和歌山の梅を、酒と健康の価値へ。「中野BC」90余年の探究/和歌山県海南市

熊野三山(くまのさんざん)への参詣道として、多くの人が歩いた熊野古道。そのうち、和歌山を南へたどる「紀伊路(きいじ)」は、海南市にある藤白(ふじしろ)地区を通っている。 近くには、旅人が道中で参拝した「熊野九十九王子(くじゅうくおうじ)」のひとつで、特に格式が高いとされた藤白王子の旧跡・藤白神社があり、その境内には、全国の「鈴木さん」のルーツとされる鈴木屋敷が残る。熊野から移り住んだ鈴木一族は、この地を拠点に熊野信仰を全国へ広めたと伝わり、藤白は古くから人や文化が行き交う場所だった。そんな藤白に居を構え、わずか3代で和歌山県トップクラスの生産量へと成長した酒造会社「中野BC」がある。

目次

酒蔵への夢から始まった、挑戦の歴史

中野BCの創業は1932年にさかのぼる。代表取締役社長・中野幸治さんの祖父は酒造りへの夢を抱いていたが、当時、酒蔵を始めるには酒造免許の取得に加え、多額の資金が必要だった。そこでまず、「中野醤油店」として醤油造りを始め、事業の礎を築きながら、酒造りに乗り出す時を待った。

「祖父は酒造りへの憧れを胸に抱きながら、まずは醤油事業で足元を固めたそうです」と、中野さんは、簡単にはかなわなかった祖父の夢と、そのために重ねた歳月を静かに振り返る。

時代に寄り添う酒造り

創業から17年を経た1949年、醤油事業を通じて酒造りに乗り出す基盤が整い、念願の酒造業へと踏み出した。最初に手がけたのは焼酎。日本を象徴する富士山と、蔵を構える海南市藤白(ふじしろ)の名を重ね、「富士白(ふじしろ)」と名付けた。醤油造りで事業の礎を築きながら、長年待ち続けた創業者の夢が、ようやく形になった。

それから9年後の1958年には、日本酒造りへの参入に伴い、「中野酒造」へ社名を変更。今日まで親しまれている銘柄「長久(ちょうきゅう)」が誕生した。県内で62番目の造り酒屋という後発の蔵で、 当初は販売に苦戦したという。それでも、日々の食卓で親しまれる酒を目指し、品質に磨きをかけながら地道にものづくりを重ねてきた。

受け継がれてきた酒造りも、時代とともにその姿を変えている。現在の日本酒が目指すのは、しっかりとしたうま味がありながら、口の中ですっとほどけるような軽やかさ。料理の味を引き立て、飲み進めても重さを感じさせない酒へと、時代の嗜好(しこう)に寄り添いながら酒質を磨き続けている。

やがて、酒造りの領域は梅酒へと広がり、発酵や抽出などの技術を生かした健康食品の開発にも着手した。酒造会社として積み重ねてきた知識を、酒だけにとどめず、新たな分野へと展開していったのである。

その姿勢を社名にも表したのが、2002年の「中野酒造」から「中野BC」への変更だった。「BC」は、「生化学の創造」を意味する「バイオケミカルクリエーション」に由来する。酒類と健康食品の両分野で研究開発を進め、和歌山の素材が持つ力を引き出し、新たな価値へとつなげていく。そこには、創業以来受け継がれてきた探究の精神が込められている。

年間1000t以上の梅と向き合う

醤油醸造から酒造りへと歩みを進めた中野BCが、紀州の梅を原料とする梅酒の製造を始めたのは1979年。現在では、梅酒や梅エキス、梅果汁などの梅関連商品が、収益を支える大きな柱となっている。 毎年1000t以上の梅を仕入れ、用途や品種、収穫時期に応じて加工しているという。 

品質を磨き続け、1990年には梅酒が世界的な品質審査「モンドセレクション」で金賞を受賞した。 

収穫の時期で変わる、梅の香りと味わい 

梅酒蔵に足を踏み入れると、目の前に現れるのは、40基を超える巨大なタンク。中では、梅の香りや酸味が酒へとゆっくり溶け込み、時間を味方につけながら、ひとつの味わいへと育っていく。

