鳥取県の中央に位置する北栄町(ほくえいちょう)。大栄西瓜(だいえいすいか)をメインに育てる農家「前田農園」が手がける、手作り・無添加の調味料やごはんのおともが話題を集めている。農業だけにとどまらず加工品作りを始めたきっかけや、他では真似できない奥深い味わいを生み出す秘密に迫る。
鳥取県第二の砂丘「北条砂丘」のある北栄町
鳥取県中部に位置する東伯郡北栄町。日本海が目の前に迫り、鳥取砂丘に次いで大きな砂丘地帯「北条(ほうじょう)砂丘」が広がっている。砂丘の畑ではらっきょうや、鳥取県の新品種の長芋「ねばりっこ」、砂丘ぶどうなどが生産されている。また、中国地方最大峰の大山(だいせん)にも近いため、火山灰から生まれた栄養豊富な黒ボク土に恵まれ、大栄西瓜・ほうれん草・ブロッコリーなどの名産地でもある。
大栄西瓜の産地で祖父母の代から農家を営む前田さん
古くから大栄西瓜の名産地だった大栄地区で、祖父母の代から農業を営んできたのが前田農園の前田修志(まえた しゅうじ)さん。学生時代に上京し、会社員として勤めていたこともあったが、先代から頼まれ27歳の頃に家業を継ぐことに。大栄西瓜をメインに、冬期にはハウスでほうれん草やミニトマトを育てたり、砂の畑で長芋を育てたり、長年農家として野菜づくりと向き合ってきた。
そんな前田さんが10年ほど前に始めたのが、自家製の野菜を使ったご飯のおともや調味料などの加工品づくり。現在はANAの国際線ファーストクラスで提供されたり、テレビ番組でお取り寄せグルメとして紹介されたりするなど、各業界で引っ張りだことなっている。
きっかけはフレンチシェフとの出会い
もともと、奥様の純子さんが農薬などが合わない体質だったことから、農業と並行して、手作り・無添加の惣菜屋を経営していた。惣菜屋を始めて5年ほど経ったとき、知人がとある料理教室を純子さんに紹介してくれた。その料理教室の先生が、国内外の一流ホテルで総料理長などを務めた経験を持つフレンチの松下銀次郎シェフだった。農作業以外で何かやってみたいと考えていた修志さんも、シェフの料理を学ぶため、純子さんと一緒に料理教室に通うようになっていった。
あるとき、松下シェフから教えてもらった手作りの調味料を口にし、その美味しさに感動。「自分の作る野菜をより美味しく味わってほしい」と考えていた前田さんと、「自分のレシピで農家さんを応援できたら」と考えていたシェフが意気投合し、レシピを引き継ぐ形で自社製品の開発が始まった。
素材も調理も品質を落とさず守り続ける
純子さんが惣菜屋を営んでいたものの、修志さんも従業員も料理は素人。品質の高い商品を目指そうと、前田さん夫妻は料理教室に通い続け、松下シェフも週に1度前田農園に顔を出し、コーチングをすることになった。
レシピを再現するためには、野菜の切り方ひとつを取っても、ミリ単位・グラム単位できっちりと合わせなければならない。物差しを使って毎回同じ大きさにする、温度計で温度を測って作るたびに味が変わることのないようにする。シェフの考案した複雑なレシピを寸分たがわず再現できるようになるまで、3年の月日が流れた。
松下シェフが作り上げるレシピは、日本食に洋風のテイストを取り入れた複雑なレシピ。海外の方にもなじみやすいよう、バターや牛乳などを使用しているものもあり、日本酒にもワインにも合う味に仕上げている。
その緻密なバランスと、農家だからこそできるこだわりの野菜があるからこそ、前田農園独自の美味しさが完成する。決して製造工程を省いたりせず、自分たちの作る農作物も手を抜かない。「素材も調理も、品質を落とさず守り続ける。それがうちのこだわりなんです」と修志さんは語る。
化学調味料・添加物は一切使わない
前田農園の商品に共通しているのが、化学調味料や添加物を一切使用していないこと。材料として使う調味料や塩麹なども自分たちで手作りしている。購入する材料も、メーカーに問い合わせて添加物等が入っていないことを確認する徹底ぶりだ。
もともと純子さんが化学調味料が苦手な体質だったことから、加工品づくりを始める前から手作りの調味料を作っていた。そのため、二人にとって「無添加であること」は当たり前。その分日持ちには限りはあるが、小さなお子さんから年配の方まで、安心して食べられる。贈り物にも喜ばれる所以だ。具材として使う野菜は、自家製のものをはじめとして、産地が近いものを優先して使用。「安心・安全な食材を届けたい」という前田さん達の想いが詰まっている。
農家だからこそできる調味料とご飯のおとも
前田農園が手掛ける調味料やご飯のおともは、常時販売できるものが17種類。レシピはそれ以上あるため、素材の入手状況や要望によってラインナップも変わる。
前田農園が1番最初に手掛けたのが「甘麹醤しお(あまこうじひしお・しお)」。もち米をベースに麹を作り、塩や醤油で味を調えたものだ。そのままかけられるソースとしても、肉や魚の漬けダレとしても活躍する。前田農園で作る他の商品の具材にも使われているそうだ。
一番人気の商品は、自分たちで育てたごぼうをたっぷりと使った「ごぼう肉みそ」。シャキシャキ食感の砂丘ごぼうと、4種類の味噌をブレンドした奥深い味わいが好評だ。きな粉やバター、オイスターソースなども入っていて、自家製ではたどり着けない味にもうなずける。
また、鳥取らしさを詰め込んだ「鳥取らっきょう珍味 XO醤」は、鳥取で採れた干し椎茸を出汁に使用。自家製の黒糖漬けのらっきょうが入っていて、おつまみにもご飯のおともにも最適だ。
シェフの黄金比を守るため丁寧に手間をかけて
ご飯のおともの他にも、伯方の塩の「フルール・ド・セル」と黒胡椒をバランスよくミックスした「特撰 黒胡椒塩」、肉の味付けにも便利な「チリミックススパイス」など、基本の調味料も多い。
「特撰 黒胡椒塩」では、胡椒の実をつぶして、茹でこぼし、ざるにあげる工程を何度も繰り返す。そうすると胡椒特有のえぐみが取れて、香りだけが残る。さらに、大粒の塩はすり鉢で丁寧にすり、ほどよい大きさにしてから胡椒と合わせることでよりまろやかな味わいになる。シンプルな「塩・胡椒」だからこそ、ひと手間もふた手間もかけて絶妙なバランスに整え、毎日の食卓で使い飽きないよう考えられているのだ。
それぞれの調味料は混ぜ合わせても喧嘩しにくく、薄めてもバランスが崩れない。シェフのレシピに従って細かな数量もぴったり合わせて作り上げているから、黄金比が崩れないのだ。シェフのレシピのすばらしさと、前田さん達のものづくりへのこだわりがうかがえる。
毎日の食卓を豊かにしてくれる商品を目指して
「ご飯のおとももおすすめだけれど、調味料をぜひ味わってほしい。毎日の食卓で使ってもらえて、そして料理が美味しくなる。うちの調味料をかければ、野菜が美味しく食べられる。そんな存在になれたらうれしいです」と修志さん。
お客さんに認めてもらうには、自分たちにしかない魅力と、世界に通じるような品質が必要。前田さんが農家として培ってきた経験と、松下シェフのレシピ、そして一緒に作ってくれる仲間がそろい、唯一無二の商品になった。「これからもチームで” いい仕事”を続けて、ほんものの味を届けたい」と修志さん。前田農園の調味料に魅了される人はこれからも増えていくだろう。