日本一の大しめ縄誕生の地・飯南町に受け継がれるしめ縄づくり 出雲大社勤農講社頓原支部/島根県飯南町

縁結びの神として知られる「出雲大社」。その神楽殿に掲げられた巨大なしめ縄は、訪れる人が思わず見上げる象徴的な存在だ。その大しめ縄を作り続けているのが、島根県飯南町にある「出雲大社勧農講社頓原支部(いずもたいしゃかんのうこうしゃとんばらしぶ)」。神話の地を支えるしめ縄づくりの技術は、町の誇りとともに受け継がれてきた。

目次

山里の作業場から生まれる巨大なしめ縄

中国山地の山々に囲まれた島根県飯南町(いいなんちょう)。冬には雪が降り積もり、澄んだ水と豊かな田畑に恵まれた静かな土地だ。その町にある「大しめ縄創作館」で大しめ縄づくりを担っているのが、「出雲大社勧農講社頓原支部」だ。代表を務めるのは和田さん。この土地で長く続いてきた奉納の営みを支えている。

山里に受け継がれるしめ縄づくり

「出雲大社勧農講社頓原支部」では、日本でもひときわ大きな一本のしめ縄の制作を担っている。行き先は、全国から参拝者が訪れる出雲大社の神楽殿だ。長さおよそ13.6メートル、重さはおよそ5トン。初めて目にした人は、その大きさに思わず足を止め、見上げてしまうほどの迫力だ。だが、その壮大なしめ縄が生まれる場所は、観光地の喧騒とは無縁の山里にある作業場である。

山里に受け継がれるしめ縄づくり

飯南町と大しめ縄の関係は、昭和30年代までさかのぼる。当時、この地域には出雲大社分院が置かれていた。その縁から、近隣の住民や信者たちによってしめ縄が作られ、神社へ奉納されるようになったという。

やがて昭和56年、出雲大社神楽殿が建立された際、新たなしめ縄の制作が依頼された。それが長さおよそ13.6メートルに及ぶ巨大なしめ縄だ。神楽殿にふさわしい大きさのしめ縄を作るため、地域の人々が協力して制作に取り組むことになる。当初は頓原小学校の講堂、その後、中学校の体育館へと場所を移しながら、しめ縄づくりは続けられ、平成27年、しめ縄づくりの拠点として「大しめ縄創作館」が完成した。

しめ縄文化を今に伝える「大しめ縄創作館」

そもそもしめ縄とは、神様が宿る場所と私たちの暮らす世界を隔てる「結界」の役割をもつもの。古来より神社や神棚、家の玄関などに飾られ、日本人の暮らしの中に深く根付いてきた。「大しめ縄創作館」では、そんなしめ縄の歴史を伝える写真や資料などが並び、地域で受け継がれてきたしめ縄づくりの文化を知ることができる。

熟練の技で編み上げられるしめ縄

奥へ進むと、作業場が広がる。そこでは職人たちが実際にしめ縄を編み上げる作業を行っている。編む人、芯を取る人、小さな部材を作る人。それぞれの役割を分担しながら作業が進められる。館内には乾いた稲わらの香りが漂い、束ねたわらをより合わせる音が静かに響く。職人たちはわらを手に取り、力を込めてねじりながら一本の縄へと仕上げていく。

しめ縄づくりは一見単純な作業のようにも見えるが、均一な太さの縄を作るには熟練の技術が必要だ。わらの束をどのくらいの力で締めるか、どの角度でより合わせるか。その加減は、長年の経験によって身につくものだという。

神楽殿に掛けられる巨大なしめ縄づくり

普段のしめ縄づくりは創作館の奥のスペースで行われているが、出雲大社神楽殿に掛けられる大しめ縄を制作する際には、館内の様子は大きく変わる。約13.6mもの巨大なしめ縄を作るために、建物全体を使って制作が行われるのだ。

大しめ縄は一本の縄から作られるわけではない。複数の太い縄を編み、それらを組み合わせることで完成する。わらを束ね、より合わせ、さらに組み上げていく作業には多くの時間と人手が必要になる。

縄の素材となる稲づくりも飯南町で

大しめ縄の制作は春、田植えから始まる。地元飯南町産の素材で作るのが基本で、町内にはしめ縄専用の田んぼが整備されている。育てるのは「赤穂餅(あかほもち)」という品種の餅米。一般的な餅米よりも粘りが強く、縄に撚ったときに千切れにくいという特徴がある。大しめ縄のような巨大な縄を作るには、こうした丈夫な稲が欠かせない。

食べるための米とは違い、しめ縄用の稲は実がつく前に刈り取られる。まだ青く、繊維が丈夫な状態の方が、強く美しい縄に仕上げられるからだ。刈り取られた稲は乾燥させ、束ねられ、やがて縄へと撚られていく。作りたてのしめ縄には、稲の青みがほのかに残る。時間とともに色が抜け、やがて神社で見慣れた落ち着いた茶色へと変わっていく。

今年の夏、神楽殿で架け替えへ

制作の終盤には「大撚り合わせ」と呼ばれる工程がある。何本もの太い縄を束ね、巨大な一本へと撚り上げる作業だ。機械だけでは難しいため、多くの人の力が必要になる。飯南町ではこの工程に参加する人を募集し、地域の人々や有志が力を合わせて縄を仕上げていく。大しめ縄づくりには、延べ800人もの人々が関わるという。巨大なしめ縄は、職人だけでなく町の人々の力によって完成するのだ。

大しめ縄はおよそ6〜7年に一度、新しいものへと掛け替えられる。神楽殿での架け替え作業は一日がかりで行われ、巨大なしめ縄がゆっくりと吊り上げられていく光景は圧巻だ。次の架け替えは今年、2026年7月。田んぼで育てられた稲が、長い時間をかけて一本の縄となり、再び神楽殿に掲げられることになる。

飯南町から全国へ広がるしめ縄づくり

創作館が整備され、制作の様子が公開されるようになると、その技術が広く知られるようになった。現在では日本全国の神社や施設、そして海外からもしめ縄の制作依頼が寄せられているという。

そのため館内では、大しめ縄の制作がない時期でも年間を通してしめ縄づくりが続けられている。サイズも用途もさまざまで、神社に飾られるものから施設の装飾に使われるものまで、出雲で編まれた縄が各地へと届けられている。

地域の誇りを日本全国、そして次世代へ

「しめ縄づくりはこの地域の誇りです。」と語る和田さん。ここ飯南町でのしめ縄づくりの技術は、今では全国へと広がり、日本各地の祈りの場を支える存在となっている。

一方で、飯南町は高齢化が進んでいる地域。しめ縄づくりの技術を次の世代へどう繋いでいくかは、大きな課題でもある。それでも、この町では今日も藁が束ねられ、縄が撚られている。その手仕事は、地域の誇りとともに日本各地や海外、そして未来へと受け継がれていこうとしている。

ACCESS

出雲大社勧農講社頓原支部
島根県飯石郡飯南町花栗54−2
TEL 0854-72-1017
URL https://ohshimenawa.com/
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