静岡県や長野県が名産地として知られるわさび。実は、鳥取県倉吉市関金町にも、粘り気と香りの良さで知られる「関金わさび」がある。地域おこし協力隊として京都からIターンをした西河葉子さんは、関金わさびの魅力を発信すべく、苗の培養やわさびオイルの販売に力を入れている。
関所として栄えた倉吉市関金町
鳥取県の中央に位置する倉吉市。そのなかでも、鳥取県の名峰・大山(だいせん)の東麓に位置する関金町(せきがねちょう)は、約1,300年前に開湯したと言われる関金温泉とその宿場町で栄えたエリアだ。町の中心には温泉宿が連なり、江戸時代には関所が置かれ、旅人たちを癒してきた。
町内には、国土交通省が選定する「水質が最も良好な河川」に登録されている小鴨川(おがもがわ)が流れ、豊かな水資源に恵まれている。
関金の名物「関金わさび」
温泉や歴史の町として知られる関金町には、もうひとつ名産品がある。それが「関金わさび」。大山の伏流水が流れる小鴨川の近くには、西日本の中でも最大級のわさび田が連なっている。関金わさびの栽培は100年ほど前に始まったと言われており、広大な棚田のわさび田もあるが、山並みに即して岩肌にわさびが植えられている小規模のわさび田が多い。
関金町では、わさびの三大品種「島根3号」「真妻(まづま)」「だるま」のなかでも、わさびの最高峰と言われる真妻系統の品種に適した、鉄分が少ない土壌に恵まれている。また、他の栽培地に比べると鳥取は気温が低いため、わさびがじっくりと育ち、身がよく引き締まっているのが特徴だ。すったときには硬くて粘り気があり、香りが高いことが評価されている。
地域おこし協力隊として関金町に来た西河さん
「関金わさびの良さを広めよう」と、わさびの培養・加工販売を行う会社「西河商店」を立ち上げたのが、2013年に関金町の地域おこし協力隊として赴任した西河葉子さんだ。西河さんの当初の任務は、関金温泉の「若女将」として町おこしを盛り上げること。地元の関係者と協力しながら、関金温泉を知ってもらえるイベントとして、町ぐるみの文化祭などを実施してきた。関金町の良さをより多くの方に知ってもらおうと、任期3年目からは名産品である関金わさびを味わえる「わさびカフェ」を経営。協力隊を卒業後、西河商店を起業し、関金わさびを国内外に発信している。
豊かな水で育つわさび
わさびの栽培方法は、水の中で育てる沢わさびと、土の中で育てる畑わさびの2種類に大別され、関金町では大山の伏流水や湧水を利用する沢わさびを栽培している。水の中に直接種を蒔くことができないため、どちらの栽培方法でも土の中で苗を育てることから始まる。苗が育った後は、清流の中で育てれば沢わさびに、畑で育てれば畑わさびになる。
沢わさびを育てる際のポイントは、水温と気温、そして土壌となる砂。水温は通年14〜16度をキープしなければならない。また、きれいな水と豊富な水量、水をしっかりと循環させられる砂地も必要だ。
わさびの育苗には、種から育てる実生法と、大きく育ったわさびの茎(親株)から、小さく生えた茎(子株)を分けて増やしていく株分け法がある。時間とお金のコストを考え、多くの農家では株分け法を利用して苗を増やしているが、親株が病気だった場合は子株もその病気を引き継いで育ってしまう。また、同じ品種を長年育てていると連作障害が起きてしまうため、定期的に違う品種の苗を植えなければならず、農家の大きな負担となっている。
病気のない元気な苗を作りたい
本来であれば毎年違う品種の苗を用意するのが理想だが、静岡などの一大産地に比べると、関金わさびのブランド力は劣ってしまう。良い苗を買うための金額と、関金わさびの買い取り額が見合わず、どうしても株分け法に頼ってしまうことになるのだ。
わさび農家の方々も、良い苗を作るための培養法や必要性をわかっていながら、コストや労働力の関係でなかなかできない実態があった。そこで西河さんは苗の培養に特化することにしたのだ。
「良い苗を作りたいけれどできない農家さんが多かった。そこで、自分たちが農家さんたちの代わりに苗を育てて、それを使ってもらい、育ったわさびを買い取ることに。そして、料理人に届けたり、より多くの方に知ってもらえるような商品に加工したり、循環させる。すくすくと健康な状態で育つ苗を増やすことで、農家さんたちができなかった部分の課題を解決したいと思ったんです」と西河さん。
各農家さんの好みやわさび田の状況に応じて、どこまで大きく育てるかもきめ細かに対応。小さな地域だからこそ、農家さん一人ひとりに合わせた状態まで育てられるのだという。
わさびは辛いだけじゃない。香りを届けるための商品を
農家さんたちから買い取ったわさびを使用し、より多くの方にわさびの魅力を伝えるために開発されたのがわさびオイルだ。
「オイルが認知され、培養の資金源が確保できれば、小規模のわさび農家さんにも元気な苗を届けられる。そうすれば日本の美しいわさび田が守られ、後世に残っていく。それがこの地域に限らず、世界に伝わってほしい。そしてわさびの魅力は辛味だけではなく、香りが良いことなんだと伝えたくて作りました」。
ツンとした辛味ではなく、ほんのりとした辛味を閉じ込め、わさび本来の香りを楽しむ。オイルであれば香りが揮発することもなく、見た目が良くないわさびでも活用できるため、廃棄せずに済む。海外など距離が離れた場所にも届けやすく、普段の料理に合わせやすい商品になることも想定した。
和の香りと組み合わせた3つのオイル
現在作っているオイルは3種類。細かく刻んだわさびを山形県産のこめ油に漬け込んで、香りが移った部分のみを抽出した「わさびオイル」がベースだ。
そこに柚子を蒸留させて抽出したオイルを組み合わせたのが「柚子わさびオイル」。
また、京都大原の紫蘇を煮だして香りを移したオイルと組み合わせたのが「紫蘇わさびオイル」だ。
グリルした野菜や肉に数滴たらすと、香りと辛味をプラスできる。こめ油を使用しているため、醤油や出汁を使った料理にぴったりの味わいだ。
「ゆくゆくは、使われる方の好みに合わせて、辛味や香りを強くしたり、オイルを軽めにしたりと、細かく調整できるような蒸留所を作りたいんです」と西河さんは語る。
わさびのさまざまな活用方法が認知される一助に
「今はどうしても、一大産地で育って、形がまっすぐ整って大きいものが”良いわさび”とされている。でも、小さくても香りが高いもの、形が整っていなくても粘り気が強いものなど、いろいろなわさびがあって、使う方・食べる方の状況に合ったわさびが”良いわさび”なんじゃないかなと思うんです」。
そう気づいたのは、世界で最も多くミシュランの星を持つシェフとして知られるジョエル・ロブション氏のもとで16年にわたって腕を振るった後、東京・神谷町に「SUGALABO」を構え、世界を舞台に活躍する須賀洋介シェフと出会ったことがきっかけだったという。全国を旅しながら日本の美味しいものを料理にして届けている須賀シェフに出会い、西河さんは料理人が求めている味や食感に適したわさびを提供できるようになれば、一大産地ではなくても、小さな農家で作ったものが集まって、多くの需要に対応できるようになるのではないかと考えた。
農家さんに喜ばれる苗を提供する。そこから育ったわさびをしっかり買い取る。そしてそれを料理人にも使いたいと思ってもらえるような商品にしていく。
どんな料理に使いたいのか、そのときの状況に応じた提案ができるように、さまざまな形でわさびを届けていきたいと語る西河さんのこれからが楽しみだ。