長崎県壱岐島の水、風、土、太陽が健やかに育む、生でおいしいアスパラガス

長崎県壱岐島の水、風、土、太陽が健やかに育む、生でおいしいアスパラガス

おいしいアスパラガスの産地は?という問いに「壱岐市」と真っ先に答える人は少ないかもしれない。しかし実は、全国の有名レストランほか多くの食のプロに選ばれるアスパラガス農園が長崎県の離島・壱岐にある。「このみ農園」の許斐民仁さんを訪ね、壱岐産アスパラガスの特徴とおいしさの理由を聞いた。

おいしいアスパラガスの産地・壱岐島

971島と、日本で最も多くの島を有する長崎県。その北側、九州と対馬のほぼ中間地点に浮かぶのが、日本最古の歴史書「古事記」にも登場する「壱岐島」だ。神話とのゆかりが深く、島内に150以上の神社が点在するため「神々が宿る島」としても知られており、手付かずの自然が残るパワースポットとして人気を集める。穏やかな気候、豊かな海、肥沃な土地の恩恵を受け、古来より漁業や米作りが盛んだったが、近年注目される農産物といえば、間違いなくアスパラガスだろう。


壱岐のアスパラガスはなぜおいしいのか

アスパラガスは収穫時のピークともなると、一つの株を取り囲むように食用となる茎が次々と芽吹き、しかも24時間で10~15cmほど一気に伸びる。旺盛な生命力を支えるためには大量の肥料と水が必要となり、これが別名「畑のブタ」と呼ばれる所以となった。つまり良質なアスパラガスには「強い力を持つ土地」が不可欠であり、肥沃な土と地下水を豊富に蓄えている壱岐島は栽培条件にぴったりなのだ。近年では島全体でアスパラガスを基幹作物に据えた様々な取り組みが行われており、評価がますます高まっている。


島全体で取り組む「壱岐市アスパラガスプロジェクト」

壱岐の土壌を語る上で欠かせないのが、幻の和牛とも呼ばれる「壱岐牛」の存在だ。高級和牛の仔牛の産地としても名高い壱岐島には、多くの繁殖農家や肥育農家がいる。ここから得られた堆肥を十分に分解・発酵させて「完熟堆肥」を作り、野菜づくりに最も適した玄武岩の土に配合することで、質の良いアスパラガスが育まれる。壱岐市に70件ほどある全てのアスパラガス農家が、環境にやさしい農業を実践する生産者「エコファーマー」の認定を受けていることや、loTセンサーを用いた自動潅水システムなどのスマート農業を取り入れているのもブランド力を高める大きな理由だ。こうした地道な努力、データとノウハウの蓄積、新技術の搭載によってさらに壱岐産アスパラガスの質と評価が向上し、2011年には日本農業大賞も受賞した。




健全な環境保全型農業を営む「このみ農園」

このみ農園」を訪問したのは4月末。島の中心部、国道382号沿いにあるテニスコート約12面分のビニールハウスには、背丈2mほどのアスパラガスの木が整然と並び、小さく可憐な黄色い花を咲かせていた。株の脇からニョキニョキと顔を出した茎を指差しながら、「今収穫してるのは春アスパラです」と迎えてくれたのは、2代目の許斐民仁(このみ たみひと)さん。アスパラガスの鮮やかなグリーンを引き立たせるために身に着けるようになったという、真っ赤な作業服と笑顔が眩しい。




「このみ農園」の歴史

米農家だった許斐家がアスパラガス栽培をスタートさせたのは、民仁さんの父・誠仁さんの代である1997年のこと。アスパラガスは、田植え機やコンバインなどの大型機械を必要とせずハサミ一本で収穫でき、さらにシーズン中は毎日の収入が確保される。一方、米農家の収穫は年に一度。これまで幾度となく台風などの風水害に遭い、収穫量が減ったり質が落ちたりした苦い経験を踏まえると、米だけで生計を立てるのはリスキーであると判断したためだ。アスパラガスを壱岐島の基幹作物に据えるという、当時始動したばかりの行政事業の機運も後押しし、米を作りつつアスパラガス農家としての事業も進める方向へと舵を切った。その後、壱岐の農家仲間たちと共にアスパラガスでの全国初エコファーマーに認定され、環境保全型農業に尽力。現在、民仁さんが2代目として意志を引き継いでいる。




