異なる木の表情に寄り添い生まれる木の道具 木工作家・堀宏治/長崎県佐世保市

異なる木の表情に寄り添い生まれる木の道具 木工作家・堀宏治/長崎県佐世保市

長崎県佐世保市で木の道具を作る堀宏治さん。木目や手触りなど、その普遍的な木の良さを引き出したテーブルウェアは評判で、中には1年待ちのものもある。2つと同じものはない木の表情に寄り添い続ける堀さんの道具は、なぜ魅力的なのか。佐世保市にある工房を訪ね、話を聞いた。

自衛隊員から一転、木工を生業に

長崎県の北部。佐世保市の海沿いにある工業地帯の一角に、小さな工房がある。木工作家堀宏治さんが制作の拠点としている場所だ。10畳ほどの空間に所狭しと置かれた木材や機械や工具類。入口の棚には、仕上がったばかりの木の道具が無造作に並ぶ。  

自衛隊を脱サラ、インテリア会社へ就職

生まれも育ちも長崎県佐世保市の堀さんは、父親が海上自衛隊員だったことに影響を受け、高校卒業後に自身も海上自衛隊に入隊。佐世保基地から横須賀へと転任し、自衛隊員として従事していたという異色の経歴の持ち主だ。  

自衛隊員として3年間働いたのち、もともと関心のあった家具の仕事がしたいと東京のインテリア会社に就職。傍らで、いつかは自分で木工家具を作って生計をたてたいと考えていた堀さん。週末に木工教室に通い出したのが木工との出会いだった。知れば知るほど奥深い木工の魅力に引き込まれていったという。とはいえ、自分なりのマーケット調査で家具づくりでは生計を立てるのは難しそうだと感じた堀さん。、それならばと若い頃から好きでよく手に取っていた木の器カトラリーなどのテーブルウェアの一環として木の盆を作り始めたのが、作家としてのスタートだった。  

昼間は制作、夜は居酒屋でアルバイト

鎌倉に移り住み、東京の会社に通勤しながら週末は制作を続けていた堀さんが独立したのは2006年頃。当初は取引先も少なく、夕方になると近くの居酒屋でアルバイトをしながら生計を立てていたという。そんな状況に変化をもたらしたのは、売り込みで飛び込んだ雑貨店。目利きのオーナーが、丁寧に作られた生活用品を自らセレクトし販売している、全国でもちょっと名の知れた店だった。

「僕、営業とかほんと苦手なんですよ。でも背に腹は変えられませんから、当時は自分の想いとコンセプトが近いお店をリサーチしては、勇気を振り絞って飛び込み営業をしてました」と苦笑いしながら当時を振り返る。

美しく、永く使えるものを。そして“商品”の背後にある作家の想いをすくい上げて消費者に伝える、そんな、今となっては当たり前の視点を早くから取り入れていた雑貨店との出会いは大きく、取引が始まってからは、堀さんの木の道具は自然と一人歩きを始めていった。  

どんなシーンでも選ばない道具たち

現在は盆や器のほか、スプーン、フォーク、バターケースなど、テーブルウェアを中心に幅広く手掛けている堀さん。ひとつひとつ異なる木の表情に寄り添い、彫り目を残した模様が特徴的なその作品は、手に馴染みやすく温もりが感じられるものばかりだ。彫り終えた作品には、木の質感や手触りを保ち、木の強度を高めてくれる木固め材を染み込ませて乾燥させ、最後にツヤ出しを兼ねて食用のエゴマ油を塗って仕上げる。「ウレタン系塗料で仕上げると、どうしてもプラスチック感が出てしまって。木が持っているそのままの手触りを感じて欲しいので、エゴマ油を使っています」と堀さん。自然な木の風合いは、日常使いはもちろん、ちょっと特別な日の食卓にも贈り物にもぴったりで、使うシーンを選ばない。  

堀さんといえば、丸盆

その中でも、堀さんの代表作といえば、丸盆。縁が深く安定感があるのに加え、自然な風合いと手に馴染みやすい質感、そしてさまざまな器や料理を乗せたときにぴったりと似合う、そんな食卓の名脇役のような存在感を放つ。中サイズの盆はプレートとして、小サイズの盆は飲み物とちょっとしたお菓子を乗せるのにもちょうど良い。経年により色合いが変化し、より味わい深いものと育つのもまた、木ならではの良さだろう。  

ダムの底に沈んだ古い民具から着想

堀さんの多くの作品に共通しているのが、直線が波打つ独特の彫り目。この作風は、石川県の我谷盆(わがたぼん)から堀さんが着想を得て生まれたもの。我谷村(現・加賀市)で生まれた我谷盆は、大工や建具職人が生活の道具として、栗の木をノミ一本で彫り出した民具だ。昭和期、我谷村がダムの底に沈んでしまうとともに一度は途絶えたと言われている我谷盆だが、近年ではその技術を独学で学び蘇らせようと取り組む木工職人によって、全国的にその輪が広がりつつある。  

堀さんはこの我谷盆に魅せられた一人。民具ゆえに本来は荒削りで無骨な風合いを併せ持つ我谷盆を、自分の作風に取り込み見事に昇華している。「使う木材も、作る過程も違いますが、直線を手作業であえて残しながら削っていく。そうして仕上がったときに見えてくる、一本一本の線が持つ力がとても大きいんです」  

アトリエ・ギャラリー・住まいが一緒になった新しい拠点

2017年には故郷の佐世保市へと戻り、現在のアトリエで制作を続ける堀さん。少し離れた家から毎朝アトリエに通う日々だが、「ゆくゆくはアトリエとギャラリーと住まいを一緒くたにした拠点を作って、自分が作るものに囲まれて生活したい」と構想中だ。  

「一人黙々と制作しつつ、ギャラリーに来てくれたお客さんにお茶を出したり、人を呼んで小さなパーティーをしたり。決して派手ではないけど、自分の心を満たしてくれるという意味で豊かな生活が送れて、それで人生を全うできたら幸せかな。そのうちオブジェなんかも作りたいですね」と尽きることのない夢を語る。

シンプルで研ぎ澄まされた中に見え隠れする不揃いな木の表情。均一で整然とした機械的な美とは対照にある流動的な美しさだからこそ、私たちはいつまでも魅了されるのだと気付かせてくれるのが、堀さんの木の道具だ。近い将来、堀さんの道具を手に取って、その自然体の美しさに触れられる新しい拠点の誕生が、待ち遠しい。  

ACCESS

堀 宏治 aterier hotaruchaya
長崎県佐世保市