酒づくりと場づくりでファンの裾野を広げる「飯沼本家」飯沼一喜さん/千葉県酒々井町

約300年の歴史を持つ造り酒屋でありつつも、16代目当主の飯沼一喜(いいぬまかずよし)さんは代表銘柄だった「甲子正宗(きのえねまさむね)」をリブランディングしてイメージを刷新。軽やかな飲み口の酒造りと、文化財建築や緑豊かな敷地を活用した場造りを並行して行うことで、これまで日本酒に馴染みの薄かった若年層やファミリー層にファンの裾野を広げることに成功している。そんな飯沼本家の魅力に迫る。

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飯沼本家の酒造り

国際空港のある成田市の南に位置する酒々井(しすい)町は文字通り、酒が湧き出づる井戸の伝説がその町名の起源といわれる日本酒に縁ある土地。さすがに伝説の通りに酒が湧いてくることはないものの、飯沼本家の敷地内にも井戸があり、この中軟水の地下水を仕込み水として使い、口当たりのやわらかな酒を数多く醸している。

機械と技の融合を意識した酒造り

「酒造りにおいてまず重要視しているのは原料処理」と話す、飯沼本家16代目の飯沼一喜さん。飯沼本家は原料となる米の精米工場を自前で持つ県内でも数少ない酒蔵であり、雑味の元となるタンパク質を効率的に削り取る「扁平(へんぺい)精米」を行ってる。通常の精米と比べて時間のかかる精米方法だが、よりクリアーな風味の酒質を生み出すことができる。

醸造工程においては積極的に機械化を導入。櫂(かい)入れ作業をコンピューターで制御して自動でもろみを攪拌できるようにし、仕込みタンク内の温度も0.1℃単位での管理可能に。「機械と技の融合」を実現することで、高品質の酒を安定して出荷できるようにしている。また、商品を保管をする氷温冷蔵庫は、温暖な千葉県においては今や欠かせない設備となっている。

こうして最新の設備を取り入れつつも「その年のお米に合わせて造っていかなければなりませんので、製造は毎年が1年生。毎回酒造りの難しさを感じます」と、真摯に酒造りと向き合う姿勢は今も変わらない。

飯沼本家の定番酒

そんな飯沼本家のスタンダードとなっているのが、フランスで行われた「Kura Master2025」でプラチナ賞を受賞した「甲子 純米吟醸 はなやか 匠の香」。フルーティーな香りで、爽やかな酸味とアフターテイストに漂うほのかな甘みが特徴的だ。

一方、酒々井周辺地域で契約栽培している酒造好適米、五百万石で仕込んだ「甲子 純米 やわらか 地の恵」はメイドイン千葉の定番酒。米のうま味を生かしたまろやかな口あたりが評価され、「ワイングラスでおいしい日本酒アワード 2023」で最高金賞を受賞した。

ほかにも精米歩合を80パーセントに抑えた「甲子 純米 うまから 磨き八割」は、地元でファンが多い日常的に嗜みたい酒で、低温でゆっくり発酵させてしっかりとしたうま味を表現した。酸が効いた飲み口は、和食はもちろん肉料理とも好相性。燗酒にしても絶品である。

風味の持ち味を生かしつつ「軽さ」を出す

多彩な酒を造り続けてきた中で、飯沼さんが目下のテーマとして掲げているのが、「軽い酒をいかに造るか」ということ。「今、軽い口当たりのお酒が求められているとすごく感じます。ただ、その軽さというのは加水したりアルコール度数を下げるような、薄く伸ばすようなイメージではなく、お酒の持ち味を生かしながら軽さを出すことが重要」と、飯沼さんは強調する。

例えば、瓶詰め後に加熱処理ができるパストライザーと呼ばれる機械を導入することで、火入れをした酒でありつつも生酒のようなフレッシュな味わいや、発酵によるガス感を残すことができるようにした。先の「はなやか」はこの手法で造られた酒である。

また、軽さを強調した革新的な夏期限定酒も開発。その代表酒が「純米吟醸生酒きのえねアップル」である。白ワインに多く含まれるリンゴ酸を多く生み出す酵母を活用し、日本酒業界では敬遠されがちだった「酸味」をあえて強調。冷やして味わうことで、いっそう爽やかな余韻、軽快な後味を楽しめる夏酒として、今では日本酒ビギナーの若い年代層にも親しまれる商品となっている。

日本酒ファンの裾野を広げる

近年、飯沼本家の代表銘柄であった「甲子正宗」を「甲子 -Kinoene-」と改めたうえで、ボトルデザインを刷新してリブランディング。軽快な飲み口の酒も増やしたことで、女性や若い世代に商品を手にしてもらう機会が増えたという。こうした「新たな日本酒ファン、酒蔵ファン」の裾野を広げる取り組みは、「場づくり」にも及んでいる。

歴史ある土地を活用した場づくり

飯沼本家では観光蔵として多彩な楽しみ方を提案している。敷地内には醸造蔵のほか、ショップとギャラリーを備える古民家「酒々井まがり家」、たき火を囲みながら日本酒を味わえるキャンプ場、家族で摘み取りを楽しめるブルーベリー園、そしてレストラン「きのえねomoya」を併設する。

omoyaは代々飯沼本家の当主が住み継いできた築約300年の母屋で、国の登録有形文化財の指定を受けた建物。この歴史ある空間を4年かけてリノベーションし、2022年にレストランとしてオープンさせた。このomoyaでは飯沼本家の日本酒と二十四節気をテーマにした料理のマリアージュを堪能することができる。

より開かれた日本酒、酒蔵を目指して

今後は「海外の方にも受け入れられるような日本酒造りにもっと挑戦したい」と話す飯沼さん。そして、酒蔵を取り巻くフィールド全体を「きのえねかもしの森」と名付け、「おいしい酒づくり、たのしい場づくり」という飯沼本家の理念を体現する拠点として「地域に開かれた酒蔵を目指していきたい」と意気込む。

「甲子」という言葉は暦において60年サイクルの一番最初にあたる「始まり」の象徴である。飯沼本家はこれからも、さまざまな人にとっての新たな日本酒体験の「始まり」になり続けてゆくに違いない。

ACCESS

株式会社飯沼本家
千葉県印旛郡酒々井町馬橋106
TEL 043-496-1111
URL https://www.iinumahonke.co.jp/
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