良い酒を造り、多くの人に伝える「渡辺酒造店」/岐阜県飛騨市

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飛騨から世界で認められるお酒を

岐阜県最北部。標高3,000mを越える山々に囲まれた飛騨市古川町は、高山の奥座敷とも称される。1,000匹もの色とりどりの鯉が泳ぐ瀬戸川がまちの中心を流れ、飛騨の匠の技が息づく町屋や白壁土蔵街が連なる情景から、古き良き城下町の趣が感じられる。水がきれいで米がおいしく、日本酒造りに適した古川町や高山市には多くの酒蔵があり、この地域を訪れる観光客に親しまれてきたが、全国の例に漏れず近年、酒蔵は減少傾向にある。そんな中、世界中で行われる酒コンクールに出品しては受賞を繰り返し、その数56冠。世界一の受賞数を誇り海外への販路を拡大するなどして売上を伸ばしているのが『渡辺酒造店』だ。
『渡辺酒造店』が酒造りを始めたのは明治3年。それまでは両替商や生糸の商いで産をなしてきた渡邊家だったが、5代目久右衛門章が京都の旅で口にした旨い酒に魅了され、自らも酒造りを始めたのがその始まりである。人に慶びを与え、開運をもたらす縁起のよい「酒ことば」であることと、仙人が住むと云われる不老長寿の桃源郷にちなんでつけられた「蓬莱」が代表銘柄である。現在は9代目である渡辺久憲さんが、蔵の舵を担うようになり20年を数える。当時経営危機に陥っていた蔵を再建するため、渡辺さんが取り組んだのは「マーケットイン」。すなわち、造り手が造りたい酒を売るのではなく、潜在顧客の声を真摯に聞いて、自社の酒が売れない理由を分析し、客が飲みたいと思う酒を提案することだった。そうした考えをもとに商品開発をするとともに、売り方を徹底的に考えた。

特別感に惹かれる“隠し酒”のアイデア

例えば、大ヒット作になった「蔵元の隠し酒」という商品は、品評会出品酒や蔵に来訪するVIP用にとリザーブされているお酒を販売してしまうというもの。たまたま、お店に来た消費者が、店の冷蔵庫に新聞紙が巻かれて保存されている酒を見かけて、「この酒をどうしても譲ってほしい」と頼み込まれたのがヒントとなった。渡辺酒造店では、こういった非売品の酒に、新聞紙を巻いて光を遮断するなど、最高の貯蔵管理を行っていたが、「普通は飲めない特別な酒」といった希少性と、新聞紙が巻かれている、というなんとも言えぬ特別感が消費者に刺さることを知った渡辺さんが、商品化を決めたのだ。また味わいについてもマーケティングを行うと、市場で人気とされる辛口に反し、キレの良い甘口が求められていることが分かり、お米本来のうまみと芳醇さ、爽やかな切れをあわせ持つ本物の辛口酒をコンセプトに仕上げることにした。“隠し酒”というキャッチ―なネーミングと企画の意外性が評価され、現在も渡辺酒造店の中核商品となっている。その他にも常温で保存がきいて、オンザロックでおいしく飲める「ガリガリ氷原酒」という商品も、冷蔵庫で保管を求められる仰々しさが煩わしいことや、日本酒を保冷するスペースが無いという顧客の声に耳を傾けた結果生まれたヒット商品である。
こうしたアイデアが次々と生まれる背景には、渡辺さんが掲げる「Sake Is Entertainment」の精神が根底にある。これは、安価な工業製品と芸術的な高級品の二極化が進む日本酒業界において、多くの人に美味しい日本酒をより気軽に楽しんでもらい、心の底から笑顔になってもらいたというもの。顧客の声を一つ一つ丁寧に拾い上げ分かったことは、どの時代においても、酒とはその味わいだけが求められてきたのではなく、味わうシーンや交わす会話などその体験が「美味しい酒」として喜ばれてきたのだということだ。「ここ飛騨の地に日本酒のワンダーランドを作り、世界中の人々がこの地を訪れ日本酒を楽しむ体験をしてもらいたい。そして世界中に日本酒のファンをつくりたい。」と目を輝かせて話す渡辺さん。不易流行を唱えた松尾芭蕉のように、世の中が変わっても変えてはいけないものを守りつつ、新しいものを積極的に取り入れ、岐阜の小京都から日本酒文化を世界に向けて発信し続ける。

ACCESS

有限会社 渡辺酒造店
岐阜県飛騨市古川町壱之町7-7
TEL 0577-73-0012
URL https://www.sake-hourai.co.jp/
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