中世から続く六古窯のひとつ、備前焼。岡山県備前市周辺でとれた土を用い、釉薬をかけずに焼き締めることで生まれる、1点1点異なる表情が魅力の焼物だ。その備前焼のよさを大切にしながらも、現代の暮らしに合うモダンさを備えた器作りに挑んでいる、陶芸家・森本仁さんの工房を訪ねた。
日々の暮らしが作品に表れる
岡山県の南東部に位置し、備前焼の里として、数多くの窯元やギャラリーが立ち並ぶ備前市伊部地区。同じ備前市内にありながらも、そこからクルマで20分ほどの静かな山のなかに、陶芸家・森本仁さんの自宅と工房はある。街の喧噪から離れ、豊かな自然に囲まれた環境で、陶芸に勤しんでいる。
備前焼作家の父の元に生まれた、森本さん。大学で彫刻を学び、卒業後は父親からのすすめを受け、岐阜県で美濃焼の陶芸家・豊場惺也氏に師事。師匠と寝食をともにする生活を4年間続けた。
当時のことを森本さんは、「禅僧の修行のようだった」と振り返る。朝起きて、掃除や食事の手伝い、庭の手入れ、薪割りなど、師匠の動きを察しながら、それに合わせて自分も動いていく。師匠が気持ちよく仕事ができるようサポートするのが使命だった。そんな暮らしの中で、「日々の生活こそ、その人の作品なのだ」と実感したという。それを体感できたことが、今の森本さんの礎となっている。
現代の暮らしに溶け込む備前焼を
岐阜での修業を経て、2003年に帰郷し、父の元で陶芸家として歩み始めた、森本さん。地元を離れていた期間があったことで、備前焼を客観視できたことも大きな成果だった。森本さんが陶芸の道に進んだ今から20~30年前の備前焼は、重厚感を重視した作品が主流。そのため、いざ自らの生活に取り入れようと思っても、使いづらいと感じることも。「薄くしたり軽くしたり、備前焼の風合いを生かしつつも、普段使いしやすいものが生み出せるはず」。そんな思いを抱き、現代生活にフィットする備前焼への挑戦がスタートした。
土作りと登り窯が、備前焼の要
備前焼に用いる土は、備前市周辺の田んぼから採取した「田土」が基本。窯に入れた際の収縮率が高いため、しっかりと焼き締まる。そのために水が漏れないので、釉薬をかける必要がないのだ。さらに、窯の中での置き場所や、灰のかかり方などによって、色が変化し、さまざまな表情が生まれる点も大きな特徴だ。
現在、森本さんが使用している土は、父親が50年ほど前に購入したもの。まるで石のように硬い原土を砕き、水につけて溶かして自分好みの粘土にしていく。釉薬を用いない焼物だからこそ、仕上がりを大きく左右する土作りに力を尽くす。
そして、備前の土のよさを最大限に引き出すには、薪を使った登り窯で焼くことが重要だと考えている。登り窯に火を入れるのは1年から1年半に1回で、準備から焼き上げまで7~8か月を要する。いざ、焼き始めると約1週間は窯につきっきりに。「登り窯で火を焚き続けると、焼物を仕事にしているという実感があるんです。ぐっとくる感じがほかの窯とは違うんです」と、森本さんは目を輝かせる。
釉薬ものも手がけ続ける
薪窯で焼く備前焼の作陶と交互に、師匠から学んだ釉薬ものも灯油窯を用いて手がけ続けている、森本さん。「両方あったほうが食卓が生きるし、おもしろい」と、その理由は実に明快だ。さらには、備前焼と釉薬ものを両方手がけることで、自分の作品であっても、それぞれを客観視できるようになったことも、自分にとっては有益だったと語る。
灯油窯で焼く、独自の「白花」シリーズ
また、備前の土を用い、灯油窯で焼く「白花(しらはな)」シリーズは、森本さんが考案したオリジナル。伝統的な備前焼同様、釉薬を用いない焼き締めだが、灯油窯でなるべく焼き色がつかないように焼くことでフラットな焼き上がりと不思議な質感が生まれる。色は備前の土そのものが持つ、グレーがかった白。研ぎ澄まされたフォルムと、これまでの備前焼にはなかった色合いで、現代の暮らしにすっと溶け込むようなモダンな表情をたたえたシリーズとして人気を博している。
このように、同じ備前の土を用いても、用いる窯や焼成の仕方によって、まったく表情の異なる作品に仕上がる。焼物にとって大切なのは、土と窯の相性だと考えている、森本さん。その相性がよいとおもしろいものが生まれるというのだ。固定概念にとらわれることなく、さまざまな手法を試してみる軽やかな姿勢が、新たな魅力を備えた焼物を生み出すことにつながっているのだろう。
やりたいことは次々と生まれてくる
日々の生活では、庭の手入れを怠らず、季節の草花を飾り、母から茶道も学び続けている。仕事場も空間づくりや道具ひとつひとつにこだわり、自分が心地よく作陶に打ち込めるように、整えている。師匠から学んだ、「暮らしにこそ、その人の作品が表れる」という教えに恥じぬよう、丁寧な暮らしを続けている。そんな毎日のなかで、いろいろなものを見て、いろいろな人と話していくうちに、やりたいことが次々に湧きおこってくるのだとか。
今後について尋ねると、「やりたいことがありすぎて、全然消化できていない感じです、ずっと。だからひとつずつやっていくしかないですね」。これこそが森本さんの作陶における原動力に。近年は、海外向けの仕事も少しずつ増えてきた。焼き締めが海外の人にはモダンに映り、支持を集めているのだ。日本向けにはやりたくてもできなった、大型の作品を求められることも多く、やりがいにもつながっている。
これから先が、僕の本当の仕事
このように新しいことを試しながら、備前焼も釉薬ものも、プロの仕事として、説得力のある作品を生み続けていくつもりだ。そのうえで、陶芸に飽きることなく、慣れることなく、いかに楽しく続けていけるかが課題でもあるという。ある程度のことができるようになってきた今だからこそ、「これから先が僕の本当の仕事なんだと思います」と森本さん。師匠や父から受け継いだ教えや技を自分の陶芸へと昇華させながら、軽やかなにしなやかに、焼物の新しい世界を広げていってくれるはずだ。