小さな町工場から世界的ブランドへ 「バーミキュラ」躍進の裏側

小さな町工場から世界的ブランドへ 「バーミキュラ」躍進の裏側

愛知県名古屋市で生まれた鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」。密閉性の高い鋳物ホーロー鍋は、“無水調理” というトレンドを生み、料理愛好家だけではなく一般の家庭でも支持を得ている。バーミキュラを製造する愛知ドビー株式会社は、もともとは下請けの町工場だった。アイディアから生まれた最高峰の鍋の魅力に迫る。


製造業王国・愛知県で生まれた「最高の鍋」



ものづくりが盛んな愛知県。「令和3年経済センサス」によると、2020年の愛知県の製造品出荷額は全国の約14.6%を占め、44年連続で日本一になった。自動車などの輸送機械産業の発展を支えてきたのが、各部品を製造するメーカー、いわゆる下請け企業だ。そして、高い技術を持つ町工場から飛び出したアイデアが、ときに世界を驚かせることもある。愛知県名古屋市にある「愛知ドビー」もそのひとつだ。彼らが作る鋳物ホーロー鍋「バーミキュラ」は、「町工場から世界最高の製品を作りたい」という思いから誕生し、今や世界中で流通する一大ヒット商品になっている。バーミキュラの生みの親である愛知ドビーの代表取締役副社長・土方智晴さんに、製品誕生までの道のりを聞いた。


下請けから一大メーカーへ



愛知ドビーは、1936年に愛知県名古屋市で創業した鋳造メーカーだ。織機の1種である「ドビー織機」を製造していたが、土方さんの兄で代表取締役社長を務める邦裕さんが2001 年に家業である工場を継いでからは、日本の繊維産業の衰退にともなって、船舶やクレーン車に使われる精密部品「油圧部品」を作るようになった。

当時、邦裕さんが鋳造の職人となり、智晴さんが精密加工の職人となり、会社の技術力を向上させることで経営は上々。下請事業としての業績は好調だったが、同時に「下請けだけでは将来的に会社を成長させることができない」という危機感も抱えていたという。


「僕たちものづくり企業は、『いいものを作ってくれてありがとう』と言われることしか喜びがないんですよ。でも下請けだけではなかなかその喜びは感じられないと思いました。自分たちで考えたものを直接お客さまに届けて、喜んでいただけるものを作りたかった」と土方さん。そこで、鋳造の技術を使った“自分たちにしかできない、世界最高のなにか”を作ることを決意した。


「お客さまに喜んでいただくため」のプロダクト



とはいえ、小さな町工場に大掛かりな設備投資は難しい。鋳造技術と精密加工技術を用いたプロダクト作りをスタートさせたものの、当初はアイデアが浮かばず、難航したという。ある日、立ち寄った書店で、厚みのある鋳鉄で作られた蓋つきの鍋・ダッチオーブンが「魔法の鍋」と呼ばれて人気を集めていることを知った。「鍋で料理のおいしさが変わるわけがない」。半信半疑ながらも、当時販売されていた海外製の鋳物ホーロー鍋を購入した。実際に作った料理を口にすると、その味の違いに驚かされた。日頃使用している鍋で作った料理とはまるで別物のような「あったかい」味がしたのだ。


土方さんは「鋳物ホーローが、世界最高の鍋なのか?」と早速調べ始めた。だが、「密閉性が高く、無水調理ができるアルミやステンレス鍋」が鋳物ホーローよりも優れていると評価されていることがわかった。鋳物ホーローは、鉄が持つ「熱伝導の良さ」と、鋳物に含まれる炭素、ホーローの持つ「保温性と遠赤外線効果」を併せ持ち、調理に最適だと評価されていた。だが、鋳物は鋳造の段階でどうしても隙間ができてしまい、密閉性が低くなる。密閉性が低いから、素材の味を極限まで引き出すための無水調理が実現しない。その結果、密閉性の高いアルミやステンレスの方が評価が高かったのだ。


「ならば、兄の鋳造の技術と自分の精密加工の技術を組み合わせて密閉性の高い、無水調理ができる鋳物ホーロー鍋を作ることができれば、これが世界最高になるのでは」と土方さんは考えた。これが、バーミキュラ開発のきっかけだ。


鋳物×ホーローに悪戦苦闘



鋳物ホーロー鍋なのに、密閉性が高い。無水調理ができ、素材のうまみをそのまま料理に閉じ込めることができる。世界に1つだけの、世界で最高の鍋を作る。ゴールは見えたが、完成までは紆余曲折を経ることになる。「最初は3か月くらいあればできるだろうと思っていたのですが、まず、鋳物にホーロー加工を施す技術が日本にはなかったんです。とても難しくて」と土方さんは振り返る。


