日本酒の伝統製法「生酛(きもと)造り」は、深い味わいを生み出せるものの、品質を安定させることが困難で手間も時間もかかる手法。多くの酒蔵が酒造りの工程を簡素化するなか、「初孫」ブランドで知られる「東北銘醸」は、1893年(明治26年)の創業時から生酛造り一筋を貫いている。
山形の良質な米と水に恵まれた酒造りの街「酒田市」
東北銘醸がある酒田市は、山形県の北西部に位置する。酒田市がある庄内地方は、寒暖差のある気候条件や鳥海山・月山側から流れる豊かな水に恵まれていることから、日本有数の米どころとして知られている。また、県内49の酒蔵のうち7つは酒田市にあり、「酒」の字を冠するにふさわしい酒造りの街でもある。庄内産の良質な酒米や砂丘地の中硬水を使って造られる日本酒は全国的にも高く評価されている。
北前船の交易がきっかけで始まった酒造り
江戸時代には北前船で栄えた商人の街、酒田市。東北銘醸が誕生したのも、北前船の交易がきっかけだったという。のちに東北銘醸の創業者となる佐藤久吉氏は、米や紅花といった酒田の名産品を船で全国に運んで販売する廻船問屋で、仕入れた酒を蝦夷地へ販売することでも利益を得ていた。
その最中、庄内藩主の酒井氏の子孫が酒造りをしていることを知り、酒を自ら造って販売した方がより多くの富を得られると考えた佐藤久吉氏は、技術指導を受けながら酒造りを始めていく。
広々とした土地への移転
創業してから100年ほどは酒田市の中心部で酒造を行っていたが、手狭になったことで現在の広々とした砂丘地への移転を検討。酒造りは水が命であり、また生酛造りとなると微生物が生息していることが絶対条件となるため、移転前の1970年代に井戸を掘って水を化学分析したり、その土地で試験醸造し貯蔵熟成した酒野官能評価を含め入念なテストを重ねた。その結果、水や微生物などの条件が十分に整っており、品質の安定性が確認できたため、29年前にようやく現在の場所に移転した。
これほどまでに入念な調査を重ねて移転を決めるのだから、自社の酒造りにかけるこだわりは相当なものだろう。
こうして作られた醸造棟は長さが100メートルもある広々とした空間。伝統的な一升盛りの麹蓋が使われる製麹室や、手作業での山卸しをする酒母室なども備えているほか、麹の重さを自動計測し、温度管理も含めた製麹の工程を自動で制御する製麹機などの機械設備も導入。手作業の基本になる経験を生かしながら一部の作業は機械で効率的に行い、再現性を高めている。
生酛造り一筋 手間暇かけて造るコクと深い味わい
酒の主成分であるアルコールは酵母の発酵によって生成されるが、酒母を培養する方法は「生酛造り」と「速醸造り」の2種類がある。生酛造りは水と米と米麹をよくすり合わせ、天然の乳酸菌で乳酸を造り、酵母を培養していく。乳酸が増えて酸性の状態になると雑菌の繁殖を防げるようになるが、生酛造りは自然の力を利用するため乳酸が増えるまでに時間がかかり、その間、雑菌が繁殖しやすくなる。そこで、多くの酒蔵では酒母の仕込み当初に既成の乳酸を添加する「速醸造り」を行っている。乳酸を添加することで、生酛造りより早く酸性の環境になるため、雑菌の繁殖を防ぐことができる。また、乳酸が増える速度が速いため、酒母が速くできるというメリットもある。酒母の育成期間は生酛が20日以上、速醸は約14日程度。
生酛は手間と時間がかかるうえに高い技術が必要となるが、東北醸造では、高品質へのこだわりから創業以来130年もの間この手法を貫いている。生酛で育った酵母は、発酵力は穏やかだが発酵末期まで力を維持するため、糖分を消費し、辛口の酒質となる。さらに生酛で醸された酒は、乳酸菌のほか様々な微生物の働きにより、アミノ酸やペプチドが多くコクと深みのある味わいになる。
自然の力で味の幅が広がり、個性ある酒に
東北銘醸で取締役製造部長を務める後藤英之さんは、山形県を代表する名杜氏のひとり。国税庁醸造試験場主催の全国新酒鑑評会での連続入賞をはじめ、全国選抜品評会で第1位の栄誉に輝くなど実績を残している。
