細くまっすぐな柄に、丸っこい匙の部分が印象的な真鍮のスプーン。このスプーンは、菊地流架さんが代表を務め、真鍮のカトラリーや雑貨などを手がけるブランド「Lue(ルー)」のもの。無駄な装飾などいっさいないシンプルなデザインだからこそ、手仕事ならではの温もりが感じられる。
大切なのは、誰が作ったかではない
「Lue」の工房は、岡山市中心部から東へクルマで約40分ほど、瀬戸内市邑久町(せとうちしおくちょう)の、のどかな田園地帯に建つ。妻の実家の納屋を改装した建物で、1階が工房、2階がギャラリーショップとなっている。
真鍮のアクセサリー作家の父親の元に生まれた菊地さんは、高校時代からその手伝いを始めた。独立を考えたとき、父親が手がけていたアクセサリーをそのまま継いでいく自信がなかったことと、料理が好きだったことから、自身は真鍮のカトラリーを専門にしようと決意。2006年に「Lue」というブランド名で活動をスタートした。その名の由来は、子どもの頃の愛称。「僕の名前は、菊地流架(るか)。クリスチャンだった父が、キリスト教徒の信徒・ルカから名付けてくれました。子どもの頃は、「ルーくん」と呼ばれていて、それを元に」。
父親の影響を受けた、美しく機能的なスプーン
そして最初に生まれたのが、「ティースプーン」だ。現在も作り続けているこの定番商品にも父親の影響を色濃く受けている。スプーンを作ってみたいと相談したときに、見本のような感じで作ってくれたものが、今の形に近いものだったのだ。特に、菊地さんが注目したのは、柄を叩くことで施される槌目を、デザインではなく持ちやすさのために付けている点だった。無駄な作業がなく、かつ見た目にも美しく、機能的であることに、強く惹かれたという。
さらに、銅と亜鉛の合金である真鍮の使ううちに酸化して色が落ち着いてくるという特性も気に入っている。使い方や手入れの仕方によって色の変化も変わってくるので、世界にひとつだけのアイテムとして、愛着を持てるからだ。
末永く使い続けてもらうことが幸せ
菊地さんが大切にしているのは、末永く使い続けてもらえること。そこには民藝的な考えも含まれている。「民藝の方にはそう思われないかもしれませんが」と前置きをしたうえで、「岡山の民藝は、いいものを、同じ形で、安く提供できるように作ることで、長く作り続けていく。そんな職人的な考えに基づいているように感じています。同じ形を作り続けるという点において、「Lue」のアイテムは民藝品に近いイメージなのかなと思っています」と語る。
そのことは、自分の名前が前面に出る作家としてではなく、「Lue」というブランド名で活動していることにもつながる。最初はひとりで始めた工房であったが、現在は製作スタッフ2名と、営業や事務などを担当する1名とともに運営。「自分たちが亡くなったあとも、誰が作ったとか関係なく、このスプーンをずっと使い続けてもらえたらうれしい。僕自身には「Lue」という名前が残ることへのこだわりもない。おもしろがって使ってくれる人がいるとしたらそれが幸せ」と。
他者とのかかわりが新たな製品を生む
また、「Lue」ではオリジナル製品のほか、店や企業などからオーダーを受けて製作するアイテムも数多く手がけている。京都のレストラン「monk(モンク)」のために作ったピザ取り分け用の「ピザスクープ」や、自動車メーカー・トヨタの「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」から生まれた和菓子用の「黒文字」などが一例だ。それらのアイテムは、多くの人に長く愛されるよう「Lue」としても定番商品化し、継続して販売している。
手仕事だけにこだわらない姿勢
さらに、2013年からは、すべて手作業で行う「ハンドクラフト」以外に、「インダストリアル」というラインでの商品も展開している。その名のとおり、工業製品だ。
工房にこもっての仕事だけでなく、人とかかわる仕事をしてみたいと思ったのがきっかけ。自ら工場をまわり、協力してくれるところを探すことからスタートしたと、当時を振り返る。「インダストリアル」のラインは、菊地さんが手作業で作った原型を元に、金属加工製品の産地・新潟県燕市の工場で機械生産。手仕事では実現できない、統一された形と薄さ、輝きを備えた製品に。機械生産することで、価格を抑えることにもつながっている。
工業製品である利点を生かすべく、「スタックできること」をこのラインのコンセプトに掲げた。第一作となったのは、アウトドアや子ども用のスプーン兼フォークの「スポーク」。重ねてもかさばらず持ち運びしやすいアイテムが誕生した。工業製品であっても原型がハンドクラフトのため、「Lue」ならではの温かみをまとった製品に仕上がる。もちろん、真鍮ならではの色の経年変化も楽しめる。機能的で長く使えるアイテムを生み出すためには、どうあるべきか。手仕事だけにこだわらず、最良の方法を選択する。これこそ、菊地さんのもの作りの真髄なのだろう。
次なるステップは、自ら楽しむこと
ハンドクラフトの製作に関しては、2、3年前からスタッフに仕事をすべて任せられるようにシフトしてきた。それにより、菊地さんの仕事の取り組み方にも変化が。仕事として割り切らずに、「自分も楽しめる、半分遊び感覚での仕事にも挑戦できる」ようになってきたのだ。
たとえば、2022年には、鹿児島県奄美大島の染色工房「金井工芸」で「奄美泥染め」を行う金井志人さんと、兵庫県神戸市の「つくも窯」でスリップウェアを中心に手がける陶芸家の十場天伸さんと、コラボ作品を作った。ひとまずは実験的な試みとしての位置付けだが、ゆくゆくはライターや写真家など、異業種の仲間も巻き込んでの展開をも視野に入れているというから楽しみだ。
そしてもうひとつ、真鍮のオブジェを手がけたい気持ちもあるという。「無理やり作ってもいいものは作れないので、今はまだそっと寝かせている状態です」と菊地さん。無理せず、焦らず、機が熟すのを待つというのが、彼らしい。そんな風にまるで真鍮のごとく、少しずつ変化しながら深い輝きを増していく「Lue」の活動。これから先、菊地さんが心をくすぐられるような楽しい仕事に巡り会えたあかつきには、真鍮の新たな魅力で我々を驚かせてくれるはずだ。