人工的に栽培することが難しいといわれる自然薯(じねんじょ)の栽培に力を入れ、安定して品質の高いものを全国へ普及させることに尽力する「やまいもまつり有限会社」代表取締役を務める井上容一さん。井上さんを自然薯の普及に突き動かすその魅力とは、はたして。
日本のローカルフード自然薯
スーパーでも、当たり前のように売られている山芋。あの、独特の粘り気や食感はさまざまな用途に利用されており、日本人であれば、誰しもが一度は口にしたことがあるのではないだろうか?
その粘り気から、すりおろして「とろろ」として食べられることが多いが、生で食べられる芋というのは世界的にも珍しく、消化酵素であるジアスターゼがでんぷんの一部を分解し、食べたものを速やかに消化吸収する作用があるので、生で食べても胃がもたれにくい。
また、古くから「山薬」とも呼ばれ、疲労回復や免疫力を高めるといった滋養強壮効果があるため、精進料理や漢方としても使用されていたこの食材、実は“山芋”という品種は正式には存在せず、世界に600種ほどあるヤマノイモ科という、つる性の植物の総称だ。国内では一般的に、長芋やイチョウ芋といった品種が「山芋(大和芋)」として流通している。“大和”という名がついているにも関わらず、そのほとんどが外来種というから驚く。
しかしその中に「ジャポニカ」という学名を持つ山芋がある。それこそが、日本原産種の「自然薯」だ。名前の由来は、その名の通り自然に生えているもの。古い書籍には「自然生」と記載されていたという。
それこそ日本では、米が主食となる以前、自然薯が主食として食べられていたといわれているほど日本人には関わりの深い食材。しかし、その収穫量の低さから次第に栽培がしやすく収穫も安定する外来種に取って代わられてしまった。
やまいもまつりの成り立ちとは
農業は日々進歩し、あらゆる農作物の栽培方法が確立されているが、自然薯の栽培は不可能といわれてきた。その理由は環境適応力の低さ。自然薯は非常にデリケートな植物で、ちょっとした環境の変化でも腐敗してしまったり、粘度や風味が落ちてしまうため、安定した品質を保った栽培が難しかった。そんな中、自然薯作りに約40年の歳月をかけ、栽培を確立してきた会社がある。山口県の東部、周南市にある「やまいもまつり有限会社」だ。
現在、同社では高品質の自然薯を年間約60トン生産し、出荷している。
この印象的な社名は「祭りごとのようにたくさんの人と関わりを持つ中で、人と人との絆を深め、自然の恵みに感謝し、地域や人々が豊かになっていくように」という創業者の願いが込められているそう。自然薯の生産から販売まで、自然薯専門業者として一途に取り組んできた同社の原動力とは。
自然薯作りのキッカケ
ことのはじまりは、先代が都会に憧れ上京した頃に遡る。都会育ちの友人たちが、休みの日にわざわざ山へ行き、自然薯掘りをするのを目の当たりにし、地元では山も自然薯も身近な存在だった先代は、カルチャーショックを受けたという。その経験から、「天然物が大半で、流通量が圧倒的に少ない自然薯を栽培したら需要があるのでは?」と思い、地元に戻り自然薯の生産に勤しんだ。
しかし、自然薯は栽培方法が確立されていなかったため、試行錯誤する日々が続く。
まず最初にはじめてみたのが、山と同じ環境を田んぼに作ること。しかし、これがなかなかうまくいかない。本来、自然薯は自然の山の中で深く根を伸ばしつづけて育っていくが、やまいもまつり有限会社の栽培環境は人工的に開墾した畑なので土が固く下へと伸びていかないのだ。そこで、自然環境では地中に根を伸ばし続ける習性を利用し、栽培容器に波板を使用することに。波板の畝間(うねま)に沿って根を横に伸ばしていく姿をイメージした。
(一般社団法人じねんじょうプロジェクト参照:https://www.jinenjyou.or.jp/saibaihou01.html)
波板を使って寝かせた状態にすることで、細い溝に沿って横へまっすぐ育つようになり、見事問題を解決。天然の自然薯は、香りや粘りの強さに個体差があるため、人工的な技術の導入が、安定した生産性や質の高い個体を生産する革新的な一歩となった。