大切なのは、土と水。そして人の目と手

3月から10月の収穫期、絶え間なく芽吹いては伸びるアスパラガスを、屈んで膝をつき、ハサミで一本ずつ丁寧に切っていく。5月後半から6月初旬のピーク時ともなれば、アスパラガス農家の1日は一層ハードに。「収穫は全て手作業。7ヶ月間休みなしの体力仕事なので体に堪えます。朝短かったものが昼には収穫できるまでに成長するアスパラガスの生命力には圧倒されるばかりです」。雑草が生えれば手で抜き、害虫対策は薬剤を使用しないフェロモントラップを仕掛ける。農園内をくま無く歩き、株の成長や土の様子をつぶさにチェックするのも日課だ。土の表面を触って乾いていれば、壱岐牛の完熟堆肥で覆う。「水が少しでも足りていなければ、途端に元気がなくなるんです。うちの農園では人間が飲んでもおいしい地下水をたっぷりあげているんですよ」と微笑む許斐さん。その表情から、アスパラガスを慈しむ気持ちが伝わってくる。

冬場のメンテナンスも大切な仕事だ。アスパラガスは気温が下がると生育が停止して休眠状態に入り、春、気温が20度を超える頃に眠りから覚めて若茎を伸ばし始める。収穫期が終わり青々していた葉が枯れると、木を根元から刈り取り、農園内を消毒して堆肥を入れ、栄養を蓄えた株を次の春までしっかりと休ませる。アスパラガスは植え付けから3年ほど収穫できないが、その後10年から20年は旺盛に芽を出し続ける野菜。休眠期の管理が、その後の質に大きな影響を与える。



地道な販路拡大

現在、「このみ農園」のアスパラガスは都心をはじめとする多くの有名ホテルやレストランで使用されている。販路を広げるために許斐さんがやったことは至ってシンプルだ。「自分の足で直接レストランやシェフを訪ね、実際に食べてもらうことから始めました」。東京・銀座のミシュラン2つ星レストランで「このみ農園」のアスパラガスを使ってほしいと、シェフが買い付けに行く神奈川県鎌倉の市場に壱岐島からはるばる出向き売り込んだこともあった。一流の食のプロのお墨付きを得た味はシェフからシェフへと紹介され、今や知る人ぞ知るアスパラガスに。地道な努力が実を結んだ。




生でおいしいアスパラガス

「このみ農園」のアスパラガスは、爽やかな甘味があり、噛むほどにジューシー。生で食べればしなやかな皮がパキッと弾け、サクサクとした食感と共に優しい甘さと香りが広がる。火を入れれば味が濃くなり、香ばしさがグッと引き立つ。


旬は春と夏、年2回

3月から10月の収穫期の内、先に芽吹く春芽を「春アスパラ」、一度株を休ませた後に再び出てくる夏芽を「夏アスパラ」と呼ぶ。味や見た目に大きな違いはないとしながらも、「あえて挙げるなら、冬の間に蓄えた栄養で育った春アスパラはヤングコーンのような甘い香りが強く、5月の後半から6月初旬に出てくる夏アスパラは、明るいパステルグリーンでより柔らかな食感」と許斐さん。「毎日収穫していると、春芽から夏芽に変わる瞬間がはっきりと分かります。ほんの少しの違いなのですが」。細やかな変化を肌で感じることができるのは、7ヶ月間休みなくこまめに目と手間を掛けているからこそだ。



許斐家の食卓で人気のアスパラガス料理

アスパラガス農家のお薦めレシピは、豪快かつシンプルな「アスパラガスのあっさり素焼き」。アスパラガスを丸ごと、強火で3分余熱したグリルに入れ、表面に焦げ目が付くまで焼く。好みで塩を振りかければ完成だ。うま味が凝縮され、表面の香ばしさが口いっぱいに広がる。


ここで許斐さんから購入時のアドバイスを。アスパラガスのような「芽もの」野菜は鮮度が命。まずは切り口をチェックし、丸く透明なものを選ぶとよい。ハカマ(茎に付いた三角形の葉)の形の良いものは順調に成長した証だ。購入後は必ず立てて保存を。「寝かせて保存すると筋張って味が落ちます。新聞紙に包み、輪ゴムで止めて冷蔵庫で保存すれば、一週間はおいしく食べられますよ」。スーパーマーケットでの買い物の際は参考に。




よりおいしいアスパラガスを作るために

許斐さんが追い求めるのは「えぐみがない、優しい味」。完熟堆肥に酵素を混ぜ、よりしなやかな食感を実現させるなど、日々試行錯誤を繰り返す。「今後は今よりさらに手を掛けられるよう、敷地面積を減らしたい。生育を自分の目でしっかり見届け、一層高品質なアスパラガスを作ります」。同時に壱岐島のイメージと地の利を生かし、アジアのマーケットへの販路拡大を目指す。「朝水揚げされた九州の魚が、昼には香港、上海のレストランで提供される時代。鮮度が命のアスパラガスも同様のルートで出荷できるはず」。神々の宿る島・壱岐から本土、そして世界へ。許斐さんの挑戦は続く。

ACCESS

壱岐の島 このみ農園
長崎県壱岐市郷ノ浦柳田触221