同じ品種の梅でも、収穫する時期によって香りや酸味、果実の状態は異なるという。

青さが残る早い時期の梅は、爽やかで若々しい香りを生む。一方、太陽を浴びて紅色に染まった梅は、より華やかで豊かな香りを持つ。中野さんは「造りたい梅酒の味わいを思い描き、それに合ったタイミングで収穫された実を選ぶことが重要だ」と話す。

さらに、理想の味わいだけでなく色も表現するために梅の品種も使い分ける。梅の生産量日本一を誇る和歌山県の梅の中でもとりわけ名が知れた「南高梅」だけに頼らない。梅とスモモを交配して作られ、果肉まで赤く色づく「露茜(つゆあかね)」や、果皮が鮮やかな紅紫色をした小梅「パープルクイーン」など品種ごとの特性を追究 。品種や熟成年数の異なる原酒を、ワインのブレンドのように組み合わせる「アッサンブラージュ梅酒」 の開発にも取り組んでいる。

梅の個性を引き出す、時間と技術 

基本となる梅酒は、梅、砂糖、ホワイトリカーをタンクに入れて仕込む。

仕込みから半年ほどたったところで梅の実を取り出し、さらに時間をかけて熟成。梅に由来するえぐみが落ち着き、香りや酸味、甘みが調和した梅酒へと育てていく。中には10年以上熟成させた原酒も保管されているそうだ。

梅酒は甘い酒という印象を持たれやすい。しかし、ただ甘くするだけでは飲み飽きてしまう。甘みを支える酸味や、後味を引き締める要素をどのように設計するか。そのバランスに、造り手の経験と技術が表れる。

家庭の味から、世界へ広がる梅酒 

梅の産地・和歌山では、収穫した梅を家庭で漬ける習慣が根付き、梅酒は長く「家で造るもの」として親しまれてきた。そのため、梅、砂糖、ホワイトリカーで仕込むだけでは自家製との違いを打ち出しにくく、商品として定着させるのは容易ではなかったという。

そこで中野BCは、赤じそや緑茶、果物を組み合わせるなど、家庭では造りにくい味わいを追求。2000年前後には健康志向の高まりを背景に、梅酒が女性を中心に注目されるようになり、日本酒やウイスキーをベースにしたもの、果汁を加えたものなど、楽しみ方も大きく広がっていった。

現在、中野BCが手がける梅酒は約30種類。梅の品種や熟成年数の違いを生かした本格梅酒から、レモンや緑茶などを合わせた親しみやすい商品まで、多彩な味わいを展開している。

その梅酒は、いまや海外事業を支える中心的な存在だ。中国や台湾、香港、韓国をはじめ、タイ、シンガポール、アメリカ、フランス、イタリア、ドイツなど約30カ国へ輸出。梅になじみのあるアジアだけでなく、リキュール文化が根付く欧米でも受け入れられている。

各家庭で育まれてきた梅酒は、造り手の工夫によって商品としての個性を備え、海外で「UMESHU」と呼ばれ、親しまれる存在へ 。和歌山の暮らしに根付いた一杯が、海を越え、新たな飲み手との出会いを広げている。

日本庭園と酒蔵がつなぐ、ものづくりと観光 

約1万坪の敷地のうち、半分ほどを占める広大な日本庭園。庭園内にある池は、もともと焼酎を蒸留する際の冷却水を確保するために造られたものだった。その後、酒蔵を訪れる人を迎える場として整備され、現在は錦鯉や白鳥が泳ぐ、緑豊かな風景が広がっている。

池の広さは約3000坪。庭園は創業者自らが手を入れ、長い年月をかけて形づくってきたという。酒造りに欠かせない水を支えた池が、今では酒蔵の歴史と和歌山の豊かな自然を伝える場所となっている。

