千葉県鶏卵品質改善共進会最高位である農林水産大臣賞受賞の常連である北川鶏園の「ぷりんセス・エッグ」はすき焼きの名店、浅草「今半本店」でも採用されるなど、食のプロもお墨付きを与える卵として知られる。「職人のための職人であれ」という信念を貫き通した3代目、北川貴基(たかき)さんの手がける養鶏の秘訣とは。
職人のための職人であれ

都心から東京湾アクアラインを渡り1時間足らず。木更津市に隣接した袖ケ浦市の丘の上に、東京の三ツ星レストランや各地の洋菓子店からの引き合いが絶えない卵を生産する養鶏場「北川鶏園」がある。
北川鶏園は北川貴基さんの祖父が1955年に横浜で500羽からスタート。1967年に現在の場所に移転し、現在は約3万5000羽の鶏を育てている。この飼養数は養鶏業者としては決して大きな数ではなく、その小回りのきく規模感を活かした飼育環境で卵質を向上させ、プロの飲食店へ向けた販路拡大にも積極的に動けるのが北川鶏園の強みである。
卵白の強さに重きを置いた「ぷりんセス・エッグ」

北川鶏園の主力となっている鶏種はソニアと呼ばれる鶏である。「一部の販売店さんからは、この赤みがかった卵の殻では売り場で目立たないから、白い卵の鶏種に変えてほしいと言われることがあります」というが、北川さんはまったく変えるつもりはない。なぜならば、ソニアの卵が持つ卵白の弾力の強さが魅力的だからだ。
加えて北川鶏園では若い鶏が産む、より卵白のコシが強く張りがしっかりとした卵を「ぷりんセス・エッグ」と名付けてブランド化。「鶏は若い時ほどぷりんぷりんの卵を産みますが、老いてくると卵が水っぽくなります。ですので若鶏の卵を選抜するんです」。ぷりんセス・エッグは割って皿に落としても崩れることなく、張りのある形を維持したまま皿の上を滑っていくほどである。
卵というと黄身の色などに注目がいきがちだが、なぜここまで卵白の強さにこだわるのか。それは取引先であるプロの飲食店、洋菓子店の要望に応えていった結果である。例えばケーキ作りにおいて、コシの強い卵白はメレンゲをたてると空気を多く抱き、スポンジの膨らみに明確な違いが現れる。寿司店からはぷりっとしたカステラ卵を作りたいと、ぷりんセス・エッグの導入が決まった。
もちろん北川鶏園では、飼料設計士による独自配合の飼料で卵黄のうま味向上に努めているものの、北川さんは食のプロが求める卵白の質においても一切妥協しない。そうした姿勢の背景には、かつて経営危機に陥った時の体験がある。
経営危機からの気付き

北川さんが家業を継いだ2000年頃、北川鶏園は価格競争に破れて大口の取引先を失ってしまう。一気に経営が傾いてしまったため、必死に飛び込み営業に奔走した北川さん。卵を食材として扱っていそうな店を巡っては門前払いになるということを繰り返しながらも、「安売りだけはしたくなかった」と、当時の心境を振り返る。「卵の価格は市場の相場ですべて決められているんです。でも我々としては、農場で日々一生懸命にやっているだけの適正な価格で販売させていただきたいっていう想いがあるんです」。
諦めずに営業していく中で、ようやくある洋菓子店で北川さんの卵を使ってくれることになった。「この卵は卵白のコシが強くてふわっとしたおいしいスポンジができるんだよと、その店のパティシエさんが褒めてくれたんです。その時、卵白の大切さに気が付いたんです」。以後、北川さんは「職人のための職人であれ」を農業理念として、深く胸に刻んだ。
あおぞら鶏舎でより健康な鶏に

トウモロコシや大豆、そして米を軸とした飼料にミネラル豊富な地下水を与えながら育てられた北川鶏園の鶏たち。より強く健康な鶏であるために、初代から続けてきた育成方法がある。それが「あおぞら鶏舎」での飼育である。
一般的な養鶏場では、外的ストレスがかかりにくく与える飼料も比較的少なくて済むことから、光や風を通さない環境で鶏は飼育されると解説する北川さん。一方で、「このあおぞら鶏舎は野外にありますので、鶏にとってはストレスのかかる環境。それが逆に強く健康な鶏を育てることになると考えています」と話す。
生育日数に応じて鶏舎を分ける

そして飼育方法で最も特徴的なのが、鶏の生育日数に応じて鶏舎を分けていることである。一般的に、北川鶏園の規模であれば1棟の鶏舎で飼うことが可能であるが、北川さんはあえて12棟の鶏舎を設けた。
鮮度によって卵質が左右されることは消費者にも比較的知られているが、実は鶏の成長度合いも卵質に大きな影響を与える。老いた鶏の水っぽい卵よりも、若い鶏の張りと弾力のある卵を、どうやって常に出荷できる状態にしていくか。その答えが多棟鶏舎という飼育方法だった。
「こうした複数の鶏舎で育てるやり方はコストも手間もかかります。ですが、例えばケーキ屋さんですと一番若い鶏が産む卵質が好まれたりするんですが、そうした取引先さんの求めに応じた卵をすぐに、安定的にお出しできるようになるんですね」。まさに「職人のための職人」たる信念が貫かれており、だからこそ高い信頼を得ているのである。
次世代が夢を描ける産業にしたい

今後はプリンなどの加工もやっていきたいと意気込む北川さん。「これからは今以上に、ただ市場に出荷していくだけでは経営が厳しいと思うんですね。価格の決定権をしっかりと自分たちで持って、次の世代もやりたいと思えるような、そんな産業にしていきたいですね」。四半世紀前の危機から見事に立ち上がった北川鶏園の未来へ向けた挑戦が続く。