広大な森林を有し、天然のきのこの宝庫として知られる山形県鮭川村。昭和30年代からは菌床栽培が盛んになり、「きのこ王国」とも呼ばれている。高い技術力を駆使して「やまぶしたけ」や「とび色まいたけ」といった希少性の高いきのこを栽培している「株式会社最上まいたけ」を訪ねた。
「きのこ王国」の名を持つ山形県鮭川村
鮭川村は山形県の北部、最上地域に位置する人口約4000人の小さな村。広大な森林を持つこの村は盆地特有の湿気が多い気候で、ミズナラやコナラ、ブナなどの広葉樹にきのこが自生している。そのため、昔からきのこ料理を食べる食文化があったという。天然のきのこが採取できることに加え、現在では菌床栽培も盛んで、生産量は県内全体の約6割を占める。主にナメコ、シイタケ、ブナシメジ等の8種類を常時生産しており、「きのこ王国」とも呼ばれている。
冬場の生業として始めたきのこ栽培
鮭川村の基幹産業は農業で、春から秋にかけては水稲やそばを栽培、冬場に関東に出稼ぎに行くというのが昔からの仕事スタイルだった。しかし、村から関東へは交通の便が悪く、さらに、出稼ぎに出れば数か月の間家族と離れ離れになる。なんとかこの地域で生業を生み出し、通年村内で暮らせないかと考えていた昭和30年代のある時、長野県できのこの菌床栽培をしているという情報を入手。村の農家らは「菌床栽培は施設内でできるため、農閑期の仕事にも最適」と考え、早速長野県に行って栽培技術を習得し、村全体で試行錯誤しながら栽培に取り組んだ。最上まいたけは昭和51年、えのきたけの栽培を手掛ける「最上きのこ物産」として創業し、平成2年に社名を変更。現在はまいたけ、やまぶしたけ、しいたけの3種類を栽培しており、山形県きのこ品評会において、最優秀賞である農林水産大臣賞を複数回受賞している。品評会では、きのこの傘の色や形や大きさ、軸の太さの整い具合が審査され、最上まいたけはこの基準を満たしたことで高い評価を得た。
きのこ栽培の基本となる菌床作り
菌床栽培ではまず、おがくずや栄養体(大豆由来原料など)などを混合して水分調整し、原木の代わりとなる培地を作る。培地にはきのこ以外の菌やバクテリアなどがいて、それらが存在することで菌床からきのこが発生しないだけではなく、ほかの菌床にまで害が及ぶことがある。そのため、100度以上の高温でしっかり殺菌することが大切だ。殺菌後の培地は15℃~20℃まで急速冷却。その後、培養した菌糸や胞子の塊などからなる「種菌」を植え付け、温度25度、湿度65%ほどの環境で培養し、菌を蔓延させる。培養期間は品種によって25日ほど、45日ほど、150日ほどとそれぞれだ。
きのこにとって心地よい温度、湿度に管理
培養後は品種ごとに最適な温度・湿度に設定することで、きのこを発生させる。例えば、天然物の場合は、まいたけが9月初め、天然なめこが11月後半と、品種によってとれる時期が違う。施設内で栽培する場合は、天然物が育つ環境を考慮し、それぞれに合わせた気温や湿度に整えることが重要となる。複数の種類のきのこを栽培するとなると、それなりの冷暖房設備を整える必要があり、コストが高くなるため、1品種に絞っているところがほとんどだ。しかし、最上まいたけでは、複数の品種の育つ環境を比較して栽培品目を検討し、まいたけ、やまぶしたけ、しいたけの3種類に適応した空調設備などを導入し、栽培している。
独特の食感が人気の「やまぶしたけ」
最上まいたけでは、全国で3軒のみ生産する「やまぶしたけ」を手掛けている。中国では昔から高級品として知られており、四大珍味のひとつとして珍重される不思議な食感のきのこ。日本にも自生する品種で、その名は山伏の袈裟についた梵天に似ていることに由来する。
