高品質の木炭作りと後進育成に励む「谷地林業」谷地司さん/岩手県久慈市

岩手県の木炭の生産量は日本一で、国産の約3割を占める。その生産者として、また品評会の審査員や、25人しかいない県認定の製炭技士(チャコールマイスター)として岩手の製炭業を支えているのが、谷地林業の窯長・谷地司さんだ。後進を指導しながら、「着火しやすく火持ちする」木炭作りに励んでいる。

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質も量も一級品の「岩手木炭」

木炭とは、酸素が無い、または、少ない状態で木材を加熱し、酸素や水素、不純物などを取り除いて炭素だけを残したもの。燃やしても煙やにおいがほとんどでないという特長があり、昔から燃料として使われてきた。岩手の木炭の歴史は、平泉遺跡群発掘調査などにより1100年前後までさかのぼるといわれている。それ以降も豊富な山林資源を利用して作られ、1891年には東北線の開通を機に東京市場に向けて生産量・出荷量が増加。1905年には大凶作の救済対策として県が木炭生産を奨励し技術を導入したことから、1912年には「木炭生産量日本一」の地位が確立された。さらにその後、高品質のものを安定して供給するため、岩手県木炭協会の主導で窯や技術の研究が行われ、現在の「岩手大量窯」が出来上がった。これらの取り組みから2018年には「地理的表示(GI)保護制度」の登録が認められた。これにより「岩手木炭」の名称が保護され、県内の窯と木材を使い、精煉度8%以下のものだけが「岩手木炭」として出荷されている。ちなみに精煉度とは炭の電気抵抗の数値で、低いほど炭素の純度が高い、つまり良質の炭とされる。

飲食店やキャンプで人気

木材を使った木炭は主に、800℃以上で炭化させる白炭と、400〜700℃前後で炭化させる黒炭に分けられる。前者は着火しにくいものの火持ちが良く火力調整しやすい点が特徴で、飲食店で使われる「備長炭」はその代表格だ。一方の後者は着火しやすく火力が強く、岩手木炭はこちらに含まれる。本州一の面積を誇り、その約77%が森林という岩手では、主に樹齢20〜25年のナラを使って作られる。ナラが豊富に生育していること、他の木材と比較して硬いので、火持ちが良い木炭になる点が理由のようだ。

黒炭のなかでも岩手木炭は、着火しやすい、火持ちが良い、煙やにおいが出にくく弾けにくいなど、利点が多い。着火しやすいのは、樹皮が付いているから。これは岩手木炭の大きな特徴で、備長炭を使う飲食店が着火剤代わりに使うこともあるという。また、手作業で原木を切ることで樹皮がはがれるのを防ぐ点もポイント。はがれると空気が入り、弾けやすい木炭になるからだ。さらに、仕上げとして高温で燃焼する「精煉」の作業をしっかり行うことで、煙やにおい、「はぜ(弾け)」の原因となる不純物を燃やす。このとき重要なのが、最高で約800度にまで燃焼して「炭化度」を上げること。これにより、煙やにおいが出にくく弾けにくい木炭ができあがる。

そんな岩手木炭はキャンプ用、バーベキュー用としても人気が高く、特にキャンプでは、火持ちが良いことから持参する量が少なくて済むので重宝されているという。一方で、生産量の多さは前述のとおりで、その背景にあるのが、岩手県木炭協会が開発した「岩手大量窯」だ。火を回しやすくして一度に良質の木炭を大量に作ることができるよう、高さや形が工夫されている。

内閣総理大臣賞受賞の製炭の技とは

岩手木炭の生産は県北部が中心で、その代表が久慈市山形町だ。同町は面積の約80%が山林。冬は寒く雪が多いことから農閑期が長く、その間に製炭で稼ぐ農家が多いこと、また、炭窯に適した土が豊富なことが、製炭が盛んな理由と考えられている。

この地で1916年に創業した谷地林業も、創業当時から地元の木材を使って木炭を作っている。三代目窯長の谷地司さんは岩手県木炭品評会で何度も受賞経験があるほか、2018年度農林水産祭天皇杯で木炭では史上初の内閣総理大臣賞を受賞した腕前だ。

