医王山薬王院油山寺とは
いわゆる観光地的な寺ではない。ガイドブックにもあまり乗ることはない寺だ。だが、静岡県袋井市にある油山寺は大宝元年(701年)に行基(飛鳥時代から奈良時代にかけて活躍した仏教祖)が建立して以来、歴代天皇や徳川家をはじめとする諸大名からの尊信を厚く受け、地元の人にも愛されてきた。この地から油が湧き出ていたということから「あぶらやま」という名前がついたそうなのだが、またの名を“目の霊山”という。
かつて目の病を患っていた孝謙天皇(史上6人目の女性天皇)がこの寺を訪れ、境内を流れる「るりの滝」の霊水で目を洗ったところ、眼病が回復したということからその名がつけられた。以来、眼病平癒を祈願しに多くの人がこの寺を訪れ、境内には、病が回復したお礼として寄進されたいくつもの建築物が残されている。決して派手なものではないが、源頼朝が眼病平癒のお礼として建立したという薬師本堂や三重塔(重要文化財)や歴史でも有名な今川義元公より寄進された本堂内薬師如来厨子など、どれも貴重なものばかりだ。山門は、「東海の名城」と呼ばれた掛川城の御殿の玄関下にあった正門を明治時代に廃城された際、藩主の寄進を受けて移築したもので国指定重要文化財だ。
他の観光地とも離れているため、訪ねたときには参拝客も多くなかった。朝の境内にいるのは、私たち以外は地元の方と思われる2、3人のみ。だが、いやだからこそというべきだろうか、この寺の敷地には心地よい空気が満ちていた。
目だけではない、足や腰にもご利益あり
中田とともに境内をひととおり散策する。一万年前から変わらないといわれる自然のままの姿の森、澄んだ水が流れる滝や渓流、耳に入ってくる音のは木々のざわめきと小鳥のさえずりのみ。朝のひんやりとした清浄な空気の中を歩いていると、自然と体が目覚めてくるような感覚になってくる。広大な境内は杉やモミジにおおわれて神秘的、秋にはきっと美しい紅葉を楽しむことができるのだろう。
実は、油山寺は目の御利益だけでなく、「健足の神様が守る」とも言われている。足腰の病にも霊験あらたかであると伝えられ、古来より東海道を往来する旅人の信仰を集めているそうなのだが、山全体がこの寺の境内で、一番下の山門から山の上にある薬師本堂に行くには結構な体力が必要となるが、中田は軽快な足取りで進んでいく。
中田英寿もここを訪れたのは初めて。なぜ彼は、この神社を訪ねたいと思ったのだろうか? 参拝を終えて門を出たときに訊いてみた。「なんとなくだけど、資料を読んでいたらよさそうな気がしたんだよね」
全国の神社や寺を回ってきたからだろうか。さすがの直感だ。ここを訪ねるなら朝がおすすめだ。足をのばすだけの価値は間違いなくある。