焼き物の里である三重県伊賀市の丸柱で、自作の窯による作陶を行う陶芸家の城 進さん。
アフリカの泥染にインスパイアされた鉄絵をはじめ、灰釉粉引や焼き締めなど多彩な技法を駆使した普段使いの器を主に制作。
作家の個性が光る土の趣豊かな器はとても使いやすく、食卓に温もりを添えてくれます。
どっしりとした温かみのあるフォルムに、多国籍ムードが漂う柄と渋みのある色合いが特徴的な陶芸作家・城進さんの器。彼の代名詞ともいえる「鉄絵」シリーズは、それ単体では個性的で主張が強い印象なのだが、料理を盛り付けると不思議となじみ、食卓にすっととけ込むのが魅力だ。和、洋、中どんな料理も受けとめるようなその包容力は、料理愛好家たちから熱い支持を受けている。
日本の産地を巡る旅から世界へ
大阪府出身の城さん。幼いころから物づくりに興味があり、大学は京都精華大学へ進学した。大学では陶芸を専攻し、卒業後は、すぐにクラフト作家のもとに弟子入りしたのだが、まもなく日本中の窯元を巡る旅に出てしまう。
旅では、有田、信楽、常滑、笠間など、焼き物の名産地を巡った。しかし、旅の途中で「色々あって面白いけれど、もっと違ったものも見てみたい」と感じ、24歳のときに、海外へ飛び出した。
「気づけば、大阪から上海行きのフェリーに乗っていましたね。」
好奇心と行動力のかたまりのような城さん。陶芸で生きていこうと決めてはいたものの、修行するより、まずは世界を見て知見を広げることを優先した。上海、北京、チベット、ネパール、インド、パキスタン、タイ、ベトナム、シンガポール、韓国、イラン、トルコ、エジプト、イスラエル、ケニア、エチオピア。出国と帰国を繰り返し、約2年半の間に、50近い国々を周ったという。
現地の暮らしを肌で感じたことが今に生きる
日本国内で窯元を巡った時とは異なり、世界各地の旅はクラフト以外にも城さんの感性を刺激した。その国、そこにある町や村では、いったいどんな暮らしをしているのか? 食べ物や服、文化や伝統など、興味は尽きることがなかった。
それゆえ、言葉が通じない国でも城さんは臆することなく、地元の人の輪の中に入りコミュニケーションを取っていった。現地の店や市場で見かけた壺や瓶、食器が気になれば、どこで作られているのかを調べて足を運び、頼み込んで仕事を手伝わせてもらうこともあったという。
「陶芸を学んでいたとはいえ、それまで自分が学んだ程度の技術は通用しませんでしたね。どこでもできると思っていましたが、現実は甘くなかった。ろくろの回転が反対だったり、斜めに回すところもあったりして。まだまだ知らないことだらけだと実感しました」
現地の人と交流を重ねながら、その土地の暮らしを体感して生活に密着した現地の工芸品に触れたことは城さんにとって大きな財産となった。
その時代、風土にあった暮らしのなかで使える物を作りたい。そう思えたのは世界各地を周った経験からだと城さんは話す。
焼き物の里・三重県伊賀市に拠点を構える
帰国後は三重県伊賀市に拠点を置いた城さん。伊賀といえば真っ先に忍者を思い浮かべる人が多いかもしれないが、伊賀焼の産地としても有名だ。
三重県の北西部に位置する伊賀市周辺は、かつて琵琶湖の底だったといわれ、古琵琶湖層から良質な陶土がとれる。また、薪窯に使う薪に最適な赤松の森林も多く、焼き物に欠かせない資源が豊富なことから焼き物の文化が発展していったといわれている。
城さんの工房がある丸柱(まるばしら)地域は、30軒ほどの窯元が軒を連ねる焼き物の里だ。200年近い歴史を誇る窯元もあり、現在でも、あちらこちらから窯の煙が立ち上っている。作陶するにはとてもいい環境で、城さんのように移住してくる陶芸家も多いという。 「三重県の海側に位置する四日市市も焼き物が盛んで、萬古焼(ばんこやき)が有名です。さらに近くには滋賀県の信楽焼もあります。いい土があって、まわりは窯元ばかりなので、遠慮なく薪窯が使えるのもいいですね。『ようがんばってるな』と声をかけてくれるのが励みになります」と、うれしそうに話す。
西アフリカの泥染めに魅せられ、焼き物に昇華
世界各地で目にしたものを取り入れ、作陶をしようと目論んでいた城さんだったが、完成した作品は、なんだか思っていたものとちがった。
「世界で見てきたものを真似してみたが、何かがちがう。今さら現地で感じた魅力を自分のモノにする技術もないし、どうしたらいいのかわからなかったですね」
そこで一旦、日本の伝統的な焼き物を作ることにした城さん。そこで身につけたのは柔らかい白色が特徴の“粉引”や力強い褐色の“アメ釉”など、現在の城さんの作風につながるものばかり。
そんな最中、美濃焼のひとつである黄瀬戸(きせと)の釉薬が、西アフリカ・マリ共和国で見た泥染めの色合いに似ているように感じた。
そのリファレンスは、世界を旅するなかで城さんの心に強烈な印象を残した「ボゴラン」と呼ばれる泥染めの布。ボゴランはマリ共和国の伝統工芸品で、樹木の葉で黄色く染めた上から泥で柄を描いたもの。城さんは、お守りとしての意味を持つそれに底知れないパワーを感じたという。その力強い幾何学的な模様に惹かれ「この泥染めの雰囲気を焼き物で出せないか」と考えていた城さんは、すぐに試作を重ねた。
