日本茶全体のわずか0.03%に満たない“釜炒り茶”を自然農で 「上ノ原製茶園」/長崎県佐々町

長崎県北部。海を見下ろす韮岳(にらだけ)の山頂にある「上ノ原製茶園」の緑茶は、日本茶の中でも極めて希少な“釜炒り”製法で作られる。“蒸し”が主流の茶業界でなぜ“釜炒り”を貫き続けるのか。釜炒り茶の魅力と、お茶づくりに込めるその思いに迫った。

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昔ながらの茶製法「釜炒り茶」

お茶は大きく、「発酵茶」「半発酵茶」「不発酵茶」の3つに分けられることは、お茶を嗜む人なら耳にしたことがあるかもしれない。お茶でいう発酵とは、酸化酵素の働きで茶葉を酸化させること。しっかりと発酵させた「発酵茶」は紅茶のことを指し、「半発酵茶」はウーロン茶、そして「不発酵茶」が、私たちが日常的に飲んでいる、いわゆる緑茶のことだ。

一般的に流通している緑茶は、摘んだ茶葉を蒸して加熱し、酵素を失活させることで発酵を止める製法を用いて作られる。しかしそんな緑茶の中でも、“蒸す”のではなく“炒る”ことによって発酵を止める「釜炒り茶」というお茶が存在していることをご存知だろうか。釜で炒ることによって生まれる釜香(かまか)と呼ばれる香りと、透き通った黄金色の水色が特徴だ。  

釜炒り茶は緑茶の原点

釜炒りの製法は15世紀頃に中国から九州地方に伝わったとされている。1700年代に日本独自の蒸し製法である煎茶が登場すると、その風味はもちろん、製造効率の高さや量産のしやすさなどから釜炒り茶に取って代わり、以降現在に至るまで、日本で生産されている緑茶のほぼ全てが煎茶となった。逆を言えば、煎茶が普及するまで日本の緑茶はすべて釜炒り製法だったというわけだ。今や釜炒り茶は、緑茶全体の実に0.03%(全国茶生産団体連合会「令和2年茶種別生産実績」による)に満たない量しか作られていない。そのほとんどは、長崎県、宮崎県、熊本県、佐賀県と、九州地方を中心にごく一部の地域に限られたものとなっている。  

希少な釜炒り茶を作り続けて70年

滅多にお目にかかることができない釜炒り茶だが、そんな希少なお茶を現在も作り続けているのが、長崎県にある上ノ原製茶園だ。日本本土の最西端にほど近い県北部・北松浦郡佐々町(さざちょう)。韮岳の頂上、標高350メートルの高原で、上ノ原宏二さん夫妻が営んでいる。  

70年前、この地に茶畑を開墾したのは宏二さんの祖父・上ノ原喜助さん。当時は周りも釜炒り茶ばかりを作っていたが、近代化の波とともに蒸し製機械の導入が全国的に広がり、九州地方の釜炒り茶工場も、瞬く間に煎茶へと移行していった。

意図せず残った釜炒り製法

1970年代当時、上ノ原製茶園が蒸し製の機械を導入しなかった理由は、なんと「工場を新しくした直後で資金がなかった」こと。「工場や機械を新調したばかりで、またすぐに機械を買い直すことができず、取り残された感じでした」と、宏二さんは苦笑しながら当時を振り返る。この時、蒸し製法を導入“しそびれた”ことが、上ノ原製茶園が図らずも釜炒り茶を貫き続けるひとつの契機となった。  

煎茶とは違う魅力を伝えたい

とはいえ事実、上ノ原製茶園にある釜炒りの機械は、一般的な蒸し製法の機械と比べると、その処理能力は3分の1程度とかなり低い。「煎茶は製造効率も高いですし、加熱段階で旨味成分が残りやすいので、品質が評価されやすく市場に流通しやすいんですね」と宏二さん。周囲が煎茶の製造にシフトしていく中、一時期は焦りや不安もあったと言うが、「釜炒り茶を作っているところは自分たちを含めてもほとんどいません。だからこそ、その味を自分たちが残していかないと」と、茶作りに励んできた。  

「“旨み”を品質の定義とするのであれば、煎茶が評価されやすいのは間違いないと思うんです。でも食事と合わせるならどのお茶にしようか?となると、旨味が強いお茶よりも、料理の邪魔をしないすっきりとしたお茶のほうが好まれやすい。そういう意味で釜炒りはいいですよ。揚げ物なんかにもすごく合います」と宏二さん。実際、中国や台湾では食中茶として日常的に釜炒り茶を飲むのが主流となっている。宏二さんも「煎茶とは一味違う釜炒り茶ならではの魅力を少しでも多くの人に知ってほしい」と、釜炒り茶の可能性を追究しながら研究を重ねる毎日だ。  

