古きよき日本の宿を現代に
神奈川県と静岡県のちょうど県境に位置する湯河原町。日当たりの良い斜面にはみかん畑がのぞき、箱根山麓から続く千歳川が温泉街の坂道を軽やかに下り町の中を通って相模湾へ流れ出る。この地特有のゆったりとした風情は長きに渡り人々を癒してきた。古くは万葉集にも湯河原温泉にまつわる歌が残されており、近代には日本文学史に燦然と輝く文豪たちに愛され、数々の作品が執筆された温泉街なのだ。
今回訪れたのは、温泉街から少し山あいを登った中腹にある旅館「石葉」。
先々代が所有していたという菜園や別荘を基本とした空間は、まるで個人邸に遊びにきたような、おおらかな雰囲気が客人を迎える。
館内には地元の作家を中心とした作品を設え、古美術からモダンアートまで季節に合った美術品が彩りを添えている。全9室の客室は、洗練された様式美とともに、思わず深呼吸をしてしまうような落ち着きがあり、古きよき日本を感じる旅館として人気を集めているのだ。
土地に根差したおもてなし
地元の農家で収穫した野菜や、漁港で水揚げされた食材を味わうことができる御料理も魅力のひとつ。春は山菜、夏は鰺や磯の魚に鮑、秋はイセエビ、小田原の大根と季節ごとに手に入る豊富な食材。その味を引き出す伝統的な調理方法を大切に、一品一品、記憶に残る料理を創りたいと力を入れているのだ。
また嬉しいのは、旅館ならではの朝食だ。地元で獲れた柑橘類を絞ったジュースに、季節の干物や野菜のおひたしなど身体をいたわる絶妙なメニューを一日の始まりに頂くことができる。
そして、露天風呂から見渡す山々はどこまでも深く美しい風景を見せてくれる。ゆっくりと温泉に浸かり、マッサージを受けて芯からリラックスする。近隣の山を歩き、自然散策を楽しむ。心地よいこの時間を満喫するには、少なくとも2泊程度滞在したい。そう、思わず感じてしまう旅館なのだ。