蜜蜂の生態に合った国産蜂蜜をつくる「小野養蜂場」小野幸広さん/群馬県沼田市

群馬県北部の中心都市として発達してきた沼田市で、70年以上前から養蜂を営む「小野養蜂場」。親、子、孫と三代続く養蜂場がこの土地でつくる国産蜂蜜は、ポピュラーなアカシア蜂蜜をはじめ、地域の名産品であるリンゴの蜜で作ったリンゴ蜂蜜など、地の利を生かしたものが多い。

目次

利根川水系が育む豊かな河岸段丘(かがんだんきゅう)

四方を赤城山(あかぎさん)、武尊山(ほたかさん)、皇海山(すかいさん)などの山々に囲まれ、西に利根川、北に薄根川(うすねがわ)、南東部に片品川(かたしながわ)が流れる群馬県沼田市。標高も高く、夏場でも比較的冷涼な気候と、川沿いにみられる階段状の地形をした河岸段丘を活かして、さまざまな農作物や果物が栽培されている。なかでも沼田市内、片品川と利根川の合流点からやや上流は段差が深くはっきりしているため、日本一美しい河岸段丘ともいわれている。

春から夏にかけて川辺にはたくさんの花々が咲き、木々の中には花をつけるものも多い。主要産業のひとつであるリンゴの栽培も、実をつけるために花を咲かせ蜜蜂が受粉を手伝う。

そんな土地で養蜂場を営んでいるのが「小野養蜂場」の小野幸広さんだ。

河岸段丘は養蜂に適した地形

蜂蜜とは、働き蜂が集めてきた花の蜜を巣箱の中に貯蜜し、巣内にいる働き蜂が羽を動かして水分を蒸発させ、糖度を80度くらいまで濃縮して熟成させたものだ。

小野さん曰く、養蜂に向いている場所とは「たくさんの花が長く咲いている場所」だという。

標高差が100mほどある沼田の河岸段丘では、一番下の川べりと一番上の土地とでは開花日が3日ほど変わり、花が咲いている期間が長くなる。開花期間が長ければ採蜜できる期間が長くなり、たくさんの蜜を採集することができる。

なかでもアカシアの木は成長が早く、1本の木にたくさんの花をつけることから、蜂蜜の採集がしやすい植物とされている。

氾濫する川を堰き止めるために作られた土手の土を固めるために、アカシアの種がたくさん蒔かれたのと同じころ、それまで国産の蜂蜜でおいしいといわれていたレンゲが、農薬の散布などにより田んぼからなくなっていった。そこでレンゲに代わる植物として、アカシアに切り替える養蜂家が多く、現在では国産蜂蜜のメインとしてアカシアを扱う養蜂場は多い。「こういう場所が養蜂には適しているんですよ」と言う小野さんによると、河川敷の土壌を固めるために植えられた多くのアカシアは、通常、開花期間が10日〜2週間くらいだが、河岸段丘では蜜蜂の巣箱を通常よりも15日ほど長く置くことができるため、蜂蜜の採集量が多くなるという。

働き蜂をいかにたくさん越冬させるか

「養蜂家にとって一番難しいのが、働き蜂の越冬なんです。冬は花が咲かないから蜜は採れませんが、この期間にいかに働き蜂の数を減らさずに来春まで育てられるかが、養蜂家の腕の見せ所なんですよ」と小野さん。
なぜなら、女王蜂は巣箱にいる働き蜂の数に応じて卵を産むからだ。
採蜜期間の5月、6月、7月に働き蜂の数を最大化させ、たくさんの蜜を採ってきてもらうためには、越冬させる働き蜂の数を多くし、春の産卵期にたくさんの卵を産んでもらう必要がある。
そのために冬の間は暗く温度の低い倉庫で、できるだけ蜜蜂が動かない状態を作り、栄養剤や砂糖の餌を与えながら越冬させることが大切になってくる。

季節によって卵を産み分ける女王蜂

女王蜂は季節に合わせて雄蜂、雌蜂の卵を産み分ける。越冬するための働き蜂は蜜を集める能力は低いが寿命が長く、3ヶ月ほど生きることができる雄ばかり。
春になると、冬を越すことができた働き蜂の数に応じて、今度は蜜を集める能力の高い雌の働き蜂を多く産み、その数を増やしていく。そのため、越冬する蜂はできるだけ動かさず、春まで生きることが最大の仕事となる。
女王蜂の寿命は長いもので5年ほど。巣の主人である女王蜂が死ぬと、働き蜂の卵の中からローヤルゼリーで育てられた蜂が女王蜂となり、毎日、働き蜂になる蜜蜂の卵を産んで巣を維持していく。

不思議な蜜蜂の生態

 蜜蜂の世界は完全分業制で成り立っており、ひとつの巣箱に1匹しかいない女王蜂を筆頭に、女王蜂との交尾のためだけに存在する雄蜂と、大多数の働き蜂から成り立っている。

働き蜂は成虫になると巣箱内で育児(ミルク分泌)、造巣(蜜ろう分泌)、貯蜜(酵素分泌)を行い、その後、巣門での見張り番、最終的に外勤蜂として蜜や花粉を集めに行く。体の生理機能の成長に合わせて、1匹の蜂が一生をかけてこれらの役割を担っているのだ。

蜜蜂の好みでつくられる蜂蜜

働き蜂は1種類の花に蜜を採りに行く性質があり、巣箱を移動した最初の半日はその土地のさまざまな花の蜜を集めてくるが、そのうち巣箱で貯蜜を受け持つ働き蜂がおいしいと思った蜜以外、受け取らなくなるという。