通常、きのこ栽培では種菌を購入するが、最上まいたけでは、より食味の良いきのこを作るという熱い情熱を持ち、社長の荒木正人さん自らが山からきのこを採取。そこから培養して生産数を増やしていったという。
最上まいたけのやまぶしたけは苦みが少なく、形が美しいことが特徴。吸い物や八宝菜、うどん、おでんに良く合い、取引先の飲食店では火鍋や薬膳鍋で使われている。スープにするとフカヒレのような食感、揚げると鶏のから揚げのようで、今後代替肉としても注目されているという。
色落ちせず、和食に活躍。風味も食感も抜群の「とび色まいたけ」
「とび色まいたけ」は、世界で最上まいたけのみが生産するオリジナルまいたけで、名前は鳥のとんびの羽の色に由来するという。
一般的な黒まいたけは汁物に入れると色が落ちて汁の色が黒ずみ、白まいたけは色落ちこそしないものの、風味と歯触りに欠ける。
それに対し、とび色まいたけは色落ちせずきれいな色を保つことができ、さらに風味も歯触りも良い。柔らかくえぐみもなく、食感もしっかりしていて煮崩れしないと良いことずくめのきのこで、旅館や料亭からも引き合いが強い。
社長が山で体感した生育環境を再現
やまぶしたけと同じく、とび色まいたけも荒木さんが何年も山に足を運んでさまざまなきのこを採取する中で見つけたものだ。汁物に入れても色落ちせず、風味も食感も良いまいたけを探して山に入ったところ、秋の初めに発見したという。その後、栽培するにはどのような環境が最適か確認するため社長が山に籠り、温度や湿度を肌で体感。温度24℃、湿度65%の環境で約45日間培養し、温度18℃、湿度99%以上の環境で約15日生育させている。
収穫したてのおいしさを保つため、切らずに株ごと販売
まいたけは通常カットしてパックに詰めて販売されているが、とび色まいたけはカットせず、株のまま箱に入れて販売している。その理由は、カットしてしまうと切ったところから細胞が壊れて香りが抜けて味も落ちてしまうから。株ごと販売することで、収穫したての一番おいしい状態で味わえるという。また、この販売スタイルは贈り物にも最適だ。美しい形と色の大きなまいたけはインパクトが強く、多くの方に喜ばれているという。
きのこ栽培を通じて、食に、社会に、人に貢献
もっと「食に、貢献、もっと「社会」に貢献、もっと「人」に貢献」をモットーとする最上まいたけは、きのこ文化の新たな価値を創造し、世界に発信している。その手段の一つが加工品製造だ。きのこパウダー、サプリメントなど人々の健康に貢献できる商品の開発に積極的に取り組んでいる。また、忙しい現代人が手軽においしくきのこ料理を楽しめるよう、冷凍舞茸てんぷらなどや炊き込みご飯の素といった商品も手掛ける。
令和2年には新工場である「ならやまファーム」を竣工。しいたけやまいたけの安定生産を目指し、さらに広く社会に貢献していく。
築いてきた技術を、次世代へ
最上まいたけでは、20代の若い世代への技術の伝承が課題で、時代に合わせた指導方法として、動画マニュアルの作成を検討しているという。具体的には、新人社員とベテラン社員それぞれの作業風景を撮影し、その違いを認識してもらうというもの。「社員とより良い関係を築きながら技術を継承し、これから先もより良いきのこを作っていきたい」と荒木さんと息子で常務取締役の賢人さんは先を見据える。
何十年もの間、何度も何度も森林に足を運んできのこを採取して培養したり、森林に籠ってきのこが好む環境を肌で感じたりと、きのこへの熱い情熱を持ち、地道に技術を築いてきた最上まいたけ。きのこが快適に過ごせる環境を試行錯誤する中で、我が子への愛情にも似た気持ちを抱いたのではないだろうか。その愛が実り、全国で唯一となるブランド「とび色まいたけ」の誕生に至った。唯一無二の食味や食感をこの先も多くの方が味わえるよう、築いてきた技術を受け継いでほしい。