科学とセンス、情熱の酒づくり。「みいの寿(ことぶき)」/福岡県三井郡

福岡県の南部、三井郡にある酒蔵「みいの寿」。1922年に創業し、地元の米と水にこだわった酒づくりで、高い評価を受けている。近年では、漫画「SLAM DUNK(スラムダンク)」が映画化されたことで、同社の酒が好きだった原作者の井上雄彦氏が登場キャラクターに蔵の名前を使用していたという話題がピックアップされたが、屋号ばかりでなく、井上雄彦氏が愛したその酒の味自体にも注目が集まっている。

目次

田園風景が広がる筑後平野で、100年の歴史を紡ぐ

福岡随一の平野である筑後平野に、九州最大級の河川・筑後川が流れる三井郡。20km先の市街地・久留米まで見渡す限り続く平野には、恵み豊かな田園風景が広がっている。この地に立つ「みいの寿」は、米問屋としてはじまった創業100余年の歴史ある酒蔵だ。

やわらかな井戸水を仕込み水に

この平野を三つの井戸が潤してきたことが“三井郡”の名の由来となり、同社の酒づくりにもこの井戸水が生かされている。「蔵の敷地内には4つの井戸があります。先代である父親が、井戸の深さや場所によって味や発酵力が違うことに着目し、その中でもとくにまろやかな味わいの井戸水を仕込み水に使っています」と、4代目・井上宰継(ただつぐ)さんは話す。

酒米には福岡県産の山田錦を

また福岡は、“酒米の王様”と称される山田錦の兵庫に次ぐ歴史を持つ。同社では、糸島育ちの山田錦を主に、福岡県独自の酒米・夢一献(ゆめいっこん)なども使っている。

「一口に『山田錦』と言っても、糸島産と兵庫県産では、できた酒の味わいも異なる。米そのもののポテンシャルや栄養価によって、違いが出るのではないでしょうか」と井上さん。同じ品種の酒米でも、田んぼの地力の違いが酒の味わいとなってあらわれるという。

先代のフランス視察を機に、福岡でいち早く純米酒へ転換

1982年、福岡市とフランス・ボルドーが姉妹都市となったことから、先代の茂康さんは視察でボルドーワインの5大シャトー(醸造所)をめぐった。土地に根ざしたワインづくりに感銘を受け、「日本酒もこうならないといけない」と奮起。当時、リーズナブルな日常酒である「普通酒」が全盛だったが、大量生産のために使っていたタンクや、人の手をかけずに麹製造が行える自動製麹装置など、質より量を追う普通酒用の設備をすべて撤去し福岡でいち早く「純米酒」に舵を切った。「この蔵の大きな挑戦となりました。私自身も若いころから純米酒づくりに触れられたので、父には感謝しています」と井上さんは話す。

九州ではじめて「山廃仕込み」を復活

井上さんが好むのは、「山廃(やまはい)仕込み」「生酛(きもと)仕込み」など、その蔵についた乳酸菌の力で酵母を育てる昔ながらの製法だ。手間も時間もかかるが山廃仕込みこそ、蔵のアイデンティティであると、途絶えていたこの製法をを同社が九州で初めて復活させた。その味は「美田(びでん)」シリーズの酒で楽しめる。

初めて日本酒を飲む人にも“とっつきやすい酒”を

井上さんの“日本酒を飲んだことがない人にも味わってほしい”という思いが、ラベルでも表現されている。17年ほど前から始まった、ポップなイラストにイタリア語を入れた“イタリアンラベル”は、今や「みいの寿」の代名詞といえよう。

なぜイタリアかと言えば、単純に井上さんが、イタリアの食や文化をはじめ、国そのものが大好きだったから。その想いから、日本の四季をイタリア語で表現した銘柄を作ったという。

春に登場する無濾過の生酒「クアドリフォリオ」には、四葉のクローバーが。その「クアドリフォリオ」を火入れして熟成し、秋に販売するひやおろし「ポルチーニ」には、可愛らしいポルチーニ茸が描かれている。一見、日本酒らしからぬおしゃれなラベルに「どんなお酒だろう」と手が伸び、華やかな香りとフルーティーな味わいにファンになる人が後をたたない。

また「SLAM DUNK(スラムダンク)」の映画化で、注目されているのが純米吟醸「三井の寿+14大辛口」。蔵名が、人気キャラクター名の由来になっていることから、裏面のラベルに赤いユニフォームがデザインされているのだ。これが漫画ファンの心を鷲掴みにし、海外からも注文が殺到。現在も品薄の状態が続いているという。

このようにユニークで遊び心のあるラベルも、人気を後押ししている。

“当たり前”を疑い、新たな可能性に挑む

「当たり前のことに、どれだけ疑問を持てるかがおいしい酒づくりのカギ」と語る井上さん。

例えば、和釜で蒸した酒米は、通常、下に放冷機を設置してスコップで落とすが、そうすると重力でボタッと落ちて酒米がダマになりやすい。しかし、みいの寿では大きな梁が邪魔をして、放冷機までモッコを動かすことができなかった。悩んだ末、釜の上に滑り台になるような蓋をのせて、トンボで酒米を下に落としてみると、ダマにならず力も要らないので女性でもできる作業になり、結果的に人手不足の解消に繋がったケースもある。

また、おいしい日本酒を見つけたら、距離や時間を気にせず、その酒蔵まで足を運ぶことも多い。「みなさん何も変わったことはしてないと口を揃えますが、よく話を聞くと何かしら面白い取り組みがあり勉強になるんです」とも話す。訪問した先で学んだことは、自社の酒づくりにも活かしているのだそう。

こうして、日々疑問を見つけ、それを解決しながら酒づくりに励み、戦前に地元で栽培されていた幻の米「穀良都(こくりょうみやこ)」を復活させるといった新たな取り組みも積極的に行い、「酒造りは科学とセンスと情熱だ!」をモットーに、自然学や人間学を取り入れた発酵技術で、同社ならではの味を追求。その成果もあってか、九州では唯一、全国新酒鑑評会では蔵元杜氏となった23年間で9割5分という驚きの入賞率を誇っている。アニメをきっかけにファンを増やした酒蔵の快進撃はまだまだ続く。

ACCESS

みいの寿
福岡県三井郡大刀洗町栄田1067-2
TEL 0942-77-0019
URL https://miinokotobuki.com
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