「花の種類は蜜蜂が自然と選ぶので、養蜂家がいくらこの蜂蜜が欲しいと思っても、蜜蜂の好みによって決まってしまいます」

花がたくさんあることも大切で、小さく少ない花よりも、大きくたくさんある花の蜜を蜜蜂は採ってくる。国や地域、季節が違えば採れる蜂蜜も違ってくるのだ。その違いを体験してもらい、蜜蜂のこと、蜂蜜のことをもっと知ってもらうために、小野養蜂場では直営店として「花みつばち館」を営業している。

花を追いかけて巣箱を移動

小野養蜂場では2月の終わりに倉庫から巣箱を出し、4月15日頃から桜の蜜を採集。4月末から5月上旬にかけてリンゴの蜜、5月10日頃から前橋や高崎のアカシアの蜜を採るために、花を追って巣箱ごと移動させる。

これら、アカシアやリンゴの蜂蜜は、年に複数回採蜜できる養蜂に適したセイヨウミツバチで採蜜する。

その一方で、年に一度、秋にしか採蜜できない、貴重なニホンミツバチの蜂蜜も販売している小野養蜂場。

ニホンミツバチはセイヨウミツバチとは異なる酵素を持ち、複数の種類の花から蜜を集める。そのため、独自の酵素による豊かな熟成香と、ブレンドされた花の蜜の複雑味があり、ニホンミツバチの蜂蜜を「百花蜜」と呼び、販売する店があるほど。また、独特のコクとまろやかで切れのいい味わいもニホンミツバチの蜂蜜ならではの特長。

ただ、セイヨウミツバチに比べると安定した量が採れないため、メイン商品としては販売できないというデメリットも抱えている。

それでも、昔ながらの蜂蜜の味を残すため、手間暇を惜しまずに時間をかけて、ニホンミツバチがさまざまな花から集め、巣箱の中で濃縮・熟成させた蜂蜜も採蜜している。

「春は時期によって花の種類が限定されるため単花蜂蜜になりますが、夏はたくさんの花が一気に咲くので、いろいろな花の蜜を集めてブレンドしたものを、うちでは「百花蜂蜜」として販売しています」

季節や場所によって働き蜂が集めてくる蜜の種類も変わり、貯蜜してからどのくらいで巣箱から蜂蜜を取り出すかで水分の蒸発具合が異なり、蜂蜜の濃さやグレードが変わってくる。

巣箱の中で十分に水分が蒸発した蜂蜜は、蜜ろうで蓋がされ熟成される。熟成した貯蜜は、味はいいが量が取れず採蜜作業も大変になるため、巣箱の中の貯蜜のうち、2/3くらいに蓋がされたタイミングで遠心分離機にかけるのが、おいしさと作業効率のバランスが一番いいラインだという。

その辺りを狙って収穫するために、採蜜中の巣箱はこまめに確認し、取り出すタイミングを見極める。

直営店だからできること

現在、直営店の「花みつばち館」は、小野さんの息子である大介さん、浩司さんの兄弟が、協力して商品開発や営業活動を行っている。

商品開発を担当する浩司さんは「限られた蜂蜜でいかに売り上げをつくるかを考えたら、蜂蜜だけを売るよりも、一部の蜂蜜を加工品にして売り上げをつくっていくことも大事だと考え、いろいろ挑戦しています」と話す。

その中で一番のヒット商品は「尾瀬のはちみつバターアーモンド」で、リピート率も高く最も売れているという。「今後は蜂蜜や蜜蜂がつくりだす、ローヤルゼリーやプロポリスなどを使い、独自の配合で健康食品を作ってみたい」と目を輝かせる。人々の健康維持に役立つ商品を開発することで、消費者の役に立ちたいという。

いちばんのモチベーションは消費者からの声

気候変動や環境破壊など、近年、養蜂家にとって厳しい状況が多く、国産の蜂蜜を採集することが難しくなっている。それでも養蜂を続けているのは、消費者からの「小野さんの蜂蜜は、やっぱりおいしいね」という一言だ。

高品質な蜂蜜を維持するためには、健康でいい蜂をどれだけ増やせるかが、一番重要な点だという。日々、新しい採蜜場を探しつつ、蜂蜜加工品の商品開発も進める小野養蜂場。利根川水系が育んだ河岸段丘で採蜜し、地域に根付いた商品を提供する根底には、国産の蜂蜜への揺るぎないこだわりがある。

「先代から引き継いだ採蜜場で蜂蜜が採れる限り、おいしい国産の蜂蜜を消費者に届けていきたいですね」という小野さん。その一方で、息子の大介さんと浩司さんは「自分たちの代で直営店をもう1店舗増やして、蜜蜂の生態や素晴らしさを、もっとたくさんの人に知ってもらいたい」と話す。高い品質を維持しつつ、蜂蜜への興味や関心へのタッチポイントを増やす。自分たちがどれだけこだわって蜂蜜を生産しても、実際に口にしてくれる人がいなければ意味がないし、逆に発信できる環境をどれだけ整えても、味や品質に魅力がなければファンは増えない。小野養蜂場は親子三人四脚で、国産の蜂蜜のおいしさを次世代に伝えるべく、創業から受け継がれるクオリティとそれを広める若いアイデアを融合させ、養蜂の明るい未来を切り開いていく。

ACCESS

小野養蜂場「花みつばち館」
群馬県沼田市久屋原町450-1
TEL 0278-23-8738
URL https://www.hana38kan.com
  • URLをコピーしました!
目次