「木炭づくりは20年やっていますが、いつも『備長炭に近い黒炭を作りたい』と思ってきました」と谷地さん。前述のとおり、白炭の備長炭は黒炭に比べて火持ちが良い。そこで、黒炭の「着火の良さ」「火力の強さ」はそのままに、備長炭により近い火力と火持ちの良さを特徴とする炭を目指しているという。

「前焚き」でゆっくり乾燥させるのがポイント

谷地林業では県内の他の製炭業者同様、規格の長さ・太さに切り割りしたナラの原木を窯に入れ、前焚きして乾燥させたあと着火し、窯内の酸素の量を調節しながら炭化させて炭を作る。各工程の日数は、だいたいの目処はあるものの、原木の乾燥具合や製造時の気温・湿度・燃焼状態などによって調整が必要だ。そのタイミングの見極めが大事で、生産者の経験や勘に頼る部分が大きい。そしてそれが完成する木炭の質を左右する。

工程のなかで谷地さんがもっとも重要視しているのが、「前焚き」だ。これは、窯の入り口付近で薪を燃やして窯の温度を上げ、ナラを乾燥させる作業。このときナラの水分が一気に外に逃げないようゆっくり薪を燃やすことがポイントで、これによって密度が高く、硬く縮みの少ない木炭に仕上がり、火持ちが良く崩れにくいものになるという。

それぞれのクセを理解して複数の窯を使いこなす

谷地さんはほかに、窯でのナラの立て方や積み方、消火のタイミングなども独自に工夫。その結果が、品評会等での受賞につながっている。岩手県木炭品評会に関しては受賞回数が多いことから、やがて出品する側から審査する側にまわり、2018年には岩手県製炭技士(チャコールマイスター)に認定された。

チャコールマイスターには、製炭だけでなく窯造りの技術も求められる。「窯って同じように作っても、それぞれにクセがあるんですよ。我が社には12基の窯があるので、炭を作るたびにメモをとって作業のしかたや窯選びの参考にしています」と谷地さんは説明する。なかには「品評会用の木炭をつくるときに必ず使う」という窯もあるそうだ。

完成した木炭は規格の長さにカットし、できるだけ隙間ができないよう専用の枠に並べて梱包する。すべて専任のスタッフによる手作業。躊躇無く手早く並べる手際の良さは、熟練の技そのものだ。なお同社では、1袋3kg入りと6kg入りの「岩手切炭」と合わせて、自社独自ブランドである「黒炭(KUROSUMI)」でも木炭を出荷している。

地域の伝統産業である製炭業の未来のために

谷地さんは今、自分の技術や知識を若い人たちに伝えたいと後進の指導に力を入れている。値段の安さから国内で流通している木炭の約8割が輸入品というなかで、岩手木炭の需要は多いのだが、県内の生産者が高齢化などで減少して供給が追いついていないという。そこで若い生産者を育て、生産量アップにつなげたいと考えているのだ。

「燃料用以外の木炭」作りにも取り組む

また会社としては今後、燃料以外で使う木炭の生産を計画している。木炭には無数の小さな穴があり、それが不純物や有害物質を吸着したり、その中に微生物が棲みつくことから、水や空気の浄化、土壌改良に役立つとされる。また吸着性とともに放出性もあるので、湿度を調節する働きもある。谷地林業ではこうした木炭の効能を利用し、調湿用や脱臭用、農業と連携した土壌改良用の木炭を作り、以前から森林に放置され課題とされてきた枝葉などの「未利用材」の有効活用にもつなげるつもりだ。地域の伝統産業であり、会社として長年携わってきた製炭事業を持続可能なものにするために、谷地さんは今日も「木炭作り」に真摯に向き合う。

ACCESS

有限会社 谷地林業
岩手県久慈市山形町荷軽部3-18
TEL 0194-72-2221
URL https://www.yachiringyo.com
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