素朴ながらエネルギーを感じる「鉄絵」
思い立ったらすぐ行動に移すのが、城さんの良いところ。茶色の布に黒で描かれたボゴランを表現したいと、さまざまな模様を試してみた。「これは和食で使うには料理と喧嘩してしまう柄だな」とか「これだと少し模様がうるさいな」とか。色々と模索して、ようやくたどり着いたのが杉綾(すぎあや)紋。世界ではヘリンボーンと呼ばれる模様だ。
「この模様も最初は主張が強いかなと思っていたのですが、いざ使ってみると料理が映えて、食事と馴染むんです」
泥染めの力強さ、風合いを表現するために技法にもこだわった。最初は弁柄(べんがら)という酸化鉄を主成分とした染料を使う“鉄絵”にしたかったのだが、筆だと線が整いすぎてしまい、染物独特の滲みが表現できなかった。
そのため、ここでも試行錯誤を繰り返し、釘で表面を削って線を描いて、そこに弁柄を塗る象嵌(ぞうがん)という技法に行きついた。
「釘で線を引く前に撥水剤をかけています。器の表面を釘で削ることで、そこだけ撥水しなくなるんです。そこに弁柄を塗って、素焼きをすると撥水剤が飛ぶので全体に黄瀬戸釉をかけて焼きあげます。弁柄と黄瀬戸釉が反応して、この独特なにじみ、色合いができました。赤土を使っているのも泥染めに近い雰囲気になった要因だと思います」
持ち前の好奇心と探求心が実を結び、オリジナルの鉄絵シリーズが完成。これが城さんの代表作となっていく。存在感がありながらも、素朴で日常になじむ器たち。マグカップや角皿、茶碗など日々の暮らしに寄り添った城さんの器を支持するファンは多い。
三重県といえば土鍋。土の特性を生かした調理道具
城さんの器はどんな料理にも合うが、なかでも火を使った熱々な料理との相性は抜群だ。土鍋やグラタン皿など耐熱の器は非常に人気が高い。
じつは、三重県は土鍋の産地としても有名であり、四日市の萬古焼は土鍋の生産量が日本一を誇り、国内生産の約8割を占める。
伊賀焼もそうだが、耐火度が高く、蓄熱性、耐熱性に優れていて、古くから急須や鍋に用いられてきたこの地域の焼き物。このあたりでとれる土の特性を存分に生かしたのが土鍋なのだから、熱い料理との相性は、三重県の歴史そのものと言えるのではないだろうか。
生活で使うものがベース
世界を旅して周った20代の頃からずっと変わらないのは、その土地の暮らしに合った物づくりをするという考え方。特別なものではなく、日々の生活で使うものを作っていきたいという思いが根底にある。
代表的な鉄絵シリーズだけでなく、粉引、アメ釉、焼き締めなど、さまざまな技法を使って、今 の暮らしに合うもの、ずっと使い続けられるスタンダードを生み出していきたいと城さんは話す。
「土鍋もそうですが、使い方はその人次第。グラタン皿でひとりすき焼きをしているという方もいました。マグカップに花を飾ってもいいし、花入れにカトラリーを入れてもいい。その人の暮らし、生活に合わせて使ってくれたらうれしいですね」
日常使いのできる器が並ぶ棚に、ひと際目を引くユニークなものを見つけた。陶器の地球儀だ。実用性は低いが、黄色がかったアンティーク調の色合いの球体に世界地図が浮き上がって見え、インテリアとして評判が良かったという。
「泥染めもそうですが、見て触れて自分がいいなと思ったものを自分らしい表現で作るのが楽しいんです。最近では韓国で見た高麗青磁(こうらいせいじ)に施された模様を浮き上がらせて彫る“陽刻”(ようこく)という技法に刺激を受けて食器作りを始めたのですが、まだ自分のモノにはなっていなくて。だけど作ってみたいと思っていた地球儀がそれにピタッとはまったんです。たまにはこういうのも面白いでしょ」
自分が好きなものを発信
泥染めにインスピレーションを受けて生み出した鉄絵シリーズを発表してから約20年。杉綾紋だけでなく螺旋を描いたものなど柄のバリエーションも増えた。土の風合いをダイレクトに感じられる焼き締め、白磁や粉引などの白い器も人気が高い。
「粉引というと白化粧と思われがちですが、黄色や緑っぽいものもあるんですよ。土によっても表情が変わります」
国内外で見て触れたものに刺激を受けながら、新しい作品作りへの情熱も冷めることがない。
「人と会っておいしい食事と酒を楽しみながら話をするのは刺激があっていいですね。すぐに作品に直結するわけではないけれど、ふとしたときにアイデアとしてわいてくることも。これからも旅のエッセンスを加えながら、自分が好きと思えるものを作っていきたいですね」
普段使いしてほしいから、自分が使ってみて良いと感じたものだけを勧めたいという城さん。だからこそ、その作品には細部まで使いやすさや手入れのしやすさが感じられるのだろう。城さんの器は気取らない普段着のようでありながら、料理を余所行のような華やかさに変える不思議な力があるように感じる。たとえば、トースト1枚であっても、城さんの器に乗せれば優雅な朝食タイムになってしまう。そんな魅力的な器をぜひ手にとってみてほしい。
今の生活に馴染む。和にも洋にも合う。どこにでもありそうでどこにもない。そして、ちょっとアクセントになる。そんな日常に使える器を作りたいという思いで、日々作陶しております。私の器によって、食卓を囲むひと時が「ちょっといい時間」になれば嬉しいです。