ちなみに、自然薯のような“根もの”と呼ばれる植物は、水が当たるとすぐだめになってしまうため、常に水はけを良くしておかないといけない。波板は水はけも良く、あまり手がかからないというメリットもあった。
また、山中で自然薯を収穫する場合には、土を丁寧に深く掘り起こさないと途中で折れてしまうこともあり収穫するだけでもひと苦労なのだが、波板を使用することで、それをひっくり返すだけで収穫できるため、生産性、美しさともに格段に良くなった。
条件がいい圃場(ほじょう)
自然薯を栽培する畑の土は、野菜を作る畝(うね)としては大きく、1畝2mの幅と約60cmの高さで、育つ地温が外気温が変わってもあまり変化しないように、しっかりと土を当てて作っている。畑は山と違って、様々な農作物を育てるので、土の中にさまざまな雑菌がいるほか、大きく育てようと堆肥を入れると、それを微生物が分解する際にガスが出て、それが原因で自然薯は腐ってしまうこともある。
そのため、良い土壌を作るのに2年くらい休ませる必要があり、連作ができないのが栽培の難点。 かつて、このノウハウが確立できていない頃に、1年で5000本ほど腐らせてしまったことがあり、心が折れそうになったこともあったとか。
それでも未だに、肥料などのバランスの最適解が見つかったとは言い切れないので毎回、測りながら効果を試しているし、水分量には特に気を付けている。
品質にこだわるからこそ、徹底した生育管理と試行錯誤を繰り返している。
より多くのひとに自然薯を味わってもらいたい
自然薯の商品価値は非常に高く、長芋がキロあたり1000円くらいで販売されているのに対して、自然薯は同サイズで1万円ほど。味や香り、食感はもちろん、風格までもが一般的な長芋を凌駕しており、古くから高級品として扱われてきた。
贈答品としては天然ならではの野趣あふれるコクや粘り気の強さ、杖のような格好の良い曲がりのあるものが人気だが、料理がしやすくアクの少ない真っ直ぐした栽培ものは、普段使いとして需要が高い。
「人の手で育てているから天然物とちがって画一的で面白みは少ないが、食べればほかの山芋とのちがいが一目瞭然でわかる。自然薯のならではの粘りや香りに感動してもらいたいので安定した供給ができるよう研鑽を続ける」
その想いから、少しでも多くの人に自然薯のおいしさを感じてもらえるように加工工場を併設したレストラン「自然薯専門店はなたかめん」の経営もスタートさせた。
お店で提供している食事に、自然薯を楽しめる工夫がされており、すり鉢でとろろを混ぜる体験が出来る。自然薯の香りや粘りが体感出来るとあって評判だ。更に自然薯のチーズケーキやシフォンケーキなども提供しており、「カフェ」としても楽しめるようになって、このお店は落ち着いた雰囲気で自然薯を思う存分満喫できる空間となっている。
販売する自然薯商品も人気。ツルにつく実をムカゴというが、自然薯と同じ繊維質を持っていて皮ごと食べられるので、熱を入れるとホクホクしておいしいので塩茹でにすると良い。
また、生パスタ風のオリジナル自然薯麺もモチモチとした食感でリピーターが多い。
中でも一番の人気は、かりんとう。一見すると自然薯とは思えない見た目だが、噛めば噛むほど自然薯ならではの風味が広がっていく。そのほかにも、クッキーや大福、自然薯と米で作った焼酎など、商品バリエーションは豊富だ。
「6次産業という言葉が広まる以前から、加工品づくりには力を入れてきた。自然薯に馴染みがなく手が出しにくいという方にも、その美味しさを気軽に味わってもらえたら嬉しい。」と、井上さん。
現状、やまいもまつり有限会社の自然薯は、需要に対して供給が間に合っていない。もちろん、それを課題と捉える一方で、現在の生産量では賄えないほどのニーズがあるという考え方もある。そのニーズに応え、古来より日本人の舌を満足させてきた日本原産種をより多くの消費者へと普及していくため、さらなる技術の向上と、地域や農業の活性化を目指す。