中野BCは、以前から酒蔵見学などの観光事業にも力を入れてきた。製造現場を開き、酒造りの歴史や技術を伝えることは、訪れる人に楽しんでもらうだけでなく、働くスタッフの意識を高めることにもつながっている。

酒蔵を、地域と人が集まる開かれた場所へ

 2026年4月、中野BCは直営店「長久庵(ちょうきゅうあん)」を、本社向かいに移設し、リニューアルオープンした。以前の売店は酒蔵の敷地内にあり、初めて訪れる人にとっては、少し足を踏み入れにくい場所だったという。

新たな「長久庵」には、日本酒や梅酒、健康食品をはじめ、直営店ならではの商品が並ぶ。試飲を楽しめるコーナーに加え、同じ海南市にある黒沢牧場が手がけたジェラートも登場。牧場のミルクを生かした「ミルク」のほか、梅やまりひめ、三宝柑、ほうじ茶など、和歌山の素材を取り入れた味わいがそろい、酒を飲まない人や子ども連れの家族も楽しめる。

酒を買うためだけの売店から、地域の人や観光客が気軽に立ち寄り、中野BCのものづくりや和歌山の味に触れられる場所へ。酒蔵と人との距離を近づける、新たな入り口が生まれている。

自分の手で仕込み、梅の変化を楽しむ 

「長久庵」に隣接する梅酒づくり体験施設では、 自分だけの一瓶を仕込む体験も行っている。

まずはボトルを消毒し、梅を一粒ずつ丁寧に拭いて、竹串でヘタを取り除く。下ごしらえを終えた梅と氷砂糖を瓶に重ね、最後にホワイトリカーを注げば、仕込みは完了。

ひとつひとつの作業はシンプルだが、瓶の中では、仕込んだ直後から目に見えない変化が始まる。 砂糖は甘みを加えるだけでなく、浸透圧によって梅に秘められた香りや酸味を引き出す役割も担うとのこと。

使う砂糖の量や種類によって、出来上がる梅酒の表情もさまざま。氷砂糖なら澄んだ甘みに、てんさい糖ならやわらかな風味に、蜂蜜を使えば、ふくよかなコクが加わる。半年後の味わいを思い描きながら仕込む時間もまた、梅酒造りの楽しみだ。

味を思い描きながら 

仕込んだ梅酒は自宅へ持ち帰り、最初の約3カ月は瓶を時々上下に返して、砂糖と梅をゆっくりとなじませていく。その後、さらに約3カ月寝かせると、待ちに待った飲み頃に。

瓶の中では、氷砂糖が少しずつ溶け、透明だった液体がゆるやかに琥珀色へと変わっていく。その移ろいを見守る時間も、自分で仕込んだからこそ味わえる楽しみのひとつだ。

酒蔵で育つ一本にも、家庭で漬ける一瓶にも、流れる時間は同じ。梅の香りや酸味をじっくりと引き出し、ひとつの味わいへと育てていく。そこには、昔から受け継がれてきた梅酒造りの知恵が息づいている。

酒造りの技術と研究を、新たな価値へ 

酒造りを通して磨いてきた技術は、酒だけに生かされているわけではない。中野BCでは、発酵や抽出、培養に関する知識を応用し、健康食品や香りを生かした商品へと事業の幅を広げている。 

一見すると、それぞれ異なる分野のように見える。しかし、根底にあるのは、素材を丁寧に見つめ、研究を重ねながら、その中に眠る力を引き出そうとする姿勢だ。

掲げる社是は、「衆智を持って常に創造せよ」。社員一人ひとりが持つ知恵や経験を集め、新しい商品や技術、価値を生み出していく。その言葉を体現するように、酒蔵で培われた技術は、和歌山の素材を生かす新たなものづくりへとつながっている。

