NIHONMONO「にほん」の「ほんもの」を巡る旅マガジン

国の登録有形文化財の内蔵が残る老舗「日の丸醸造」

国の登録有形文化財の内蔵が残る老舗「日の丸醸造」

秋田県横手市は国内3位の豪雪地帯だ。どんよりとした曇り空の下、長い冬がいつまでも続き、雪が野も山も町も真っ白に包んでいく。しかし雪深いことは悪いことだけではない。人にとって過酷な環境は、雑菌にとってもまた住みにくい環境のようで、清らかでよどみのない水を酒蔵にもたらす。
1689年(元禄2年)、松尾芭蕉が「おくの細道」に出発した年に「日の丸醸造」は創業した。蔵の名は秋田藩主・佐竹公の紋が「五本骨の扇に日の丸」だったことにちなみ「日の丸」とされた。昭和18年に戦時下の企業整備令によって、廃業する事となったが、昭和23年、基本製造石高400石の許可を得て、約300年の伝統を復活させ、今に至っている。

表の通りから見ると「日の丸醸造」の建物は普通の酒蔵だが、中に入り細い路地のような通路を通っていくと、その先にいかにも堅牢そうな大きな蔵が待っていた。「内蔵といいます」と復活後2代目当主の佐藤譲治さん。横手市増田町は、江戸時代より養蚕や葉タバコ、そして大正時代には吉乃鉱山で栄えた歴史を持つ。町の繁栄で商人も潤い、広い敷地を持つ家の中に座敷蔵や文庫蔵などを作った。「日の丸醸造」の内蔵には、壁にしっかりとした材質の柱が埋め込まれている。「すべて青森ヒバです。2階まで続いていますから、相当お金がかかってるんでしょうね」と、当時の蔵への贅沢な造りに、佐藤さんも驚きを持って話す。贅をこらしたその意匠には、どこかモダンな雰囲気すらただよう。そして古い中に新しいものがバランスよく取り込まれた内蔵は、そのまま「日の丸醸造」の酒を表しているかのようでもある。

「日の丸醸造」は、軸となるブランド「まんさくの花」をはじめ、実に60種以上ものアイテムを揃える。「まんさくの花」は昭和56年に放送された秋田県横手市が舞台となったNHKの連続テレビ小説のタイトル、また花の名前でもあり、その優しい名前の響きが酒質にあっていた事とドラマの主人公が秋田から東京に出て行き困難に負けずにがんばるストーリにあやかって1代目がつけたもの。ドラマになぞらえるように、それまでのメインブランドであった「日の丸」は地元メインの銘柄として残し、首都圏向けのブランドを「まんさくの花」としてすみ分けをおこなってきた。現在では売り上げの9割を「まんさくの花」が占めるほどになっている。

「お客様のニーズに応えていったのと、自分たちでも、こんな酒を造りたいという思いから、気が付けばいろんな酒を展開する酒蔵になっていました」と苦笑いを交え、アイテム増のことを話してくれたのは、当主の長男である佐藤公治専務。もちろん単にラベルの数だけを増やしたのではない。使う原料米は、秋田酒こまち、亀の尾、吟の精、山田錦など16種類。さらに酵母も16種類、種麹が10種類と、多くのバリエーションを生むために、原材料の数もまた多い。
小ロットでの多産は「まんさくの花」のシリーズ内にも多様さを生み、「純米大吟醸」がふくいくたる薫りを放ったと思えば、低温で丁寧な発酵を進めた「純米」においては、酸味と辛味のバランスがきれいな喉越しとなって伝わってくる。300年以上続く老舗蔵として、「地元酒」への深い思いがありつつ、全国の日本酒愛好家に飲んでもらうための新たな酒を追い求めたのだろう。それぞれの酒の手法を変え、味を変え、苦労の末に導き出された味わいを、蔵の物語と共に飲み干すことができるのは、愛好家に許された愉しみの1つだ。
一方で300年の歳月を越えても変えずに守り続けてきたことは、酒の味を造る原料がよくなければ、どんな工夫も効かないという考え方。その原点を大切にし奥羽山系から流れてくる良質な伏流水と、丹精込めて作られた契約農家から仕入れる酒米をたずさえて「日の丸醸造」は、多くの人に愉しんでもらえる酒を今日も造っている。

ACCESS

日の丸株式会社
秋田県横手市増田町字七日町114-2
TEL 0182-45-2005
URL https://hinomaru-sake.com/