名古屋みやげ筆頭。青柳ういろう「もっと愛されるために」五代目長男の新たな挑戦/愛知県名古屋市

名古屋みやげ筆頭。青柳ういろう「もっと愛されるために」五代目長男の新たな挑戦/愛知県名古屋市

名古屋みやげの代表格ともいえる青柳総本家の「青柳ういろう」だが、ルーツは中国にあるといわれる。ういろうがどのように始まり、名古屋みやげの定番として人気を博すようになったのか。そのルーツやブランド拡大の立役者、また青柳総本家の新たなチャレンジに迫る。


600年以上前に中国から伝わった、ういろう



そもそも「ういろう」と聞いて、どんなものを思い浮かべるだろうか。多くの人はつるんとした見た目の和菓子を思い浮かべるだろうが、若い世代では「どんなものかさっぱりわからない」という人も少なくはないという。


ういろうは、愛知県・名古屋のみやげとして長年愛されている和菓子だ。米粉やわらび粉、小麦粉などに砂糖や水、でんぷんを混ぜて蒸している。名古屋のみやげとして真っ先に挙がるものの1つであることから地元では名古屋発祥と思われがちだが、実はルーツは中国だといわれる。

日本に持ち込んだのは、室町時代に中国(当時は「元」の時代)の医術に通じ、薬を調達する役職に就いていた陳延佑という人物。元が明に滅ぼされ、陳氏は日本に亡命。日本に帰化した際に、元王朝時代の役職をもとに陳外郎(ちんういろう)と名乗るようになり、外郎家という名が定着していった。医術に長けていた陳氏が日本で売るようになった薬が良く効くと評判になり、当時の将軍・足利義満氏の招聘で息子の陳外郎大年宗奇氏が京都に移り住んだ。朝廷の接待役を務めていた際に、接待のお茶請けとして出していたお菓子がういろうと呼ばれるようになったとか、薬の苦味を和らげるために作ったお菓子がういろうと呼ばれるようになったなど、その辺りは諸説あるとされる。


後に、小田原に城を築く北条早雲氏に招かれ、小田原城下に移り住んだ外郎家。以後、小田原で薬とお菓子を作り続け、現在も小田原城下町で「株式会社ういろう」として受け継がれるとともに、日本の他の地域でもういろうが作られるようになったという。


名古屋駅構内やホームでの立ち売りを経て、定番みやげに



となると、日本においての先駆けは神奈川県の小田原市となるのだが、なぜういろうが名古屋みやげの定番として知られるようになったのか。そこに青柳総本家の奮闘が隠されているのだ。青柳総本家はそもそも、明治12年に蒸し羊羹業として創業した。その後二代目が東京でういろうの作り方を教わったことから、ういろうの製造も始めるようになった。


転機となったのは、三代目の後藤為彦さんが、それまで簡易包装により賞味期限が翌日ないし当日だったところを「より多くの人に楽しんでもらいたい」と考え、日持ちするような製造と包装技術を確立したことだ。それにより、為彦さんはJR名古屋駅(当時は国鉄)構内やプラットホームで、初めてういろうの立ち売りを始めることとなった。後にういろうが名古屋名物となるきっかけとなったのだ。


努力はチャンスも呼び込んだ。その2年後となる1964年に東海道新幹線が開通。構内販売やプラットホームに加えて、青柳ういろう1店だけが車内販売の許可を得てういろうを販売するようになり、名古屋みやげとしての存在を加速させたのだ。


名古屋のういろうは米粉が主原料



ういろうは実は、小田原や名古屋だけでなく、三重県伊勢市、山口県、徳島県など各地で名産品となっており、材料や特徴も地域により異なる。ようは、でんぷんに砂糖や水を加えて固めたものであればういろうに属するのだ。名古屋のういろう米粉に砂糖やでんぷん、水を練り混ぜて、蒸して仕上げる。山口県ではわらび粉を入れたり、三重県では小麦粉の割合が多かったりするそうだ。たまに羊羹と間違われることもあるが、羊羹は小豆を主原料とした餡を型に流し込み、寒天で固めた和菓子。似て非なるものである。