和歌山の恵みを、酒と香りに 

梅だけではない。ミカンや山椒(サンショウ)、ジャバラ、スギ、ヒノキなど、和歌山には土地の風土を映す多彩な素材がある。

中野BCでは、それぞれの香りや味わいを酒に生かしてきた。そのひとつが、富士白蒸留所のクラフトジンだ。「槙‐KOZUE‐」にはコウヤマキを中心に、温州ミカンやレモンの皮、山椒の種を使用。「香立‐KODACHI‐」には、紀州杉や紀州ヒノキ、かんきつの皮、山椒の種などを組み合わせている。温州ミカンと山椒はいずれも、和歌山県が生産量全国一を誇る特産物。紀州杉や紀州ヒノキも、山林に恵まれた和歌山の風土を映す素材だ。 森を思わせる香りに、かんきつの爽やかさや、山椒がもたらす後味の切れを重ね、和歌山の風景を一杯の中に表現している。

酒だけでなく、素材から香りの成分を取り出す技術を生かし、山椒などを使ったアロマオイルの開発にも取り組む。酒では味わいと香りを、アロマでは空間に広がる香りを。それぞれ用途は異なっても、植物の個性を丁寧に引き出す姿勢は共通している。 立ち上る香りまで丁寧に見つめる姿勢は、酒造りにも健康食品にも通じている。

ただ「和歌山産だから」という理由で使うのではない。苦みや渋み、酸味、香りの強さまでを分析し、どのように組み合わせれば素材の魅力が最も引き立つのかを探る。そこには、地域の恵みを研究し、新たな価値へと導く、中野BCならではのまなざしがある。

食卓に寄り添い、和歌山を映す日本酒 

中野BCの日本酒を代表するのが、「長久(ちょうきゅう)」「超久(ちょうきゅう)」「紀伊国屋文左衛門(きのくにやぶんざえもん)」だ。

「長久」は、「長く久しく愛される酒に」との願いを込めた銘柄。日々の食卓に寄り添う酒として、長年親しまれてきた。その名を受け継ぐ「超久」は、先代を超える技術で、より質の高い酒を目指そうという思いから生まれた特定名称酒のシリーズだ。読みは同じでも、「長」を「超」に替え、酒造りへの新たな志を表している。

「紀伊国屋文左衛門」は、和歌山ゆかりの豪商の名を冠した銘柄。江戸へミカンを運んだと伝わる人物の物語を重ね、和歌山らしさを日本酒で表現している。

かつては甘みと厚みを感じさせる酒が中心だったが、時代とともに酒質も変化してきた。米のうま味やふくらみを残しながら、口の中ですっと消えるような軽やかさを追求。料理の味を引き立て、次の一口へとつながる食中酒を目指してきた。

酒蔵の枠を越え、和歌山の素材を未来へ

国内では、日本酒や梅酒の市場が伸び悩み、異常気象による梅の不作も続く。原料を安定して確保し、品質を守りながら、次の世代に選ばれる商品を生み出す。中野BCが向き合う課題は、決して少なくない。

それでも、挑戦は止まらない。熟成やブレンドによって梅酒の新たな味わいを探り、和歌山から海外へ届ける。さらに、酒造りで培った知識と技術を健康分野や新たな素材へ広げ、地域の恵みに、これまでになかった価値を重ねていく。

土地から受け取った素材を、造り手の知恵と技術で磨き、次の時代へと手渡す。醤油造りに始まり、酒、健康食品、香りの分野へと可能性を広げてきた中野BC。その根底にあるのは、地域の素材を見つめ、まだ知られていない力を引き出そうとする姿勢だ。

素材の特徴を知り、工程を読み、何度も試しながら、目指す味や香りを組み立てていく。手掛ける分野は幅広くても、どれも中途半端にはしない。そこに共通するのは、「もっと知りたい」という好奇心と、思い描いたものを形にする技術である。

和歌山の素材に、まだどんな味や香りが眠っているのか。その答えを探し、形にしていくことこそが、中野BCらしいものづくりなのだ。

ACCESS

中野BC株式会社
和歌山県海南市藤白758-45
TEL 0120-050-609
URL https://www.nakano-group.co.jp/
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