リラックス・快眠などに効果をもたらす健康茶も

そんな釜炒り茶の新たな挑戦として、30年ほど前より「ギャバロン茶」の生産を始めた宏二さん。ギャバロン茶とは、1980年代に茶業試験場(現・野菜茶業研究所)の研究中に偶然生まれたという、比較的新しい自然健康茶だ。緑茶の生葉を嫌気処理(酸素のない環境下に置く)することで、葉のなかの酵素が「ギャバ(γアミノ酪酸)」と呼ばれる成分に変化する働きを生かして製造されている。

この「ギャバ」とはアミノ酸の一種で、リラックス効果をもたらしストレスを軽減したり、睡眠の質を高めるなどの効果が期待できるとされている。また動脈硬化を引き起こすコレステロールと中性脂肪の増加を抑制するなど、近年その注目度はますます高まりを見せている。主要成分の「ギャバ」とウーロン茶の「ロン」をとって命名された「ギャバロン茶」。製法はウーロン茶を作る製法と同じで、半発酵茶に分類される。「成分を損なわずに、かつ釜炒り製法で独特の香りを抑えつつ、飲みやすさを追究しています」と宏二さん。試行錯誤を重ねてギャバロン茶特有の苦みやえぐみをなくし、あっさりとしたウーロン茶のような味わいに仕上げている。  

体調に合わせたオリジナルブレンド茶も

そのほか、ギャバロン茶に薬草を合わせて作る「涸草茶(こそうちゃ)・天賦のちから」も製造・販売している上ノ原製茶園。ドクダミ、ベニバナ、黒豆、ハトムギ、ビワの葉など、11種類の薬草をブレンドしたお茶を基に、飲む人の体調に合わせて調合したオリジナルブレンドにも対応。「お茶は毎日飲むもの。漢方薬のように、基礎体温を上げて免疫力を高めるなど、じんわりと体質改善につながるようなお茶を提供できたらいいですね」と、釜炒り茶の可能性に取り組み続ける。

直売店もオープン

2010年には、「釜炒り茶の文化を守り、その魅力を伝えたい」と、佐々町の中心部に和風喫茶「息福(いっぷく)」をオープン。上ノ原製茶園の釜炒り茶をはじめ様々な商品を購入できるほか、釜炒り茶で作る茶漬けや手作りぜんざいなどを味わいながらくつろぐことができる。  

無農薬・無化学肥料で自然のままに

上ノ原製茶園では、「より自然に寄り添ったお茶を」と、育てているお茶のすべてを6年ほど前に無農薬に切り替えた。3年前からは自然農へとシフトし、農薬だけではなく肥料も使わず、限りなく自然に近い環境でお茶を栽培している。手作業で除草こそするが、「とにかく自然に任せて。ある意味作業性はものすごくよくなりましたし、お金もかからなくなりました」と宏二さん。「やり方を変えた頃は収穫が半分になったり、うまくいかないことも多かったんですが、今年に入ってからは畑の生育環境がぐっと良くなって、味も、収穫量も安定してきましたね」  

自然に寄り添い、必要なことだけを、無理なく

「煎茶のほうが需要があるかもしれませんが、だからといって煎茶をたくさん作るよりも、必要としている方に届く分だけ、売れる量だけ、釜炒り茶を作るのが僕のできること」と宏二さん。無理に背伸びをせず、自分の手が届く範囲でお茶を愛でるその姿を見ていると、黄金色に透き通った釜炒り茶の味わいもまた格別なものとなる。

「お茶の木に農薬をあげなくても、肥料をあげなくても、自然のままでもきちんと芽を出し、おいしいお茶ができるんですよ。もともと決して肥沃とはいえないこの土地に祖父が茶の木を植え、父と私に受け継がれて、根付いてきた。そして今、自然の力で、出したい芽を出すようになったんだなと思うと、感慨深いものがあります。釜炒り茶を飲みたいという人がいる限り、この茶の木を絶やさず、お茶を作っていきたいですね」

そう話しながら、風がさわやかに吹き抜ける韮岳の山頂に広がる茶畑を背に、宏二さんは頬を緩ませる。  

ACCESS

上ノ原製茶園
北松浦郡佐々町八口免1-11
URL http://tenpunochikara.jp/
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