杜氏として40年以上のキャリアを持つ後藤さんは、「入社前『生酛造りは大変だぞ』と周りの人に言われたが、入ってみたら神経を使う仕事で本当に大変だった。しかし、自然に鍛えられた培地(酒母)の中で育った酵母は大変強く、酵母の特性がしっかり出た個性ある酒ができる点に大きな魅力を感じている。また、生酛造りは製法やレシピを変えるだけで、味のバラエティが出るおもしろさがある」と話す。
東北銘醸では地元・山形県で生産された酒米「出羽燦燦(でわさんさん)」「出羽の里」「美山錦(みやまにしき)」を多く使用。「出羽燦燦」の雑味が少なく香り豊かな味わい、「出羽の里」の甘みがありすっきりとした味わい、「美山錦」は軽やかでキレのある味わいなど、それぞれの米の個性を生かすよう醸造している。
世界に認められ、多くの方に愛される酒に
創業当時、酒名は「金久」だったが、昭和初期に創業者に待望の孫ができたことで「かわいい孫のように多くの方に愛される酒になってほしい」という願いを込めて「初孫」と改名。その願いの通り、今では日本のみならず世界に知られる酒に育った。
きっかけは、イギリスのロンドンで毎年4月に開催される世界最大級のワインコンペ「IWC(インターナショナル・ワイン・チャレンジ)」。2007年からそのコンペ内に純米酒の部、純米吟醸酒の部、純米大吟醸の部など日本酒に関する9部門が設けられたのだが、2018年には本醸造酒部門で「初孫 伝承生酛」が、2019年には吟醸酒部門で「初孫 冬のカノン」が、2020年には大吟醸部門で「初孫 大吟醸」が第1位に輝くなど、3年連続で素晴らしい成績を残した。
キレ味抜群の1本 魔除けの縁起物「魔斬(まきり)」
ちなみに「初孫」は味の濃さ、飲み口のキレの良さが自慢。吟醸系はクリアな味わい、お燗ができる酒はしっかりとした味わいが特徴だ。なかでも辛口好きにおすすめするのが「純米本辛口 魔斬」。魔斬とは、漁師などが使う酒田特産の小刀のこと。魔を斬ることから、魔除けの縁起物とされている。
その名の通りキレ味が抜群で、刺身や寿司と好相性。キレを味わいながら、生酛ならではの味の深みも同時に楽しめる1本。さまざまな温度で楽しめる、初孫の中でも安定した人気を誇る商品だ。
手に取りやすい価格帯 初孫の誕生を祝う出産祝いとしても人気
手間や時間がかかり高い技術を必要とする生酛造りだが、初孫ブランドは製造工程の効率化により手に取りやすい価格帯を実現。地元のみならず、関東地方の飲食店でも引き合いが強い。また、「初孫」という名前から出産祝い需要も高く、瓶への名入れで祝いの場を彩る一品にもなっている。
時代が変わっても、伝統的な酒造りを貫く
伝統の技を今に受け継ぎながら常に品質本位の姿勢を貫き、生産石数、醸造技術ともに山形県を代表する酒蔵である東北銘醸。今後の展望について、佐藤淳司社長は「今後も生酛造りの伝統を貫きながらも、消費者ニーズに合わせたアルコール度数や口当たりを模索していきたい」と話す。日本酒はアルコール度数が高く、敬遠する人が多い。そのため、ある程度の度数まで落とすことが必要だという。それは単に低アルコールにするということではなく、麹歩合などを変えてのど越しを柔らかくし、美味しさと飲みやすさを両立させた酒に仕上げるということだ。
「時代とともに日本酒の消費量が減少するなど順調にいかないことも多いが、試練は私たちを鍛えてくれる。生酛造りを貫く初孫の魅力がより多くの方に理解されると信じ、原点を大切に酒造りに励んでいきたい」。
さまざまな業界で省力化が進む中、全量生酛造りにこだわるのは、現代の日本酒業界では非常に珍しい。美味しい酒を造るための手間は惜しまず、酒造りに真摯に向き合う姿勢は多くの初孫ファンを生み出してきた。自然の力と蔵人たちの技術の融合でできたこの土地ならではの味は、これからも進化しながら時代を超えて愛され続けていくだろう。