シンプルな原材料だからこそ、職人の経験がものを言う。青柳ういろうは国産の米粉を使用しているが、米を収穫した年の天候や気温によってういろうの味や舌ざわりに違いが出る。職人はその違いを見極めながら、理想の味や舌ざわりとなるよう生地を仕込んでいくのだ。湯気の立ち込めるなか、1時間かけて蒸し上がったういろうは、もっちりとしたやさしい食感と米の香りを感じさせる上品な甘さが特長となっている。


青柳総本家で一番売れるのは白砂糖を使ったオーソドックスなういろうだが、砂糖の代わりに黒糖や和三盆を使ったり、地元・愛知県常滑市で有名な日本酒「白老 大吟醸」を加えたものなど、味のバリエーションはさまざまだ。


ロゴマークがモチーフとなった「カエルまんじゅう」



1989年に創業110周年を記念して作られたのが、今や看板商品のひとつである「カエルまんじゅう」。青柳総本家のロゴである柳に飛びつくカエルは不屈のチャレンジ精神を表しているのだが、そのロゴマークのカエルがモチーフとなっている。中にはこしあんが入り、カエルの目は職人が手作業で焼き印を入れている。販売した当初は売れ行きが鳴かず飛ばずだったというが、毎年売り上げを伸ばしている商品。なんとも愛らしいカエルの表情が消費者の心を捉えて離さないのだろう。



名古屋みやげの代表格としての地位を築いた青柳総本家だったが、コロナ禍で外出が控えられると売上に大きなダメージを受けた。そこで「みやげ以外の可能性を広げられないか」と、社内でブレインストーミングをして生まれたのが、「旅行・出張・無事カエル」「幸福・大吉・福カエル」という縁起のいい語呂合わせ。付加価値により、ニーズを広げることに成功した。また「諦めずにチャレンジする」として、受験生向けにもメッセージを届けられないか?と考えた。不屈の精神は、先祖代々脈々と受け継がれているのだ

名古屋の玄関口である名古屋駅から直結するKITTE名古屋店の店舗では、カップのミルクシェイクの中にカエルまんじゅうが入り、まるでカエルまんじゅうがお風呂に入っているような見た目の「カエルのミルク風呂」なるデザートが女性心を捉えた。


このカエルまんじゅうをアレンジして人気を博したのが、2021年に発売した「ケロトッツォ」。この年ブームを呼んだマリトッツォとカエルまんじゅうをかけ合わせた和洋折衷のお菓子だ。すでにマリトッツォがトレンドとして話題を集めていたなかでの商品開発だったため、稔貴さんを中心に開発は急ピッチで進められた。


「1ヶ月で商品化して、3ヶ月ほどの期間限定で販売しよう」最初はそんな思いでのスタートだったが、販売開始1ヶ月で1万個以上が売れるという大ヒットを記録。ケロトッツォは定番商品となり、生クリームとクリームチーズをミックスした定番商品のほかに、「苺」「ラムレーズン&くるみ」「クリームチーズ&レモン」のバリエーションも登場した。今後も、青柳総本家の看板を担っていく商品のひとつとなっていくだろう。


開店前に連日行列ができた「スライムういろう」

稔貴さんの新たなチャレンジは留まることを知らない。本業であるういろうにおいても、「それまでういろうを知らない人にも認知してもらい、食べてみてほしい」という思いを抱く。そんななか2022年に期間限定で開発されたのが、ゲーム「ドラゴンクエスト」の世界観が融合したういろう「スライムういろう」。定番のういろうに加えて、コラボ限定のみかん味、キウイ味の3つがセットに。フレーバーもさることながら、ドラゴンクエストの世界から飛び出してきたかのようなポップな見た目が話題を集め、開店前から店舗前に行列ができたという。


今後は海外も視野に



餅やお米が受け入れられるような国なら、海外でもチャンスはあるかもしれない。日本でも今までのういろうのイメージを覆す食べ方のアレンジなどがあるかもしれない。「昔ながらの味や見た目に凝り固まらずに考えていきたい」と話す稔貴さんのチャレンジは、まだまだ勢いを増していきそうだ。三代目為彦さんが成しえたような変革のチャンスが訪れているのかもしれない。


ACCESS

株式会社 青柳総本家
名古屋市守山区瀬古1-919
TEL 052-793-0136
URL https://www.aoyagiuirou.co.jp/