溶かした金属を型に流し込んで製造する、鋳物。鋳物の調理道具といえば、どうしても分厚くて重いイメージがつきまとう。フライパンにしろ鍋にしろ、特に女性はその重量感のために扱いづらく感じたり、洗うときストレスを感じることも多いはず。そこに目をつけて「薄く軽くする」技術に特化した製品づくりを行なっている鋳物製造工場が新潟県三条市にある「三条特殊鋳工所」だ。
機械部品製造からの転機
新潟県のほぼ中央に位置する三条市は、隣接する燕市と並び、江戸時代の和釘づくりから発展し、金属を鍛錬して製品をつくり出す鍛冶職人の技術が伝統的に培われてきた。刃物や金属、洋食器などの製造が盛んなエリアとして知られている。三条特殊鋳工所が創業したのは昭和36年(1961年)。三条特殊鋳工所もその地域文化を受け継ぎ、機械部品などの鋳物製品の製造から工場の歴史をはじめた。長年、強度と精密さが求められる自動車部品をはじめ、さまざまな機械の部品製造を本業としてきたが、強みは軽量で扱いやすい部品製造。重さで値段が決まる鋳物の世界では、軽量部品に対する評価はあまり納得のいくものではなかった。転機が必要だった。
調理器具に見出した新しい光
転機が訪れたのは平成22年(2010年)。とあるキッチンウェアブランドからOEMで依頼された鋳物調理器具の仕事だった。「軽くて丈夫な極薄のフライパンをつくってほしい」という依頼に、同社がこれまで培ってきた技術力と職人のプライドを集結させた。その結果見事に期待に応える商品ができあがった。
「フライパンがうまくできたから、これなら自社製品にもトライしたいね、ということで軽くて扱いやすい鋳物ホーロー鍋にチャレンジすることになったんです。」と同社CEOの内山照嘉さん。自身の生活の中でも鋳物鍋を使っている家族がその重さに苦労している姿を見てきた。それがチャレンジしてみるきっかけになったという。
「下請け会社がこのように自社のブランドを立ち上げるのは、自分たちが成長するうえで、いつか乗り越えなければいけない壁なんです。この会社の強みは、薄さを実現する技術と、それによる軽さ、そして熱伝導率のよい商品をつくれることです。」
このノウハウを活かし、平成26年(2014年)に自社ブランドを立ち上げる。ブランド名は“唯一の”を意味する「unique(ユニーク)」と“合金”を意味する「alloy(アロイ)」を合わせUNILLOY(ユニロイ)とした。デザインは山田耕民(やまだこうみん)氏を起用。デザインを担当した製品が国内外の名だたるプロダクトデザイン賞を受賞し、ニューヨーク近代美術館に担当作品が収蔵されるなどで広く知られる人物だ。完成までの約2年の間、世界一のモノを作りたいという職人達のプライドをかけた挑戦が続いた。繰り返した試作の数は200以上。鋳物ホーロー鍋を皮切りに、フライパンも発売し、クラウドファウンディングに出品したのをきっかけに知名度も上がって売り上げも大きく伸びた。2015年には、ドイツで行われるデザインアワード「Red Dot Award :Product Design 2015」で世界56カ国、5000件ほど集まった応募作品の中から、ユニロイ鋳物ホーロー鍋が最高賞を受賞するという快挙を達成した。
常識を覆す軽さを生んだ職人たちの技術力
軽さを実現するためには、通常の鋳物では考えられない薄い設計にする必要があった。高温に熱して溶かした液体状の金属を型に流し込んでいく工程(鋳込み)で、薄い設計がゆえに型が狭く、流し込むスピードが落ちる為、途中で金属が急激に冷まされてしまう。型の最後まで素材が行き届く前に凝固が始まってしまうなどの不具合が起きた。薄い構造を維持しながら型全体に鋳込むことが最大の壁となり、試作は困難を極めた。しかし工場・職人たちの高い技術力とプライドが薄さの要望をクリアする。
「薄いものをつくるのは難しい。最初は100個作ったらそのうち80個は不良品だった」と内山さん。
例えばフライパンの場合、通常の市販の鋳物フライパンは厚さ4〜5mmのものが多いが、ユニロイのフライパンはわずか2.5mm。それは最も熱伝導率のよい厚さで、蓄熱性も高いという。表面は香ばしく、それでいて中はジューシーな料理を可能にし、肉料理や魚料理にその実力を発揮する。
薄いぶんだけ軽いため扱いやすく、毎日気軽に使うことができる。ホーロー鍋は、鋳物の特徴のひとつである一体成型の利点を活かし、鍋本体から取っ手まで継ぎ目のない美しいデザインを可能にした。耐久性の面だけでなく、人間工学に基づいた使いやすさ、ストレスの感じにくさがポイントだ。人気商品はマットな黒のホーロー鍋で、最も数が売れているのはフライパンだという。
新しい商品への挑戦を止めない
三条特殊鋳工所の技術力が詰まった「ユニロイ」はあえて特許申請をしないという。特許を取得せずとも他の追随を許さない技術力に自信があるからこそ。この技術力を活かした新たなる商品の開発に余念がない。
現在はフライパンとホーロー鍋の他にも、キャンプで使える鋳鉄ギア(キャンプツールブランド「SSCamp!」)など、軽さと使いやすさが特徴の商品を多数ラインナップしている。昨今のキャンプブームも後押しし、愛好家たちから注目されているアイテムだ。
「これから先も、自分たちの技術を活かした商品開発を通して鋳物の価値を世界中に知ってもらいたい。」と内山さんは意気込む。
そんな三条特殊鋳工所の工場では女性も活躍している。夏は暑く、冬は寒い。高温の金属を扱う現場は危険で過酷な職場だともいえる。それでも鋳物の価値・魅力を高め、そしてそれを広めること、それが自分たちの使命だと一人一人の職人たちがプライドを持って日々仕事に励んでいる。地域の伝統を守ることへの誇りと、紡がれていく新しい歴史のページに自分という人間が関われることへの喜びがやりがいにつながっているのだと。
伝統と革新性が生んだ鋳造法の、その技術の結晶のようなキッチンアイテムは、薄さと軽さが魅力のアイテムだが、そこには職人たちの熱い“想い”がずっしりと込められている。