収穫のために用意しているのは管理機とトラクター1台だけ。栽培も収穫も海老原さん家族と、約17名のパートスタッフによる手作業で行う。「おいしい野菜」を育てるためには、1種1種に向き合い、水分量、肥料、気温、湿度など微妙な差し加減を見極め、最適な栽培方法を選ぶことが必要。それらの繰り返しが、数々の料理人から選ばれる“エビベジ”の味につながっている。市場に任せるのではなく、自分たちの納得できるものを世の中に出すこと。これは海老原さんとご家族、スタッフたちの野菜哲学であり、矜持なのかもしれない。

次世代へつながる、野菜の味と愛情

“エビベジ”の野菜やハーブは、ホテルニューオータニやリッツカールトン日光など、全国的にも有名なホテルやレストランの料理に使われるほか、伊勢丹新宿店や銀座三越などでも取り扱われている。スーパーなどでは販売していないが、「エビベジ頒布会」を利用すれば自宅に野菜を取り寄せることも可能。

“エビベジ”の評判と味を知り、野菜の販売を求める取引先は年々増えている。各料理人の要望に応えるため、新たな品種を栽培することにも積極的。農業は自然が相手だからこそ、どうしても要望通りの量を出荷できないこともある。それでも代替品や収穫を待ってくれる取引先も多い。送料も負担してくれ、それでも欲しいと注文をしてくれる。そこには、圧倒的な味への信頼があるからだ。

海老原ファームが今までもこれからも、変わらず目指し続けるのは「使う人においしいと認めてもらえる野菜作り」。「もうすぐここは息子たちの代に変わる。それでも、うちの野菜がおいしいのを分かってくれる人たちが食べてくれて、それがつながって、ずっと食べ続けてもらえたら一番いい」と話す海老原さん。

業界では難しいとされる、市場を通さない販売経路だけで経営を成り立たせること。それを成功させたのは、特別な経営術ではない。ただそこに「おいしい野菜」があっただけだ。野菜を語るとき、野菜を食べる人を見る時、海老原さんは心から嬉しそうな顔をする。隣を見ると、息子の寛明さんも同じ表情。海老原さんの深い野菜愛は、次世代にもしっかりと受け継がれているようだ。

ACCESS

有限会社海老原ファーム(エビベジ)
栃木県下野市田中534
TEL 0285-48-0838
URL http://ebivege.com/top.html
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