そもそも、ホーロー加工とは鉄やアルミなどの金属材料の表面に、ガラス質の釉薬をかけて高温で焼き上げること。鋳物ホーローは、鋳物にホーローをかけて800度で焼き上げる必要があるが、鋳物は720度前後から組織が融け始めて形が崩れ、さらに気泡が出現してしまう。つまり、ホーローを焼きつけようとすると、表面のホーローが気泡で凸凹になってしまい、焼きつけること自体が困難だったのだ。


偶然出会った素材・バーミキュラ



鍋の開発に使っていた鋳物はただ鉄を溶かすだけではなく、10種類以上のさまざまな物質を混ぜて化学反応を引き起こしたものだ。試行錯誤するうちに、その配合を変えることでホーローがかかりやすくなることが判明。ようやく鋳物にホーローを焼きつけることに成功するが、今度は密閉性の問題が立ちはだかった。鋳物の鍋は3mmと非常に薄く、精密加工をして密閉性を高めた鍋がホーロー加工の際に加えられる熱でどうしても歪んでしまい密閉性が崩れてしまうのだ。


そんなとき、土方さんの兄が新しい取引先から下請の事業を受注した。そこで出会ったのが、鋳物の特殊材質「コンパクテッド・バーミキュラ」だった。精密加工の過程で出た削りカスを見た土方さんは「根拠はないけど、これだったらもしかして」とひらめいたそうだ。強度が高く、熱伝導に優れるコンパクテッド・バーミキュラを基に材質を再開発することで、薄い鍋にもホーロー加工が可能に。そうして、念願だった密閉性の高い鋳物ホーロー鍋が実現。完成した鍋に「バーミキュラ」と名付けた。「偶然の受注がなかったら、実現は難しかったかもしれないです。運がよかったですよ」と土方さんは笑う。


「無水カレー」のヒットが、さらなる成功へ導いた



完成した「世界最高の鍋」バーミキュラは2010年2月に発売されると、料理研究家やSNSの口コミなどをきっかけに認知度を上げ、瞬く間に調理鍋としての地位を確立していった。ヒットのきっかけはなにか。土方さんに聞くと「無水カレーじゃないですかね」と言う。無水カレーとは、具材から出る水分だけで作られるカレーのこと。野菜のうまみが余すところなく凝縮され、口元に運ぶだけで芳醇な香りがパッと広がる。「水を使わずにカレーを作ることができる」というフレーズは世間にインパクトを与え、消費者に興味を持ってもらうには十分すぎるレシピだった。


ファンからのメールで気づかされたこと



2019年には工場から歩いてすぐの運河沿いに「バーミキュラビレッジ」をオープンさせた。実際にバーミキュラの鍋やフライパン、炊飯器(ライスポット)を使用して調理されたメニューを楽しめる飲食店や、専用の鍋で焼き上げたパンを販売するベーカリー、料理教室、ショップなど、「僕たちが世界最高だと自負している味を体験してほしい」という土方さんたちの思いが詰まっている。さらに、2021年には東京・代官山に「バーミキュラハウス」を出店。今や世界中にファンを持つ一大ブランドになった。


しかし、燃料や原料の高騰の影響を受け、2022年6月に各製品を約10%値上げせざるを得なくなってしまった。苦渋の決断だったが、原料の大部分を占める鉄の価格が膨れ上がり、販売価格に反映させるしかなかった。顧客から寄せられるメールには全て目を通しているという土方さんは「これだけ高くなったらもう買えない」「企業努力も大事ですよ」というファンからの切実なメッセージを目にすることになる。「僕たちは本当に努力したのかなと考えさせられました」という土方さん。このメールを機に、会社全体でコストダウンを徹底した。そして2023年4月、大幅な値下げを断行。値上げ前よりも安くなった製品もあるそうだ。土方さんは「めっちゃ大変なんですけど、たくさんの方に使ってほしいです」と胸を張る。


世界で一番、愛されるブランドにするために



現在、愛知ドビーは下請事業を受けていない。従業員の意識をバーミキュラに集中させるためだ。「小さい会社だけど、世界にないような圧倒的な製品を作りたい」という思いからスタートした世界最高の鍋作り。土方さんは「大変でしたし、今も苦しいことはあります。でも、仲間もどんどん増えて、信頼できるスタッフも多い。楽しんでやっています」と声を弾ませる。


今後の目標は、バーミキュラを世界で一番「愛される」調理器具のブランドにすること。ホーローは使い込むことで少しずつ剥げたり、傷んだりするが、バーミキュラでは再コーティングも受け付け、製品の寿命を延ばすことができる。一生使える世界最高の鍋。「自分たちで考えたものを直接お客さまに届けて、喜んでいただけるものを作りたかった」という土方さんの夢は、バーミキュラの人気とともにますます大きなビジョンへと成長している。


ACCESS

愛知ドビー株式会社
愛知県名古屋市中川区船戸町2 運河沿い バーミキュラ ビレッジ スタジオエリア
TEL 052-352-2531
URL https://www.vermicular.jp/